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04. いざ、魔獣討伐へ

 


 討伐参加許可をもぎ取ってから一週間後。

 深夜、イリスはノックの音で目が覚めた。

 眼を擦りながらドアを開けると、ルドヴィクが苦い顔で廊下に立っていた。苦虫百匹を一気に噛み潰したような表情である。


 ルドヴィクは一見して気難しそうな男だが、イリスに対しては、輪をかけてこんな感じだ。

 まあ、仮面夫婦の《愛することはない》妻に朗らかに対応してくれと言うつもりはないので、別に構わないが。

 仮初の夫は、イリスと視線がかち合った瞬間、目をそらして端的に告げた。


「……《魔の森》に魔獣が現れた。出撃だ」

「はいっ!すぐ準備します!」


 一気に目が覚めた。イリスは慌てて踵を返したが、「待て」と言われて振り返った。


「どうかしましたか?」

「こんな夜中に、相手の確認もせずドアを開けるな。不用心すぎる」

「……すみません。でも、ルドヴィク様の気配はドア越しでもわかっちゃうんですよね」


 魔力が強いから、と続けようとしたら、ルドヴィクは「ぐっ……」と胸を押さえた。


「ルドヴィク様、どこかお悪いんですか!?いま、治癒の術を……」

「必要ない。だが、もう一つ言わせてくれ。そのような薄着で、部屋から出てはいけない」

「あ、たしかにそうですね。風邪引いたら困りますし。今後は気をつけます!」

「…………ああ、そうしろ」


 今は春先だ。辺境の城は冷える。風邪なんか引かれたら迷惑だ、とルドヴィクは言いたいらしい。

 えへへと笑って誤魔化すと、彼はさらに苦虫を千匹噛み潰したような顔になった。


 ……何なの、もう。素直に注意を受け入れたのに。

 少しムッとしたが、今はそれどころじゃない。

 今夜こそ、実力を彼に見せつけて、離縁後の雇用枠を確保せねばならない。


「……用意が済んだら中庭に来てくれ」

「了解です!」


 ルドヴィクが早足で廊下の奥に消えた。

 イリスもドアを閉め、今度こそクローゼットに向かった。



 聖女の衣装は神殿に置いてきてしまったので、動きやすい簡易なドレスとブーツに着替える。

 中庭に出ると、討伐隊の面々はすでに鎧を着込み、武器も準備して待っていた。緊急の出撃にも慣れているのだろう。

 次からはもっと早く支度出来るようにしよう、とイリスは自分に言い聞かせた。魔獣討伐というのは一分一秒を争う事態なのだ。


「ルドヴィク様、お待たせしました!」

「……ああ」

「これは奥方、お初にお目にかかります。閣下の副官を務めております、アストンと申します。どうかお見知りおきを」


 ルドヴィクの隣に控えていた男が、胸に手を当てて一歩進み出た。金髪碧眼で優男な印象の副官は、アストンというらしい。

 彼は優雅に一礼し、イリスの手を取って軽くキスをした。──瞬間、ルドヴィクからぶわっと殺気が広がった。


「…………」

「どうしました閣下」


 溢れた殺気に絶句したイリスだが、アストンは実に平然としている。よくあることなんだろうか。


「……何でもない、行くぞ」


 ルドヴィクはプイッと顔を背け、スタスタと庭の中央に向かった。そして、騎士団に「俺の周りに集まれ」と指示した。イリスもそれに従う。

 全員自分の周囲に集まったのを確認し、ルドヴィクは小声で法呪を唱えた。

 すると足元で魔方陣が光り、討伐隊は一瞬で森の入口に移動していた。



 ◇◇◇



 《魔の森》は昔から魔素が濃く、魔獣が発生しやすい。そのため、魔法式が組み込まれた魔獣探知機があちこちに仕掛けられているという。

 今回はそれに大型魔獣が引っかかったらしい。

 カロン辺境伯は代々、探知機の管理者としての役割も担っている。探知機が魔獣の発生をいち早く知らせ、カロン辺境伯が早急に対処しているおかげで、王国は守られているのだ──


 行軍しながら、アストンはイリスにそんなことを説明してくれた。

 現在、イリスはルドヴィクとアストンに挟まれて歩いている。へえ、と相槌を打ちながら、イリスはルドヴィクを気にしていた。

 さっきから、ルドヴィクの殺気がやたらと漏れている。魔獣討伐を前に、ピリピリしているのだろうか。


「それにしても、奥方は噂と全然違いますね」

「噂、ですか?」

「ええ、なんでも、筆頭聖女であることをかさに着て横暴な振る舞いをする、とんでもない性悪聖女だともっぱらの噂でしたよ」

「そうですか……まあ、王都にはわたしを嫌いな人も多かったですしねえ」

「へえ、このような悪評を流されることはよくあったんですか?」

「まあ、わりと」

「我がカロンも、王家や貴族の方々から何かと悪口を言われがちですから、同情します……」


 アストンと二人でしみじみする。イリスが聞いたカロンの噂も悪意によるものが多分に含まれていたのだろう。

 王都にいた頃、彼女の悪評を流していた筆頭は、もちろん王子とカトリナであった。目障りなイリスを排除しようと、あることないこと吹聴していた。陰湿なこと、この上ない。

 イリスはアストンに苦笑した。


「わたしは、自分から殿下の婚約者に立候補したわけじゃないんです。馬車馬のように働いて筆頭聖女になったら、勝手に婚約させられちゃったんですよね。神官長には抗議したんですが、取り合って貰えずでした」

「……さようでしたか」

「はい。ルシウス殿下が別の聖女と恋仲になってしまわれたので、破談になりましたが。閣下はいいとばっちりですよね、わたしなんか押しつけられちゃって……」


 そう説明すると、アストンが「だそうですよ、閣下。ご存じでしたか?」と話をルドヴィクに振った。


「……いや」

「ふむ。僭越ながら、閣下はもう少し、奥方と話し合った方がよろしいかと」

「善処しよう。だが、無駄口はここまでだ」


 ルドヴィクが「全員攻撃用意!」と号令をかける。騎士達がそれに応じて陣形を組み、武器を構えた。

 後方に下がったイリスは、思わず息を飲む。


 前方に、大きな獣のような影が浮かび上がった。

 雲間から月光が射す。

 そこにいたのは、見たこともない大型の魔獣だった。



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