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03. 直談判

 


 ──《白い結婚》と《君を愛することはない》が確定した翌日。

 到着して早々、イリスは形だけの結婚式を挙げることになった。もちろん、お相手はルドヴィクである。

 二年後はバツイチ確定だ。でも王子の命令なら仕方ない。まあ、この国の戸籍にバツがあるかどうかは知らないけれど。


 なんでこんなことになったかといえば、王国の実権がバカ王子に移行しつつあるからだろう。国王は政治に関心が薄く、近々譲位すると言われていた。

 バカ王子がそれで調子に乗っているのだ。

 まったく、この国の先が思いやられる。


 バカ王子の職権乱用で強制された結婚式には、当然ながら来賓など一人も来なかった。参加したのは、立会いの神官と、イリスとルドヴィク。たったの三人。

 イリスは夫が用意した簡素な白いドレスとヴェールを纏い、淡々とこなしてその日は終わった。



 ……というわけで、イリスは目下、お飾りの辺境伯夫人という立場にある。

 ちなみに、夫とはろくに顔を合わせてない。ほとんど放置だ。その間、何をしていたかといえば──


「三食おやつ昼寝付きの、贅沢スローライフなんて夢みたい……!」


 お皿に綺麗に飾られた焼き菓子。丁寧に淹れられた紅茶。昨日はお茶を楽しんだ後、本を読みながら、窓辺でウトウトお昼寝までしてしまった。


 社畜時代や神殿時代とは、比べるのも申し訳ないほどの、厚待遇。

 誰だよ魔境とか言った奴。しばくぞ。



 イリスは真面目な顔でパイにナイフを入れた。胡桃とカスタードのパイに、ふわふわクリームが添えてある。

 フォークにサックリ刺して、一口。

 ……おいしい。すごくおいしい。

 口許がへらっと緩む。


 だが、イリスはすぐに表情を引き締めた。

 天国のようなスローライフは、二年後に終わってしまう。早いとこ自分の実力を認めさせ、離縁したら即、魔獣討伐の一員として雇用契約をして貰わねば。

 けれど、肝心の夫は、イリスが討伐隊に参加することをよしとする……どころか強く反対していた。


 難しい顔でタルトを食べていると、側に控えていた侍女が「奥方様、タルトはお口に合いませんでしたか?」とおずおずと尋ねてきた。


「えっ!? すごくおいしいですよ! ただちょっと考え事しちゃって……あはは」


 ……気を遣わせてしまった。申し訳ない。

 高貴な身分でスローライフ、てのもなかなか難しいんだな。



 ◇◇◇



 魔獣は領地西側の《魔の森》からやってくるという。ここは非常に魔素が濃い。イリスがこの地に来て二週間になるが、この間、すでに三回出没したという。

 しかし何度頼んでも、ルドヴィクはイリスを討伐隊に加えるのを拒否した。いわく、「危ない、足手まといだ」と。


 イリスはとても不満だ。いや、はっきり言えばムカついている。


 神殿にいた頃は、王都近郊で魔獣が出たら、必ずといっていいほどイリスが対応してきた。聖女として成り上がるため、イリスは精魂尽きて倒れるまで、騎士団と肩を並べて戦ったものだ。

 カトリナなんかは現場で全然役に立たなかったので、あんなのと一緒にしないでほしい。


 王都で働きすぎて過労で倒れたこともすっかり忘れて、イリスは働く意欲満々だった。スローライフは二週間もやれば十分。

 イリスは「喉元過ぎれば熱さ忘れる」という鶏のようなタイプである。さらに「三つ子の魂百まで」という性格でもあった。それらが相まって、イリスの社畜魂は、再び燻り始めていた。




「よし」


 こうなったら直談判するしかない。

 イリスは新しいドレスの裾を翻して、夫のいる執務室に向かった。


 そういえば、クローゼットのドレスがなぜか日に日に増えている。

 ほとんど着の身着のままやってきた平民のイリスに持参金などあるはずもないが、腐っても鯛。お飾りでも辺境伯夫人。みすぼらしい格好をさせたら外聞が悪いのだろう。

 だが、気遣いには違いない。


 ここで二週間暮らしてみて、ルドヴィクの印象は最初の頃より断然よくなっていた。

 最初こそ「なんだこいつ」と思ったが、不本意な結婚を強いられた上、花嫁が失礼な独り言を口走ったのだ。嫌味の一つくらい言いたくもなるだろう。


 結婚そのものが強制だったことを思えば、白い結婚も実に合理的だ。しかも彼は、形だけの妻に生活を保障してくれている。


 実際、ご飯もおやつも美味しいし、ベッドはフカフカ。シーツはお日様のにおいがする。

 庭も好きな時に散策出来るし、図書室も自由に使ってよいと言ってくれた。使用人の皆さんもとっても感じが良い。


 あれもそれも、ルドヴィクが命じていればこそ。

 イリスは直談判のついでに、それらのお礼をきちんと伝えておきたい、と考えていた。



 ◇◇◇



 コンコン。


「イリスです。ルドヴィク様、お話があるのですが!」

「……入れ」

「失礼いたします!」


 許可を得て、室内に足を踏み入れる。

 机に向かうルドヴィクの隣には、屋敷の管理を一手に担う執事のサムエルが立っていた。


「奥方、ご機嫌麗しゅう」

「こんにちは、サムエル」

「……」


 何枚かの書類に無言でサインしたルドヴィクは、それをサムエルに渡し、イリスを一瞥する。

 壮年の執事は、「お茶をご用意して参ります」と一礼して下がった。

 室内に二人きりになる。


「……何の用だ」

「ルドヴィク様、次の魔獣討伐は、ぜひ!わたしを連れていってくださいませ!」

「ダメだ」


 何度目かのやり取りだ。しかし今日は、夫がうんと言うまで引き下がるつもりはない。


「なぜですか?『元』ではありますが、わたしは筆頭聖女でした。王都近郊に現れた魔獣の掃討には、何度も参加しております」

「王都近郊とここは、魔獣の大きさも数も比べ物にならん。危険だと言っただろう」

「そんな……ひどいです。わたし、ルドヴィク様や領地のお役に立ちたいのに、このままだとただの穀潰しじゃないですか……甘やかされてダメ人間になっちゃう……ううっ」


 イリスは俯いて、肩を震わせて顔を覆った。


「……穀潰しとは誰も言ってないだろう。だから泣くな」


 ルドヴィクの声が珍しく慌てている。イリスは弱々しく訴えかけた。


「……じゃあ、後方支援だけでもいいので、参加させていただけませんか……?」


 俯いたまま言うと、暫く髪をかきむしるような音がして、ため息が聞こえた。


「……わかった。だが無茶は許さない」

「わぁーーい、ありがとうございます!!」


 パッと顔を上げてニコッと笑うと、ルドヴィクは凄まじい顔で「嘘泣きか!!」とキレた。


「ふふ、でも言質は取りましたよ。男に二言はありませんよね?」

「クソッ……」

「あ、それとドレスを何枚も用意してくださって、ありがとうございました!でも、数は充分揃いましたので、これ以上は申し訳なくていただけないです」

「それは別に……ドレスなど、何枚あってもいいのではないか?」

「わたしは社交に出向く予定はありませんので、たくさんあっても着ていく機会がなくてもったいないんです」

「……そうか」


 ルドヴィクは少し居心地悪そうに目をそらして、躊躇いがちにイリスに尋ねる。


「……何か、困っていることはないか?」

「いいえ、ご飯も美味しくて、ベッドもフカフカで、使用人の皆さんにもとても親切にしていただいてます。感謝しかありません。

 それもこれも、ルドヴィク様が皆さんに気を配るよう、仰ってくださってるからですよね」


 ニコッと笑って「ルドヴィク様はお優しいですね」と伝えると、彼は口をぐっと引き結んで、「妻に、当たり前のことをしたまでだ」と眉間に皺を寄せた。

 いや、「優しい」と言われて顔が怖くなるのは、当然じゃないと思う。何となくパルミラを思い出して、イリスはほっこりした気持ちになった。


 用事は済んだので、イリスは「お仕事の邪魔をしてすみませんでした」とそそくさと去ろうとした。しかし。


「……サムエルが茶を用意している。お前も飲んでいけ」


 ……これは、デレ?

 明日はゲリラ豪雨が降るかもしれない。


「では、お言葉に甘えますね」


 戸惑いながらも頷いて、大人しく長椅子で待つ。暫くすると、サムエルが二人分のお茶を運んできた。

 彼は澄まし顔でティーセットを用意したが、下がる時、イリスにだけわかるように軽く片目を瞑ってみせた。



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