俺、修道女の家で同棲スタートってマジですか。
「……で、なんで俺、寝起きでお粥作ってんの?」
朝、聖堂。陽の差し込むステンドグラスが、神秘的な光を放つ中――
俺はなぜか、エプロン姿でキッチンに立っていた。
ちなみに後ろでは、銀髪の修道女――リリィが神妙な顔で座っている。
理由は簡単。熱を出して倒れたからだ。
「……あの、すみません。昨日、ちょっと、張り切りすぎました」
「張り切って短剣抜いた人がよく言うよ。俺、まだ肩震えてるからな?」
「だって、嬉しかったんです。記憶を持ったあなたが……ちゃんと戻ってきたってわかって……」
ぽそ、と漏らされたその一言は、妙にリアルだった。
こんな世界がバグっていようと、
攻略ヒロインたちが全員ヤンデレ化していようと、
リリィのその「嬉しい」の声だけは、確かに心に響いた。
……ああ、俺、またこの子を裏切ったんだな。
「ほら、とりあえず食えよ」
「はい……いただきます」
リリィは小さく頷き、俺が差し出したお粥をすする。
そして、ぱぁっと表情を緩めた。
「……美味しい」
「そりゃよかった」
少しだけ、穏やかな空気が流れる。
ようやく、異世界っぽい癒しパートかと思いきや――
「──そこにいるんでしょう、リリィ=ノクス!!」
バアァァン!! と扉が爆音で開かれた。
……まさかの来訪者。ていうか、このタイミングで!?
「ユリシア……!! なんで場所バレてるの!?」
「聖堂で魔力を探知するのは簡単です。あなたが、彼を隠した場所など、すぐにわかります」
続いて、脇から飛び込んでくるもう一人。
「いたぁ~っ! カケル! 探したよぉ!!」
「ティナ!? お前もかよ!! GPSでも埋め込まれてんのか俺は!」
ふたりのヒロインが、再び俺の前に立ちはだかる。
しかも、よりにもよって、このリリィのホームで。
「カケル! やっぱりリリィなんかに攫われてたんだ! だいじょーぶ!? なにもされてない!?」
「ひどい言い方ですね。私はただ、彼を正しい記憶に導こうと――」
「はいストップ! その導くって言い方がもう怪しい!!」
「うるさいですね。あなたこそ、無断で婚約を宣言した上に、鉄剣持って襲撃するなんて常軌を逸してます」
「はぁ!? あんなに情熱的なプロポーズしといて、今さら記憶失くしたフリ!? 男ってみんなそう!」
「してないしてないしてない! してねぇって言ってんだろがあああああ!!!」
修道院の朝は、こうして地獄のように始まった。
テーブルを挟んでにらみ合う三人のヒロイン。
その中心で、俺は胃痛に耐えながら、黙々と追加のお粥を作っていた。
「もー、じゃあさ、順番にお試し交際でよくない? 一週間交代とかで?」
「採用するかバカ!!」
「ふむ。では、まず私から七日間ということで」
「いや、早ぇよ!! なんで合意寸前なんだよ!? せめて俺の同意取ってくれ!!!」
俺の異世界生活は、どこかで道を踏み外してしまったのかもしれない。
いや、そもそも最初から道などなかったのか。
この世界で、俺は「推し」たちに命を狙われながら生きていくしかないのだ。
そんな中、リリィがふと、こう呟いた。
「でも……どの選択肢も、すでに記録されているんです」
「え……?」
「この世界は、あなたの選択の後。
私たちはみんな、あなたと過ごした記憶を持ちながら、それでもあなたを選ぶんです」
「それって……」
「はい。全ルート、既読済み。つまり、あなたは全員に、フラグを立てっぱなしにしたままリセットしたってことですよ、カケルさん♪」
「ごめんなさい土下座するから命だけは……!!」
こうして俺の命がけの恋愛ADVは、ますますドタバタしていくのだった。