逃げ込んだ先が、まさかの推しの家だった件について。
「……で? ここどこ?」
俺は尋ねた。リリィは無言で、淡々と歩き続けている。
さっきから小道を抜け、裏路地を通り、最後には川沿いの吊り橋を渡ってきた。
完全に観光地のアスレチックコース。どこに向かってんだよ、これ。
「忘れられた聖堂です」
あっさり答えられた。
「うん、それめちゃくちゃ物騒な響きだな!?『呪いの墓場』とかとセットで語られるタイプじゃんそれ!」
「かつて、神の寵愛を受けた場所ですが……今では、誰も寄りつきません。ですから、安心して隠れられますよ」
「隠れられるって、あの二人からって意味だよね……?」
「もちろん」
あの涼しげな笑顔の裏で、リリィが一体何を考えているのかまったく分からない。
けれど、彼女の言葉にはどこか説得力があった。何より、今は逃げ切れたことにホッとしている。
殺意MAXのユリシア、結婚前提で迫ってくるティナ。
両方と接触したら、俺の命が消える。比喩じゃなく、マジで。
「……ここです」
案内された先は、森の中にぽつんと佇む石造りの建物だった。
天井の一部は崩れていて、ツタが絡まり、教会らしきステンドグラスもひび割れている。
でも中に入ると、妙に整っていた。
掃除された床、薪がくべられた暖炉、柔らかなクッションソファ。そして……湯気の立つハーブティー。
「え、住んでる?」
「ええ、私の隠れ家ですから」
「……怖っ」
俺は椅子に座り、出されたお茶をすすった。
やたら美味い。香りが脳にじんわり広がるタイプのやつ。高級旅館かな。
「落ち着きました?」
「まぁ、なんとか」
やっと呼吸を整えられたところで、リリィがテーブルの向かいに座った。
どこか観察するような目で、俺の顔をじっと見てくる。
「あなたは、戻ってきたんですね」
「……は?」
「何度も何度も繰り返されてきた輪廻の果てに、ようやく記憶を持ったまま帰ってこられた。──そうでしょう?」
言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
でもその瞬間、背筋に冷たいものが走る。
「まさか……リリィ、お前……覚えてるのか?」
「はい。私はすべてを知っています。あなたが、どのルートで、どのヒロインを選び、どの結末を迎えたのか」
淡々と語る彼女の瞳は、まるで神の視点を持つ者のようだった。
これは……ただの乙女ゲームじゃない。
「あなたは、彼女たちを、攻略してきました。幾度も。時に優しく、時に冷酷に。そして最後は、いつも──忘れてしまう」
「……そんなつもりは……なかった……」
俺は、頭を抱えた。胸が痛かった。
遊びのつもりだったゲームが、本当に誰かの心を動かしていたとしたら……
「ユリシア様も、ティナ様も……あなたを覚えているんです」
リリィは静かに立ち上がると、奥の棚から古びた本を取り出してきた。
表紙には、魔法文字でこう書かれていた。
──『プリズム記憶結晶録』──
「これは、あの世界でのあなたの選択の記録です」
ページを開いたリリィが指差す先には、びっしりと綴られた選択肢とその結末。
俺がユリシアに微笑んだ回。
ティナを抱きしめた回。
リリィを、ただ「友達」と呼んだ回。
「……おい、ちょっと待て」
「はい?」
「なんでお前のページだけ異常に多いの!? しかも全部BADエンド!?」
「……それは、あなたが私のルートを、最後までやり遂げなかったからです」
にこっと笑って、リリィが短剣を取り出した。
え、嘘だろ。
「ちょ、待て待て待て!? 落ち着け!? 話し合おうぜ!? いや本当にごめんって!?」
「いえ、謝罪などいりません。ただ、やり直してもらいます。……今度こそ、正しい選択を」
「いや怖いから! 優しい声で脅迫しないで!? 本当に刺すなよ!?」
俺の異世界生活、三人目の推しにも命を狙われることが確定した。
このゲーム、なんで乙女ゲーの皮をかぶったデスゲームになってるんだよ!!




