選ばなかった想いが動き出す
ティナと正式に付き合い始めてから、一週間が経った。
王都では珍しく平穏な日々が続き、街は祭りの準備に追われていた。
――選択の儀式の成功を祝う、特別な祭りだ。
「ほら、こっち来なさいよ。せっかく二人で外に出たんだから、もっと楽しまないと損でしょ?」
ティナは浴衣風の魔導衣に身を包み、俺の腕をぐいっと引く。
ふわっと香る髪と、少しだけ高まる心音。
幸せだ。そう思った。
……けれど。
「カケルさん」
不意に背後から呼び止める声。
振り向くと、そこに立っていたのは――ユリシアだった。
風色のワンピースに身を包んだ彼女は、微笑みながらも、目元は揺れていた。
「少しだけ……いいかしら? 話したいことがあるの」
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人気のない橋の上。
風が少し冷たくなり始めた夕暮れ時、俺とユリシアは並んで立っていた。
「ティナさんと……うまくいってるのね」
「うん。まだ実感は湧かないけど、なんていうか……すごく幸せだよ」
正直に言った。偽りはない。
けれど、ユリシアの口元は少しだけ寂しそうにゆがむ。
「……私ね、あの時、あなたに選ばれなかったのは、当然だって思ってたの」
「え?」
「だって私は、ずっと見守るだけだったから。ティナみたいに強引でもないし、リリィみたいに甘えることもできなかった。ただ、あなたの隣にいられたらそれでよかったのに……」
彼女の目が、真っ直ぐこちらを向く。
「けど、あの夜、夢を見たの。もし私があなたに選ばれていたらって」
「ユリシア……」
「……ダメね、こんなこと言っても、どうにもならないって分かってるのに。今さら、気持ちを止められないの」
ユリシアの涙が、一筋だけ頬を伝った。
「ごめんね。こんな話、困らせるだけだって分かってる。でも……私、本当にあなたが――」
その時だった。
どこからともなく響く音。
空間がわずかに歪み、微かに光が揺れる。
「空間魔法……? 誰かが干渉してる?」
ユリシアがすぐさま構える。
俺も無意識にティナからもらった魔導符を取り出した。
次の瞬間――それが現れた。
「カケル様ァァァァァァア!!」
風のように現れたのは、リリィだった。
いや、ちょっと待て。何を持ってる!?
「このっ……爆裂ハートボム、くらいなさいいいいいいっ!」
「いや、マジで落ち着いてええええええええ!!」
──ドッカアアァン!!!
橋の一部が吹き飛んだ。
ユリシアは無言で髪をなびかせながら爆煙から避け、俺は川に落ちかけた。
「り、リリィ!? 何やってんの!?」
「なにって……うふふふふ。ちょっとだけ気持ちが爆発しただけですわよ?」
目が笑ってない。
「この世界、もう崩壊してもいいんじゃないかってくらい、モヤモヤしてたんですの! 何よ!ティナさんだけずるい!私だってカケル様とあんなことやこんなことしてみたかったですのに!!」
「やこんなことって何ィィィィ!!?」
そして、何より問題だったのは。
「――あら。楽しそうね?」
ゆらりと現れた、ティナ本人だった。
片手には氷魔法の宝珠。
「この私とデートしてたはずなのに、なにしてくれてるのかしら? カケル?」
空気が、凍りつく。
三人ヒロイン大激突(未遂)
こうして、俺の平穏な彼女持ちライフは、一週間で完全に砕け散ったのだった。