敵はもう一人の俺!? 選択の意味が試される時
「君が、俺……?」
異様な感覚が身体を貫いた。
目の前に立つ男──それは俺に酷似した姿を持つ影。
髪型も、顔も、声も同じ。けれどそこに宿るのは、俺には到底持ちえない絶望の色だった。
「正確には、お前が選ばなかった世界線のカケルだよ」
影の俺は、冷たく笑った。
「俺はずっと選べなかった。ティナも、ユリシアも、リリィも――誰も傷つけたくなくて、選べなかった。だから、全員を守れる方法を探して……その結果、誰も救えなかった」
言葉が、胸に突き刺さる。
これは、俺がたどるかもしれなかった未来。
優しさを言い訳にして、逃げ続けた末の成れの果て。
「だから、もう終わらせるんだ。物語なんて、なかったことにして」
影のカケルは、右手を掲げる。
そこに現れたのは、黒い魔導書──分岐そのものを喰らい尽くす存在。
「選ばなければ壊れる? じゃあいっそ、全部壊してしまえば楽になれる。誰も選ばれなければ、誰も傷つかない」
それは、かつての俺の思考の果てだった。
だが今、俺の中には――
「違う。それはもう、俺の道じゃない」
俺は一歩踏み出す。
その背中を、ティナ、ユリシア、リリィが見守っている。
「俺は確かに怖かった。誰かを選ぶことで、誰かを傷つけるのが怖かった。けど、それでも――」
「俺は選ぶ。お前と違って逃げない!」
影の俺が目を見開いた。
「選んだって、後悔するだけだ!」
「それでもいい! 選べない後悔より、選んだ後悔を抱えて進む!」
刹那、衝撃が奔る。
影の俺が放った魔力が、空間を裂く。
だがそれを防いだのは、ユリシアの風の障壁だった。
「行きなさい、カケル!あなたが、この物語の鍵よ!」
「あなたの答えを、私たちは受け止める覚悟ができてるの!」
ティナとリリィも叫ぶ。
目の前のもう一人の俺は、いわば自分自身の象徴。
過去の選べなかった自分。後悔と逃避の象徴。
「お前に負けるわけにはいかない!」
俺は突き進む。
空間の中心にある選択の祭壇──そこに手をかけたとき、世界が光に包まれた。
「この物語の未来を、俺が決める……!」
そして、俺は――
【選んだ】
祭壇が静かに音を立てて割れ、空の裂け目が閉じていく。
影のカケルは、光の中で消えていった。
その瞳にあったのは、わずかな安堵。
「……ありがとう。俺を、超えてくれて」
そして、消滅。
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空が晴れ渡り、王都に平穏が戻る。
選択の儀式が終わったその日、俺は一人、広場で三人と再会した。
「さて……聞かせてもらおうかしら。あなたが、誰を選んだのかってことを」
ティナの冗談めかした声に、俺は苦笑いする。
リリィはほんのり涙目、ユリシアは腕組みしながらもじっと俺を見る。
俺は、静かに歩を進め、その子の前で立ち止まった。
次の瞬間、唇から言葉がこぼれ落ちる――
「俺が好きなのは、君だ」
世界が、止まる。
そして――物語が、次のフェーズへと進み始める。