第四章 齟齬(59) 人買い再び(5)
ランダ達の前に現れたのは鬼族と魔族の連合軍。その前には無数の餓鬼が屯している。
ランダは無造作に餓鬼の群れの中に進んだ。
「お前達解っているのかい。」
ビクつく餓鬼が頷く。
「なら消えな。」
その一言だけで、無数にいた餓鬼はカサコソと汚い土の中に帰っていった。
「さて・・」
ランダは魔族と鬼族の連合軍を見渡す。その前にガルフィが進み出る。
「お前じゃあ、役不足だ。人間共もな。
そめ、ラルフ、サビーネ、お前達が行きな。
ああ・・アリスもね。ユアニは空から援護、バーローは全体を見る。
残りの者達は私の廻りに集まりな。」
俺も行く。・・とカーツが声を上げる。
「お前じゃあ無理だよ。」
とランダは即座に答え、カーツは馬鹿にされたか・・と舌打ちをした。
魔族の中には羽根を広げ空中に浮かんだ者もいる。
「バーロー、シャイターンとルゲイエを地上に落としな。ユアニが狙われる。」
ランダの声に応えてバーローの手から炎の玉が幾つも飛び出し、あるものは空飛ぶ魔族の羽根を燃やし、あるものはその躰を灼いた。
それでも残った者達に向けサビーネが本来のエンプーサの姿を採り、背の羽根を広げ宙に飛び立つ。
空飛ぶものが自身より階位が低いパリカーが多くなるとユアニの動きがかなり楽になった。それでも相手の数は多い。時として後ろを取られ危機が及ぶ。が、後ろを取った魔物はバーローの炎の礫が的確に斃していく。それを力にユアニは空中で羽根を広げて細かい針を飛ばし地上の魔物を攻撃する。その地上ではそめが三体の般若を呼び出し一番の活躍を見せている。ラルフも斧を振り回して魔物を斃していく。が、空から落ちてくるものも含めその数は多い。
「弱いのはこっちに回しな。カーツと犬共が何とかする。」
その後ろからランダの鋭い声が飛ぶ。
その声で全てを斃そうとしていた前線の戦いが少し楽になった。
「行くか。」
バルディオールはジャンクとアリスに交互に目を遣り、どっと押し寄せてくる魔物に顎をしゃくった。
アリスの廻りに無数の小石が浮き上がり、それが渦を巻いてその躰を包み、敵の攻撃に対する防御壁となる。その中から剣を振って魔物を斃しながら前線へと進んでいく。
バルディオールは三日月鎌の槍を持って突進し、ジャンクはいつものようにのっそりと動く。この三人が討ち漏らした敵はカーツを中心とした人と、ランダの番犬達が片付けていく。
突進するバルディオールの前に立ったのはザッハーク、肩から二匹の大蛇を生やした悪魔。肩の蛇がその牙を剥き交互にバルディオールを攻撃してくる。その攻撃を槍の柄で弾きながら彼は魔物の動きを見切った。
ザッと槍が横に払われる。と、一匹の大蛇の首がボトッと地に落ちた。後はザッハークがどんなに抵抗しようと変わらなかった。僅かの時で、バルディオールの槍は魔物の胸を突き通していた。
アリスの前には他の鬼族を率いていたストリゲス。人の上半身から烏の羽根と尾を生やし腕で歩く鬼女。彼女はアリスの目の前で翼を拡げ飛び立とうとした。その翼をアリスの身体の周りを舞っていた小石が飛び、貫く。飛び立てずにもがくストリゲスをアリスの二本の剣が叩き斬った。
そしてジャンク、彼が相手するのは宙から落ちて来た三体のシャイターン。手に炎を持ち、それを剣のように振り回してくる。が、ノッソリと動くジャンクの身体にそれは当たらない。炎の先がジャンクの身体を前に曲がるのか、それともそれ自体をジャンクの身体が吸収するのか。全く用をなしていない。魔物の攻撃を意に介せずジャンクがトンと手にした棒でシャイターンの身体を突いた。それだけで魔物は吹き飛び空中で黒い塵となって消えた。
「強いねぇ・・あの三人。」
遠目にそれを見ていたランダが思わず漏らす。その躰に前線をすり抜けてきたルゲイエが飛びかかる。ブンと空気を切り裂きランダの片手がその首を弾き飛ばす。
最奥で闘いの指揮を取っていたのは夜魔ヒュプリス。バルディオールはそこまでたどり着いていた。
「人ごときが。」
ヒュプリスは唸るような声をあげ、背中にある孔雀の飾り羽根を広げ宙に浮く。そこから風の短刀を振らせてくる。獣の姿に戻ったバルディオールはそれを避け、槍で弾いていく。だが自身の武器は宙に浮くヒュプリスには届かない。
分が悪いか・・バルディオールがそう思った時、クルクルと回る小さな斧がヒュプリスを狙って飛んできた。宙で身をくねらせヒュプリスはその斧を躱した。が、躱したはずの斧は空中で行き先を変えもう一度ヒュプリスを襲った。三、四枚の飾り羽根がそれに切り裂かれ夜魔が空中で態勢を崩す。そこへもう一度、ヒュプリスが地に足をつけた所をバルディオールの三日月鎌が両断した。
「何人死んだ。」
「四人です。」
全ての人間を束ねて闘っていたカーツが自身も左肩を押さえながら答える。
「チッ・・売り飛ばす数が減るか・・アリア、シルキー達と一緒に怪我人を見てやれ。」
指示を出すランダの眼がアリスを見る。
「お前の剣を見せてごらん。」
アリスが差し出す。
「普通の剣だね・・だとすると魔物を斃せるのはお前の魔力のたまものかい。」
剣をアリスに返しながら今度はカーツを見た。
「口ほどもないねぇ、お前は。
あっちも含めてね。」
カーツが下を向く。
「どう使うかねぇ・・・」
そう言ってランダは溜息をついた。
「今日はここで野営だよ。人間共は準備をしな。」
それからランダは死んだ者達の補充要員を選び出した。
「レオナルドは。」
ラクシャーサの怒声が飛ぶ。
「己が逃げる為だけの時間稼ぎに使われただけ・・まんまと騙されたんですよ。」
牛鬼が唾棄しそうな貌で言い、
「敵が来る。どうするんだ。」
「残っているのは私の部下アチェリとハダッハ。それに貴男の側に仕えるボーグル供・・それだけだ。」
「それで防御網を張る。
多寡が人間ごときに・・・」
ラクシャーサが唇を噛む。
「その人間ごときがここまで迫り、レオナルドは逃げた。
他にも何か・・・」
「それが何であれ闘う。
勝てばそれで良し・・負ければ潔く滅びるまで。」
ラクシャーサは決意の程を貌に表した。
「人間共は後ろに退いておけ。これ以上数が減ってはかなわん。
先頭はラルフとサビーネ。ユアニは空から見張れ。
犬共は辺りの警戒。」
ランダはクー・シーの頭を撫でながら指示を出した。
指示を受けた者達がその場を離れるとランダは服を脱いだ。
「身体を拭いておくれ。」
三人のシルキーが湯に浸したタオルでランダの身体を拭き始めた頃、遠くから闘いの声が聞こえた。
「始まったようだね。」
それでもランダは悠然と構え、
「そろそろ私も準備しようかね。」
と、服に腕を通した。
ランダが行く。その前に立つ低位の鬼は尽く塵へと変わる。
「あれは・・・」
その姿を遠目に見た牛鬼が口を開く。その口が開いたまま、バルディオールの三日月鎌にその首が斬り落とされた。
「ラクシャーサ・・私が誰だか解るか。」
ランダが大声を張り上げる。
「ラ・・ランダ・・・
敵わぬはず。」
ラクシャーサはランダの前で自分の部下のボーグル共々両膝をついた。
「手を貸しな。ネルガルの館をぶんどる。」




