第四章 齟齬(58) 人買い再び(4)
確かに魔族が多い。バシンやらナハコボルトやら極低位のそれも低級な魔族が次々と現れる。そんな中で魔獣ネコマタとハギスが現れた。ネコマタというのは胸だけを布で被った裸の女。尻には長い尻尾を生やし四つ足で歩き回る。猫なで声で男を誘い、その鋭い爪で切り裂く。
そしてハギス・・真っ黒な狸の顔をし黄色の丸い嘴を持つ。身体は円筒状で全身に黄褐色の長い毛が生えている。三本の足で素早く動き回り悪しき者を襲うと言われている。
「また程度の低いのが出てきたねぇ。」
その臭いを嗅ぎ付けたランダが後ろから言う。
「さっさと片付けちまいな。
・・ああ、あんた達は闘わないでいいよ。」
ランダはバルディオールとジャンクにも声を掛けた。
「おや・・」
急にランダが前に出る。
その目の先に土煙を上げて走り来る大牛。
「ストーンカだね・・こいつは私が相手するよ。」
一つ目の猛牛ストーンカ、体躯は小さなサイほどもあり二本の鋭く太い角を前に突進して来る。
ランダの腕の筋肉が盛り上がり、ストーンカの角をガッシと掴み、そしてねじり伏せる。
ラミア・・そうしておいてミッドランドにある黒い森の支配者ラミアに念話を送った。
ラミアの反応を待ち、続ける。
「魔獣を一匹送る。
黒い森の守護に使え。」
その様子はこの森の支配者、魔王ネルガルに伝えられた。
「ランダか・・・戦争だな。」
ネルガルは意を決したように言った。
「この森は渡さぬ。」
彼は自身の配下、夜魔ヒュプノスと悪魔レオナルドを呼んだ。
「相手が誰であろうとこの地は死守する。」
この森にいる魔族という魔族が集められネルガル、ヒュプノス、レオナルドに振り分けられた。
その間にランダ達は邪鬼ラケーも服従させ、同じ様にラミアの所に送り込んだ。
次はラクシャーサの領域。鬼族の出現が多くなる。だがその中に低位の魔族も混ざっている。
「魔族と鬼族が手でも結んだかな。」
ランダの言葉に、
「そんな事はないでしょう。現に一部は闘っています。」
バーローがそう指摘する。
「あの馬鹿供・・鬼族とはやり合うなとあれほど言って居ったのに。」
遠くでそれを見る、レオナルドが思わず漏らした。現れているのは夜魔ナハコボルトと羽根を持った悪魔バシン、ランダ達ならず鬼族のイヒカ、ジャック・オ・ランタン、ビルヴィスとも闘っている。
ランダの配下の内で戦いに参加しているのはカーツの一団にアリスが加わり、ガルフィが三人を連れ、ニーコダマスも赤い鎧兜に身を包んでその争いに加わっている。
カーツは思ったほどの活躍はしていない。その為かカーツの一団は防戦一方に陥っている。ガルフィにしてもその力はほぼ互角、魔物に対して功を奏しているのはアリスの剣と魔術、それとニーコダマスの斧。
「ガルフィ、無理はするな。」
ランダがそう声を飛ばす、なかなか決着が付かない三つ巴の闘いの中にバルディオールが槍を扱き突き入った。その後を追いジャンクもまたのっそりと参加する。
この二人が参加することで戦況が一気に変わった。
バルディオールは我が物顔に闘いの場を駆け回り、次々と槍の穂と三日月の刃に魔物を掛けていく。
一方のっそりと動くジャンクが棒を振ると三、四体の魔物が一気に吹き飛んだ。ジャンクは棒を軽く振っているようにしか見えない。が、軽く触れただけで魔物達は黒い塵に変わっていく。
「強烈だね。」
ランダもその強さに舌を巻く。
「部下にしたいものだが・・」
「無理でしょうな。」
ランダの横でバーローが言った。
レオナルドはラクシャーサの元に来ていた。
「手を結ぼう。」
「何だと・・今さら。」
ラクシャーサが怖い眼をする。
「手を結ばなければこの森は奴等に取られるぞ。」
「元々俺達が棲んでいた所にお前達が来た。勝手なことを言うな。」
「今よりお前達の領域を広げよう。これはネルガル様もご承知だ。
それを条件に・・・」
「騙されてはいかん。」
ラクシャーサの副官、牛鬼が横から口を挟む。
「魔族は嘘をつく。」
「嘘だと・・」
レオナルドが牛頭の鬼を睨む。
「この期に及んで嘘などつかん。」
「それはどうかな。」
牛鬼がニヤリと笑う。
なんだと。とレオナルドが立ち上がり牛鬼と睨み合う。
「俺の屋敷で争いは許さん。」
ラクシャーサがビュッと剣を振る。
「奴等は何者だ。」
「人間二人に使われるバフォメットとその仲間達。
現に十数人の人間もその中に混じっております。」
ランダのことを知りながらレオナルドは既に嘘をついていた。
「バフォメットとあらばその階位は我等より上。敵わんぞ。」
「ネルガル様よりも下でございます。」
レオナルドは急に慇懃な言葉を使った。
「それに奴を使う人二人を倒せば・・バフォメットは元々我等が仲間でございます故。」
「奴等はどこを狙っている。」
「ここ・・貴方様の領域です。」
「ここを護るのを手助けしようというのか。」
ラクシャーサは信じられんと言う顔をする。
「ここを得れば奴等は勢いづき、我等の領域も狙う。
そこでネルガル様は私をよこした・・お判りですかな。」
「確かなのだな、我等の領域を広げるというのは。」
勿論とレオナルドは笑った。
「良し・・連合して闘う。
人間共を叩き潰す。」
ラクシャーサのその言葉を聞きレオナルドは背の羽根を広げその場を飛び去った。




