第四章 齟齬(56) 人買い再び(2)
百数十年間、ランダ達はこの大陸を彷徨い歩いた。その間に寿命の短い人間達は死に、何代かの代替わりを繰り返しながら安住の地を求めた。が、ミッドランドに比し文明の発達が遅れていたこの地に、そうそう定住できる所はなかった。
あっちに何年か・・こっちに何年か、人の子の売買をしながら定住の地を求め続けた。
垢じみるのも仕方ないか・・ランダはそう思った。
そこにバーローが調べてきた森の件。ランダはそれに賭けてみる気になっていた。
「人がいます。」
思考にくれるランダの耳に、帰ってきた斥候の声。
「またあれかい・・・」
「賊ではありません・・男二人。」
鷹揚なランダの声に斥候に出ていた男はキビキビと答えた。
「どんな奴だい。」
「顔を包帯でグルグル巻きにした男と、ボロを身に纏った男です。」
「フーン・・捕まえてみるか。」
ランダの声の横から五人の男達を従えたカーツが飛び出す。
遠目に闘いの様子を見る。
アッという間に五人の男達は叩き伏せられ、カーツもぼろを着た男に好いようにあしらわれている。
「征くよ。」
ランダは傍らに立つサビーネとシャムハザに声を掛けた。
シャムハザは包帯の男に、サビーネはぼろを着た男に突っ掛かった。だがその二人をしてもカーツと同じ、簡単にあしらわれている。
遂に包帯の男の棒先がシャムハザの喉元に突きつけられた。
「止めときな。」
ランダの左手がその男が手にする棒尻を握った。それだけで包帯の男の動きが止まる。
「お前もだよ。」
ランダがぼろを着た男にも声を飛ばす。が、その男に恐れる様子はなかった。
「ほお・・・」
ランダがもう一方の掌をぼろを着た男に向け開く。すると数条の白い糸が宙を奔った。
ぼろを着た男はそれを簡単に躱す。
「やるねぇ・・・」
今度は放射状に何条もの糸。
さすがにぼろを着た男もそれに捕らえられグルグル巻きにされる。
フン・・と鳴らすランダの鼻の先でその糸がブチブチと音を立てて切れた。
ギラッとランダの目が輝く。
だがぼろを着た男は何ごとも無いように動く。
「私の金縛り(バインド)も効かないか・・大したもんだよ。」
ランダはフッとと溜息をつく。
「力は私と互角・・かい。」
そしてランダは言った。
「止めろ、止めろ。
何をやったって無駄だよ。」
ランダは後から駆けつけた者達にも声を掛けた。
「強すぎるよ。」
そう言ってからランダはぼろを着た男と包帯の男に向き直った。
「あんたらの力を借りたい。」
包帯の男は驚いた貌を見せた。が、ぼろを着た男は懐から似顔絵を差し出した。
「この女を知らないか。」
あれから・・死んだと聞いてから益々ひどくなっている。
「こいつはその女を捜している。
俺もそれに付き合っている。
お前達がそれに協力するなら・・・」
包帯の男はぼろを着た男の手を押さえそう言った。
「女か・・・」
「本当にいるのかどうかは解らない。
だがその一途さに俺も惹かれた。
協力してくれるなら・・・」
「良かろう・・協力する。」
「では俺達は何をすれば。」
「一緒に来てくれれば・・そして人や魔物と戦ってくれれば良い。」
「人・・か・・・多分こいつは人とは戦わない。」
「なぜ。」
「それは解らない。
だが、生ける者の命を奪わないのは確かだ。」
「それでも良い。」
ランダが言い、包帯の男が頷き、契約は成立した。
「あんた名前は。」
「バルディオール。」
包帯の男が名乗った。
「その男は。」
「自分の名も覚えていない。こいつの頭にあるのは似顔絵の女のことだけだ・・壊れているのかも知れない。」
バルディオールは、ここがと言う風に自分の頭を指先でコンコンと叩いた。
「それで俺はこいつをジャンクと呼んでいる。」
バルディオールとジャンクを含めた一行はそこから西の国、ブラウニス公国を目指した。それは要らない男達を売り飛ばす為だった。




