第四章 齟齬(54) 新たな宗教の栄え(6)
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エラはあれ以来ディアスに会えなくなっていた。ディアスは・・とシェールに詰問しても、用事があるそうで・・とシェールも困惑の表情を見せるだけ。
今日も続くタリスを伴った街中の散策の途中、ディアスに似た姿を見つけるとすぐにシェールを走らせた。だが違う・・・
「勉学が先ですぞ。」
タリスがそれに苦虫を噛み潰したような貌をする。
寝ても覚めてもディアスのことが頭を離れない。そんな日々が続いた。
「ディアス様がお会いになるそうです。」
そんなシェールの報告にエラの貌が輝く。
「但し・・お願いを聞いて欲しいと。」
ディアスに会える・・ディアスに恋い焦がれるエラは思わず頷いた。
ディアスとの逢瀬の日、エラはパーティの為、侍女達との打ち合わせがあって・・とハーディに嘘をつき別邸に泊まることにした。
エラの褥にディアスが滑り込んでくる。
「この間のお願いだが。」
ディアスは優しく愛撫しながら囁いた。
「会います・・だから・・・」
待ち焦がれた手にエラはすぐさま首を縦に振り、快感に溺れていった。
「初めまして。」
白の司祭リュークは別邸の一室で恭しくエラに頭を下げた。
「どんなご用でしょうか。」
ディアスに焦がれるあまり失敗したという気持ちからエラの口調が冷たい。
「貴女に私の考えを知って貰おうと思いまして・・・」
司祭がもう一度頭を下げる。
「布教活動は、王ハーディによって禁じられているはずですが。」
「集会、結社は・・ですね。」
司祭は笑った。
「手短に・・」
エラが冷たく言い放つ。
「貴女は今幸せですか。」
エッとエラは驚いた貌をした。
「父アーサーの政治の具として使われ、今の夫ハーディと結婚させられた。」
思わずエラは司祭の声に聞き入った。
「恋する男がいても添い遂げることは出来ず、男の持ち物のように扱われる・・それで幸せですか。」
司祭はそこで一呼吸置いた。
「人は皆平等なのです・・男であろうが、女であろうが、それに係わらず。」
あっけにとられるエラを前に司祭はもう一度、深々と頭を下げた。
「失礼いたしました・・私の考えを一方的に申し上げて・・
ですがお考えになってみてください。
そして、もう一度と・・思えば、ディアス殿にその旨を・・・」
司祭はそれだけを言うとあっさりとエラの部屋を出て行った。
平等・・男も女も・・・エラの頭の中を司祭の声が駆け巡っていた。
平等・・であれば、私は・・・
それと同時にディアスの姿も頭に浮かんだ。
「いますか・・」
その思考を断ち切りディアスが部屋に入ってきた。いつもであればすぐに唇を重ね、身体を求める。それが今日は・・・
しげしげとディアスを見つめる。
恋しい・・男の考えに縛られず、自由であれば・・・
私は・・・
悩むエラの横にディアスが腰掛けた。
「今日は・・」
帰って・・とエラが珍しく言った。
広い浴室を挟んだ向こうの部屋にはハーディがいる。
あの人は私を抱けずとも・・それとも他の・・・
シェールは任せろと言っていた。だがハーディの側に自分以外の女の影はない。
どうやって、シェールは・・・・
そのハーディは今日も悪夢に悩まされていた。
毎晩のように隣の浴室から艶めかしい姿でエラが自分の部屋に入ってくる。
エラの物と言えばそれだけがハーディの部屋に置かれた鏡台の前で髪をとかして、ハーディのベッドに滑り込んでくる。
その躰を抱く。それは確かにエラのもの・・だが・・・ベッドから出て行く姿は・・・
数日後、白の司祭リュークはエラの別邸に呼ばれていた。
今度はエラは真剣に司祭の話を聞いた。
そして・・・
「布教を許します・・ハーディに知られぬように・・・」
と、遂に言った。
町のあちこちに隠れ教会が造られた。ハーディの兵が来ればそこは酒場に、食堂に早変わりした。
一軒の酒場の地下、そこに白の司祭リュークとディアス、それにシェールがいた。
「ご苦労だった・・これからも頼む。
やっと拡げることが出来る。」




