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第四章 齟齬(53) 新たな宗教の栄え(5)

 一晩が経った。意識を無くした男の目が微かに開いた。それに比しカチュは・・・

 「いけない・・」

 中年の女が慌てた。

 「この()・・助けたい一心で自分の(ジン)まで使い果たしている。

 火を熾して。体温が急激に低下している。」

 そこまで指示を出して女はカイとシルマを物陰に呼んだ。

 「昨夜言った方法じゃあ駄目だよ。あんな事じゃあ、あの()の命は助からない。

 あんたの(ジン)を直接あの()の胎内に注ぎ込むしかないよ。」

 「それって・・・」

 シルマが顔を赤らめる。

 「そうだよ。」

 「えっ・・そんな・・・」

 カイはその言葉の意味に戸惑った。

 「それしかないんだよ。

 それともあんたはあの()を助けたくないのかい。」

 カイは慌てて首を横に振った。

 「それじゃあ、決まりだ。」

 「シルマ、この事はカチュには・・」

 「黙っています。」

 シルマはプイと横を向いた。

 「それからあんた。」

 カイを見ていた眼がシルマを見る。

 「ここから東に行けば私の小屋がある。

 空の上からなら見つけやすい。

 そこに行ってありったけの毛皮とオイルを一瓶取っておいで。

 急ぐんだよ。」

 シルマは指笛でペガサスを呼び、その場から飛び去った。

 皆の所に戻るとペガサスに乗って飛ぶシルマの姿にざわめきが起きていた。

 その人達はカイと中年の女の姿を見ると、恐怖に近い表情を見せた。

 「火は熾きてるね。」

 中年の女はそれには構わず言う。

 「この者達はヴァルナに護らせて遠ざけるんだよ。

 あんたも他人(ひと)に見られるのは嫌だろうからね。」

 ヴァルナがイクティニケと数体のコンスを呼び出し 人々を囲んで緑の森の奥へと(いざな)った。

 「魔物使い・・」

 「いや、魔物だ・・・」

 「殺される・・・」

 人々はひそと声を漏らした。

 「あいつらは今頃、我等に対する疑念を話していようよ。今は説明している暇はない。

 この()の服を脱がすのを手伝いな。」

 言いながら女はカチュの衣服に手を掛けた。

 「持っていれば外套を敷いてやるんだよ。」

 カイは自分の雑嚢からガサゴソと外套やらその他の衣類を引っ張り出した。

 女はそれを火の近くに敷き、

 連れておいで。とカイに声を掛けた。

 素裸のカチュの身体に当てるカイの手が微かに震える。

 「あんた、女は・・」

 「知りません。」

 カイはそれだけははっきり答えた。

 「そうかい・・でもやり方は解っているんだろ。」

 僅かに頷く。

 「通常とは違う。

 無理にでも・・・」

 「それじゃあ、痛いんじゃあ。」

 「この()には解らないよ。だけどそれじゃあ、あんまりだからオイルを持ってこさせているんだよ。」

 話している側にペガサスが降り立った。

 三枚の毛皮、五枚の毛布がペガサスの背に積まれていた。そして、

 「これ・・」

 シルマはポケットからオイルの瓶を差し出した。

 「お前もあっちに行っておいで。」

 オイル瓶のふたを開けながら女が言い、促した。

 「裸の女をしげしげと見るのは初めてだろ。」

 カイが頷く。

 「なら大きくなっているね。」

 手にたっぷりと取ったオイルをカチュの股間に塗りつけながら言う言葉にカイは恥ずかしげに頷いた。

 「じゃあ後は任せるよ。

 放つ時はこの()を助けるんだと強く念じるんだよ。」

 中年の女もその場を去った。


 カチュの精気が戻るのに三日かかった。その間に中年の女は人々に人が持っている権能(パワー)のこと(ジン)のことを話した。それで人々は落ち着いた。

 「これからどこに行くんだい。」

 中年の女はカイに問いかけた。

 「マーサの所へ。」

 「止めたがいいよ、あそこは・・人にとって居心地が良すぎる。

 居心地が良すぎると人は怠惰になる。特に子供にとってはいいことはないよ。」

 それじゃあ・・と言いかけるカイに、

 「私の所に来な。」

 と、女が言った。

 そして、

 「あんたに教えなきゃぁならないことも在るからね。」

 と、付け加えた。

 女の小屋まで森を通って二日が掛かった。カチュはいつも通り何も知らずに元気に子供達に歌を聴かせていた。

 「ここなら魔物は出ないし、マーサも干渉してこない。

 この像が護ってくれるからね。」

 女は黒い女神像をテーブルの上に置いた。

 「ラートリー様の像だよ。

 あまり遠くに行かなければ畑も作れるし狩りも出来る。

 あんた達はここで暮らしな。」

 頷く人々を、仕事仕事。と言って女は小屋から追い出した。

 「あなたは・・・」

 「さあ・・どうしたものかね。」

 女はカイの眼を見て唐突に違う話を始めた。

 「私の名前はハベト。」

 そう言って女はカイの眼を見た。

 「何か思い当たることはないかい。」

 カイは首を横に振る。

 「まあ仕方ないか・・あんたをテアルに送る時にマーサに頼んで記憶を消して貰ったからね。」

 更にハベトと名乗った女が続ける。

 「モンオルトロスで風穴に在る書は読んだかい。」

 それに頷く。

 「でも僕のことだけしか書いてありませんでした。」

 「表紙は。」

 「これと同じ。」

 カイは誰にも見せなっかた懐の羊皮紙を差し出した。

 「Kai・・それはあんたの母親が書いたんだよ。」

 その言葉にカイが身を乗り出す。

 「あんたの母親の名はレーネ、黒魔術士だった。

 ワーロックという魔導士達と一緒に私の所に来て子を産んだ・・それがあんただよ。」

 ワーロック・・その頃から・・・

 「ワーロックは僕のことを・・」

 「解らないだろうね。

 サイゼルという少年やヴァン・アレンという男の子と一緒に生まれたばかりのあんたとレーネを置いて旅立った。」

 「母は・・レーネは・・・」

 カイは生まれて初めて母親の名を呼んだ。

 「その後にあの()も出て行ったよ。あんたを置いてね。

 その時あんたの名前を残したのさ。」

 「なぜ。」

 「あの頃は世の中が荒れていた。

 ザクロスという男に会い、あんたが住み易い世を創るんだと言ってね。

 それからはあんたは私の乳で育った。

 私は“紡ぐ女”ハベトロト・・妖族だよ。その(ジン)を受けあんたは長い命とその寿命が終わるまでの若さを得た。

 解ったかい。お前の出自が・・・」

 頷くカイに、

 「私も行こうかね、あんたと。」

 ハベトも腰を上げ、カイの旅に同行することになった。


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