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第四章 齟齬(52) 新たな宗教の栄え(4)

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 カイ達は山に登る時に世話になった女に会う為に彼女の家を訪ねた。が、そこには町を追われたという若い夫婦が住んでいた。

 「太った中年の女の人は・・・」

 カイが訊ねると、

 「私達にこの家を譲って出て行きました。」

 と二人の口から復ってきた。

 「どこに行ったのでしょう。」

 「西に行くと・・・」

 その夫婦は山の端を越える方角を指さした。

 それを追うようにモンオルトロスの端を北東に越えてきたきたカイ達の目に戦いの土煙が遠くに見える。

 「人って馬鹿よね・・いつまで経っても喧嘩してばかりしている。」

 カチュがその光景を渋い目で見た。

 「全ての人の欲望を完璧に満たすのは不可能です。だから争いは永遠に続きます。」

 シルマがそれに被せる。

 「仲良くならないのかなぁ。」

 「確かに全てを満たすのは無理かも知れない。でもあれ・・・」

 カイは工事が続く大道を指さした。

 「あの道が完成すれば人々の暮らしは豊かになり、争いは少なくなると思います。」

 「そうよね。」

 「そうでしょうか。」

 カチュとシルマはそれぞれ違う言葉を発した。

 「そんな事より、次はどこに行くの。」

 「ケントスに行ってみましょうか。西と言っていましたから。」

 「ケントス・・あそこはならず者達が巣くっているとか。」

 シルマの声にカチュが異を挟む。

 「今は違うみたいよ。

 なんでも白の司祭が抑えているとか・・・」

 「なんで知って居るの。」

 「山の上に居る時にジンを送り込んで調べたの。」

 カチュは自慢げに鼻の下を擦った。

 「では、ケントスに。」

 カイは北に向け歩き出した。

 「ペガサスで行こうよぅ。」

 カチュは山登りで懲りたのか駄々をこねるようにその場に座り込んだ。

 「翼をたたみ、空を飛ばないならそれでもいいですよ。」

 カイはカチュの手を取り引き起こした。


 ケントス、そこは大戦前にほぼ戻っていた。人口は増えいろんな商売も興っていた。そこに住む人々は自由を謳歌し、男と女の別もなくいろんな仕事に就いていた。

 「アイクアリー教のおかげです。」

 それが訊ねた道行く人の答えだった。

 「平等(アイクアリー)・・ですか。」

 カイの言葉が続き、

 「どこまでの平等でしょうか。」

 疑問を呈した。

 「追放だーッ。」

 そこに男の大声が聞こえた。

 「何でしょうか。」

 「見に行こう。」

 シルマとカチュが駆けだし、カイはそこらに居た者に、何ごとですか。と訊ねた。

 それは、アイクアリー教の意にそぐわぬ者をケントスから追い出し、黒い森に投げ込むのだという。

 その横で女が、当然の報いよ。と付け加えた。

 シルマとカチュ、そして追いついてきたカイの目の前に男女それに子供までが数珠繋ぎにされ歩いている。

 「彼等は何か罪を・・・」

 カイは傍らに立つ人に声を掛けた。

 「大罪ですよ。」

 「どんな。」

 「司祭様の意に背いたんです、人を殺す戦いに出るのは嫌だと、理屈を並べて。」

 「それだけ・・」

 「それだけって・・大罪ですよ。」

「子供まで・・・」

 「私達は皆平等です、私達の救いの神の前に於いてね。

 その神の(しもべ)、司祭様の意には皆が全て平等に応じなければ成らない。

 それをあいつらは・・」

「反逆者の家族は反逆者なんだよ。

 だから、黒い森に投げ込まれるんだよ。」

 横から女も声を上げる。

 「あんたらよそ者だね。」

 そう言う人々の目が険しくなった。

 「助けましょう。」

 カイはカチュの耳元に小さく言った。それにカチュは頷いた。

 集まる人々を掻き分け、先にケントスの城門を出た。

 「ここでやっつけるの。」

 「ここで手を出したらこの町全部が相手になります。」

 カチュの言葉をシルマが打ち消す。

 「黒い森に。」

 カイがケントスで調達した馬の足を急がせる。

 「黒い森には魔物がいます。」

 「それも全部やっつけるのよ。」

 「そこまでは無理でしょう。」

 カイはカチュの声に苦笑いを洩らした。

 先回りした黒い森の前に数珠繋ぎの者達ととそれを連行する兵士達が現れた。

 その一隊にカチュが駆けようとするのをシルマが止める。

 「ここではまだ駄目です。あの人達が人質に取られます。」

 「だって・・・」

 「シルマの言うとおりです。兵士達の手元からあの人達が離れてからが勝負です。

 但しなるべく人を傷つけないようにしてください。

 彼等を助けたらすぐに黒い森に入ります。そうすれば兵士達は追ってこれません。」

 「じゃあ、魔物をやっつけるのね。」

 「全部は無理です。

 ある程度森の中を逃げ、それから森の外に出ます。」

 カイの言うとおりに作戦は決まった。

 三人の目の前で尻込みする罪人と呼ばれる者達が武器に脅され黒い森に足を踏み入れようとする。そこにカイ達がなだれ込んだ。

 襲われた兵士達の怒号が飛ぶ。カチュとシルマは長柄の柄で、カイは杖で兵士達を殴り倒していく。

 こっちへ・・その合間にカチュが罪人と呼ばれる人達を黒い森の中に誘導し、その縄を全て斬り捨てる。

 自由になった手足で森の外に駆け出そうとする者も居るが、カチュは腕を広げてそれを阻止した。

 カイとシルマもそれに合流してくる。

 「行きましょう。」

 カイが先導して森の中を南に進む。

 「そっちに行けば森が深くなります。」

 シルマが怪訝そうな声を上げる。

 「こっちでいいんです。闘っている内に思い出しました、マーサという女の人のことを・・あそこなら・・・」

 シルマは大きく頷いた。

 「どうしたら解るの。」

 「ここの森の木々は黒い、あそこの森は美しい緑色をしていました。それが目印です。」

 「武器になるものを持って。」

 シルマがカイの言葉の側から木の枝を切り始めた。

 「先を研いで槍にするのよ。それで魔物と戦う。」

 それに倣いカチュも木々の枝を長柄で切り始めた。

 人数分の木槍と、しなる枝に細い蔦を張った何張かの弓が出来上がった。

 「行きましょう。道はどれだけ続くか解りません。

 途中魔物を倒し、山菜を求め、狩りをしなければなりません。

 皆で生きる為です覚悟を決めてください。」

 カイが強く宣言した。

 男十人、女八人それに子供が四人。カイ達がその一団を護るようにして歩を進め始めた。

 スライム、実体を持ったゴースト、フラフラと歩くゾンビ、時として低級な魔物が現れた。それを皆の協力のもとに斃し、森の奥を目指した。

 森の茂みでガサゴソと音がし、その中から一本の角を額に生やした兎がピョンと飛び出た。その後にもまだ茂みの音は続いている。

 「拙い・・死肉を喰らうアルミラージだ・・数が多い。」

 その向こうには幾つかの人影。

 「グールとグーラー。ゾンビと違って動きが速い。」

 カイは皆に注意を促した。

 生ける者の臭いを嗅ぎ付けたかゆっくりと動いていた死人がその足を速めた。

 「来るわよ。」

 シルマが真っ先に茂みから飛び出るアルミラージを斬り斃した。

 「ジンを呼んでもいい。」

 戦いながらカチュが声を上げた。魔物達の数に状況は悪くなっていく一方だった。

 「仕方がない・・この人達には見せたくなかったが・・」

 カイがカチュの言葉を容認した。

 ジン、ピュトン・・・カチュとシルマの声が飛ぶ。すると自分達の側に現れた魔物達に人々が恐れを成した。

 「心配在りません。彼女らの使い魔です。私達の味方です。」

 カイがその人達に声を掛け、自身もヴァルナに姿を表すことを命じた。

 彼等が使う魔物の数々に人々が竦み上がり、そこから逃げようとする者も現れる。

 「駄目です、離れては。」

 カイは大声でそれを制したがその男の足は止まらなかった。

 カイ達の使い魔の円陣の中から飛び出した男は魔物の好餌と成った。茂みを飛び出したアルミラージの角に腹を突き通され、その場にドウッと倒れた。大きな兎アルミラージがその躰にのしかかり突き出た二本歯の口を大きく開けた。が、次の瞬間ヴァルナが持つ剣の一撃でその首が吹き飛んだ。

 意識を無くした男をヴァルナが肩に抱え上げ使い魔達が護る円陣の中に連れ戻した。

 先に進みながら現れた魔物達を倒して行き、黒と緑の境に着いた。

 ヴァルナとその眷属達を警戒の為に残し他の使い魔はそれぞれの主の手の中に帰った。

 「あなた達は・・・」

 恐る恐る一人の女が訊く。

 「そんな事より布を集めてその男の人のお腹を強く押さえて。」

 怒声にも似たシルマの声が響く。

 だが出血は少なくなったもののその血は止まらない。

 「どうしよう。」

 カチュは不安げにその周りをただ歩き回る。

 「だいぶお困りのようだね。」

 そこに中年の女の声が聞こえた。

 「あなたは・・・」

 振り向いたカイも声を大きくする。

 その声を無視して中年の女は怪我人に近づいた。

 「深いねぇ。」

 女はカチュを見た。

 「こっちにおいで。」

 そして近づいたカチュの手を取る。

 「私が(ジン)を集めるからこの人に送り込んでお上げ。」

 「私には・・・」

 「あんたも私にも癒やす力はないよ。でも私には(ジン)を集める力が、そしてあんたにはそれを送り込む力がある。この男の生命力が強ければ生きることが出来る。

 さあ・・・」

 中年の女はカチュの手を傷口ではなく額に宛がった。

 暫くの時間で微かに男の目が開いた。

 「子供が居るんだね。

 まだまだ死ねない・・そうだよね。

 がんばりな、傷を治そうと・・血を止めようと強く念じることだね。」

 再び薄れ行く意識の中で男は小さく頷いた。

 「これからが勝負だよ。」

 女はカチュの眼を強く見た。

 「あんたのがんばり次第でこの人は助かるかも知れない・・・いくよ。」

 カチュの身体がビクッと硬直した。

 「今晩が山だよ。

 生きるにしても死ぬにしてもね。」

 それから女は罪人だった者達を見渡した。

 「あんた達はこの二人・・」

 そしてカイとシルマに目を移し、

 「この二人の言うことをきいて統率を乱さぬ事。

 それに男達は緑の森は安全だから狩りをすること。

 この()は・・」

 と今度はビクビクッと痙攣を繰り返すカチュを見た。

 「こんな(ジン)の使い方は初めてだろうから精も根も尽き果てる。それを補う為の食べ物を集めておくんだよ。」

 そしてその目はもう一度カイを見た。

 「明日はあんたがこの()を抱いて寝てお上げ。食べ物をあんたの歯で良く噛み、口移しでこの子に与えるんだよ。この中で一番精(ジン)が強いあんたにしかこの役は出来ないよ。」

 そこまで言って女は目を閉じて精神を集中させた。


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