第四章 齟齬(49) 新たな宗教の栄え(1)
ポルペウス奥の院に夜な夜な怪しい光が立つらしい。
ポルペウスへの立ち入り禁止の線を護る兵士から聞きかじった者達の噂がログヌスに拡がっていた。
ハーディ王が言うように魔物が居るんだ。
と言う噂も・・・
タリス、シェールを供に街中に出ていたエラはそんな噂を次々と耳にした。が、今のエラはそんな事には関心を持たなかった。
学習と称したこの散策から早く自分の別邸に帰りディアスと逢うこと。それだけがエラの頭を占めていた。
「まず勉学ですぞ。」
小一時間の散策から別邸に帰ってもタリスはすぐにはエラを自由にはさせなかった。
机についてもタリスの言葉は耳には入らない。ジリジリとする時間だけが過ぎていった。
やっとの事で勉学を終え、自身に残されたディアスとの逢瀬の時間になる。
ひとしきり堪能した後も膚を撫でるディアスの手は優しい。
「エラ、会って欲しい人が居るんだが。」
エラの耳に唇を寄せ、熱い吐息と供にディアスが囁く。
「誰ですの。」
「リュークという司祭なんだが。」
そう言ってディアスはエラの耳朶を甘噛みした。
痺れるような快感に思わずエラの顎が上がる。
「その人は・・ハーディに・・・・」
「そう・・彼の宗教を広めることを禁じられた。」
ディアスの手が毛布の中でエラの下腹部に伸び、エラが一つ喘ぎ声を上げる。
「どうだい、会ってくれないか。」
「でも・・・」
頸筋をディアスの舌の動きに任せる。
「ハーディが・・何というか・・・」
「ハーディ様には内緒で・・」
快感に身を任せてはいてもエラはそれには頷かなかった。
× × × ×
ロニアスの村、ここにイシューとフェイが来ていた。
「思ったよりも賑わっているな。」
それがイシューの最初の感想だった。
子供達が村中を駆け回り、仕事に精を出す大人達がそれを温かく見守っている。
「アファリ。」
“永久の館”の飾り付けをする少女にフェイが声を掛けた。
「村人総出よ。」
アファリは高い梯の上から降りてきた。
「ディアスは。」
その姿にイシューが訊ねる。
「あっちよ。案内する。」
アファリは村中の一点を指さし、先立って歩き出した。
「居るか。」
イシューが石を積み上げただけの粗末な家の扉を開ける。
「おお・・」
すぐにディアスの姿が見える。
「狭いな。」
居間が在り、その奥にはすぐにベッドが見える。簡単な台所もあるがそれらが一目で見渡せる。
「ああ・・」
ディアスが頭を掻く。
「お前の所に比べればな。だが、独身のうちは皆こんなものだよ。」
「それにしても・・・」
イシューは居間の長椅子にドッカと腰を掛けた。
「あんまり手荒にしないでくれよ・・壊れる。」
ディアスがそれを見て笑った。
「会わせてください、あなたの奥様になる人に。」
フェイが声を掛ける。
「あいつが生まれ育った村の風習では、婚儀前には花嫁と花婿は会えないそうだ。」
ディアスはまたも笑い、
「アファリ、案内してやってくれ。」
と、入り口近くに立つ少女に頼んだ。
「金が出た。」
二人だけになるとイシューはディアスの耳元で言った。
「何・・・」
ディアスが訊き返す。
「新しいルミアスの奥を探検した。
北の険しい谷に羽民の里の跡があった。その都はアンダラーと言った。」
ディアスが頷き、先を促す。
× × × ×
ヘカーテ達が消え去るとカリュブディスが棲んでいた池の底が大音響と供に抜けた。
「この宮殿が壊れることはありません。」
ビクッと身を震わすフェイにツクヨミがそう言った。
「行ってみなさい。
羽民の国アルランダルがなぜ栄えたのかが解ります・」
イシューとフェイは音の元、地下へ走った。
すると、池はなくなり、その奥に大きな洞窟の口が開いていた。
ちらっと小さな人影が見える。
その姿はノッカー。
頻りと洞窟の石壁を叩いていた。
× × × ×
「そこが金鉱だった・・銀も出る。」
聞き入るディアスにイシューが続ける。
「そこでだ・・それを元手に以前話したアシュラ族との提携を成したい。
女王に会えるか。」
「ネルに頼んでみよう。」
「ネルとは・・」
「アシュラ族出身の者だ。婚儀の席で紹介する。」
“永久の館”。その中の一室に花嫁は居た。その世話はシーナと見知らぬ女性二人がしていた。
「どうかしら。」
白いドレスを試着した花嫁が姿見に映る自分の姿を見、ドレスの裾を翻しクルッと回転した先にエルフの女性が立っていた。
気恥ずかしさからか頬を染める。
「カトリンさん・・」
その姿に声を掛ける。
「フェイ・・久しぶりに・・・」
シーナが駆け寄った。
その後ろの揺り篭にフェイの目が向く。
「サムソンの子供なの。
名はマルス・・夢の中でサムソンがそうつけてくれた。」
塞ぎそうになる目を取り直し、シーナは二人の女性の紹介をした。
アシュラ族のネル、そしてクラレス。シーナはクラレスの素性は言わなかった。
「汚すといけないからそろそろ脱ぎましょうか。」
カトリンの澄んだ声がし、肘上まである真っ白の手袋を脱ぐ。そこに現れた腕は焼け爛れていた。
「この手が私とマルスを救ってくれたの。」
シーナがその腕を静かに撫でた。




