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第四章 齟齬(48) タンカ・・今(2)

 「困ったものです。」

 内城を出て行くラルゴを教会の高みから見下ろす六つの影があった。

 どんなに勧めても民の中で暮らすとラルゴは内城の内に住居を持たなかった。かといって他の遠征軍の将士が内城の内に住むことを咎めもしなかった。

 「帰ったぞ。」

 ラルゴは質素な家の中に声を掛けた。出てきたのは彼の身の回りの世話をする一人の侍女と二人の従者。

 「オーリーは来ているか。」

 「奥の部屋です。」

 「では行くと伝えよ。」

 戦死者の合同葬儀は明後日。だがラルゴはいつも葬儀前には名も無い兵士の遺族に手に入るだけの戦死者の遺品を届けていた。

 それは辛い仕事だった。ある者には死者の最後の様子を聞かれ、ある者には(なじ)られることもあり、号泣にいたたまれないこともあった。

 「デルフが来たら待たせておけ。」

 ラルゴは家の内に声を掛け若い兵士オーリーを連れて出て行った。

 今回の名も無い戦死者は三十人ほど、それはラルゴの作戦の巧さによる。相手の軍に比すれば遥かに少ない数に抑えられている。

 だがラルゴにとってはそれでも三十数人。彼等は内城の内に住む戦士達とは違う。戦士は戦うことを生業とし、死ねばその子なり兄弟は取り立てられる。だが市井に住む兵士達は徴兵という名目で無理矢理戦いに駆り出され、死んでも僅かな見舞金だけがその家族に支払われた。本来であればこの町を興す力となった者達の命、貴重な命を戦いに捧げたことになる。

 戦死した兵士達の家を一軒一軒廻り帰ってきたラルゴをデルフと今や枢機卿の一人となったボルスが待っていた。

 ラルゴは先にデルフを促した。

 「詳細の報告はした。」

 「他には。」

 「暫くは戦は休みだそうだ。」

 「休む理由は簡単だ、軍費が足りなくなってきている。」

 横からボルスが口を挟んだ。

 「またあれか・・・」

 「そう・・布教活動。」

 「と称した略奪か。」

 「近隣の集落に浄財を求める。従わぬ場合は・・」

 「神父と数人の守護者(ガーディアン)を送り込み、“光”に対する反逆者を捕らえる。」

 「教会の地下牢ももう満杯だろう。」

 「ああ・・そろそろな。」

 ボルスは目を伏せ大きく溜息をついた。

 「戦いの為の戦いとしか思えん。

 版図を広げ、神の名において搾取する。」

 「それが誰の利益に。」

 「解らん・・だが確かに国はに大きくなった。」

 「助言者というのは。」

 「それも解らん。」

 「俺が戦いに出ている間に何もかもが変わって行く。」

 「お前が政治に参加しないからだ。」

 「興味が無い。

 俺が興味があるのはセイラの成長と民のことだけだ。」

 「軍はお前が握っている・・いっその事・・・」

 「今も言ったろう、興味が無いと。」


 合同大葬は終わった。その大葬で名を呼ばれた戦死者は内城の内に住む戦士達。外の者達はその他の兵士でしか無かった。殉教勲章を与えられたのは三人、これも内城の内に住む者達だけだった。

 式が終わり住民達が三々五々家路につく街城の中でも徐々に格差が出来ていっていた。

 そんな町の南の端、城壁の影になり日の当たらぬ所に住む者は他の地区に住む者達に蔑まれていた。

 そこに一つの影。身の丈ほどの長い杖を地に突きそれを支えに座り込んでいる。

 ぼろを身に纏いフードを目深に被った男に小銭を投げていく者も居れば、嘲り笑っていく者も居た。

 通行人の男一人がポンとその男が支えにした杖を蹴った。

 「邪魔だよ。

 目障りなんだ。」

 「お許しください・・・」

 その男はのそっと立ち上がった。

 その体躯は丸く大きい。

 一瞬怯んだ男が、もう一度立ち上がった男に毒づいた。

 その襟を強い力に捕まれる。

 「止めておけ。」

 襟を掴んだ男が嗄れた声で言った。

 何を・・と振り向こうとする男がポンと投げ捨てられた。

 「この野郎。」

 投げ捨てられた男が、大声と共にその男を投げ捨てた顔を包帯でグルグル巻きにした男に突っかかる。

 が、結果は同じ。その男が手にしていた先が革布巻の棒に足を払われ、ドウッと倒れ込んだ。

 倒れた男の喉元に革布で巻かれた先が突きつけられる。

 「止めておけ。」

 もう一度拉げた声がした。

 革布の隙間からギラリと光るものが見える。倒れた男は四つん這いのままで、慌ててその場を離れ立ち上がった。

 「覚えていやがれ。」

 捨て台詞を遺してその男はその場を走り去った。

 「ありがとう。」

 ぼろを身に纏った男はゆっくりと頭を下げた。

 その胸元に助けたはずの男が自身が持つ棒の柄を突きだした。

 それに突かれぼろを着た男がよろめく。

 もう一度、今度は革布で撒いた方を・・・

 それはあっさりとぼろの男の杖に弾かれた。

 「やるな・・なぜ闘わぬ。」

 「闘いは出来ません。」

 ぼろの男はもう一度頭を下げた。

 「構えろ。」

 男は革布に包まれた棒の柄を先に構えた。

 「出来ません。」

 「いくぞ。」

 男は気合いを掛け、手にした棒を突きだした。だが、のっそりと動くぼろの男にその先は全て躱された。

 「あなたは戦士のようだが・・」

 珍しくぼろの男の方から声を掛けた。

 どけどけ・・とその声は五、六人の男の大声にかき消された。

 さっきの男が仲間を募り、駆けて来る。二人の男の成り行きを見物していた人々が二つに割れ、逃げ遅れた子供が蹴倒される。

 目深に被ったフードの奥でぼろを纏った男の目がギラリと光った。

 棒の先で突く、かと思えば棒を大きく振り回し殴る。

 闘う理にかなったその動作は美しくさえある。

 僅か数分・・それだけで槍や剣を手にした暴れ者達は地に伏し呻き声を上げていた。

 「おい・・」

 棒を手にした男は傍らにあった己の雑嚢を肩にかけぼろの男の手を引いた。

 「行くぞ。」

 強引にぼろの男の手を引き、二人は街城の外へ出て行った。


 「あの連中・・」

 焚き火を囲みながら顔を包んだ男が話し出した。

 「白地に青い太陽の紋が入った胸垂れを着けていたろう。」

 ぼろの男が頷く。

 「守護者(ガーディアン)と言うそうだ。

 メシアン教の神父と共に集落に送られ布教活動をするそうだ。結構な暴れ者らしい。

 あまり関わらん方がいいようだ。」

 「そうか・・・」

 ぼろの男はそんな話しには興味が無いようだった。

 「お前は何の為にここに来た。」

 「女を捜している。」

 「女・・・お前のこれか。」

 包帯の男は自信の小指を立てた。

 「そんなんじゃない。

 俺が護るべき女だ。」

 「面白そうだな。

 一緒に行っていいか。」

 勝手に・・と言うようにぼろの男は頷いた。

 「その女・・あの町に居るのか。」

 「解らん。」

 ぶっきらぼうに言うとぼろを着た男は手枕でゴロンと横になった。


 こんな女を知りませんか・・ぼろを着た男は朝からタンカに入り、うろ覚えの記憶で書いた似顔絵を見せて廻った。

 「下手な絵だな。」

 それを横から包帯の男が覗く。

 「そんなものより名前を言えばいいだろう。」

 「覚えていない。

 その女の名どころか自分の名前さえ・・

 唯あるのはこの女を護らねばと言う使命感だけだ。」

 「あんた・・・」

 包帯の男が自分の頭を指さすと、

 「そうかも知れん。」

 とぼろを着た男が応えた。

 あいつらだ・・大きな声が聞こえる。

 二人に向け駆けて来るのは昨日叩きのめされた守護者の仲間達。

 「多いな。」

 「逃げよう。」

 ぼろを着た男が包帯の男の手を引いた。

 包帯の男は時として道行く人達にぶつかる。が、ぼろを着た男は人の間をすり抜け、全くその気配が無い、それどころか人の衣服に触ることさえ無い。

 その後ろで人をはね飛ばしながら守護者(ガーディアン)達が追ってくる。その数は増え十数名。

 二人は南の隅、日の当たらぬ貧民窟に走り込み、細い路地を曲がりそこに身を潜めた。

 その横をどたどたと足音を立て、ガーディアン達が息を切らして走っていく。

 暫くの刻を置きぼろを着た男はゆっくりとそこを出て元来た道に足を進めた。

 居たぞーッ・・・一人遅れてきたガーディアンが大声を上げ、先に行った者達が帰ってきた。

 ザッと二人を守護者(ガーディアン)が取り囲む。

 その中の一人がぼろを着た男に突っかかる。と、その躰は大きく宙を舞い、地に叩きつけられた。

 やっちまえ。と遠巻きの見物人達から声が飛ぶ。

 そいつ等は札付きの悪だ。

 いつも俺達から金を搾り取っている。

 後始末は俺達がするから殺しても構わんぞ。 人々は口々に叫び、ぼろを着た男と包帯の男を応援する。

 チッと唾を吐き守護者(ガーディアン)達は剣を抜き、槍を構えた。

 やらねばならぬか・・包帯の男は棒先の革布を解いた。

 現れたのは三日月鎌の槍、その穂先がギラリと光った。

 「殺すな。」

 ぼろを着た男が大声を上げた。

 「殺してはいかん。」

 その声にドンと包帯の男は槍を地面に突き立て、腰の蛮刀を抜いた。

 「これでいいんかい。」

 それを持ち替え蛮刀の峰で相手を殴れるように持つと、ぼろを着た男が頷いた。

 嘗めやがって・・ガーディアンが飛びかかってくるのを包帯の男が蛮刀の腹でその頬桁を払った。

 叩かれたガーディアンはひっくり返って動かなくなった。

 三人がぼろを着た男を囲む。

 ぼろを着た男は自分が手にする棒を宙に投げ上げた。

 囲んだ男達が思わずそれを見上げる。

 落ちて来た棒を小脇に抱え、ぼろを着た男はクルッと一回転した。

 その(あと)には腹を打たれた守護者(ガーディアン)達が悶絶して倒れた。

 一気に掛かれ。と口々に叫んで守護者(ガーディアン)達が襲いかかったがそれも二人の武術には敵しなかった。

 戦いの最中、ぼろを着た男の懐から羊皮紙に描かれた似顔絵が落ちたのを見物人の一人が見ていた。闘いが終わりそれをぼろを着た男の手に渡しながら、

 「この女性(ひと)は・・・」

 と訊ねた。

 「知って居るのか。」

 ぼろを着た男は喜色を見せた。

 「今はここには居ない。」

 「どこへ。」

 「亡くなった。と言われている。」

 「死んだ・・・・」

 ぼろを着た男はガックリと俯いた。

 「だが町の人間は誰もそれを確認していない。

 何処かに行った。とも言われているよ。」

 「探すんだろう。」

 包帯の男は、ぼろを着た男の肩をポンと叩いた。


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