第四章 齟齬(45) ティアの住み処(3)
霜の国は結界の強さが違う三つの層に別れている。地形的には南から東を年中雪を抱いた高く険しい山に遮られ、その麓に三日月形の大きな湖フヴェルゲルミルの泉が在る。
その中に突き出た大きな町ほどの島には巨大な木“世界樹”がそびえ、その梢にはフレイスベルグが住んでいる。
その根元には“智恵の泉”が湧き、地に住むニーズヘッグとフレイスベルグはラタトスクの口を通じていつも口争いをしている。
ミーミルが住むその島が他者を入れない第三の層。
その次の層はフヴェルゲルミルの泉とそれを取り巻く森。ここの結界も強いものの第三の層ほどの強さはなく、たまに“生無き者”達が迷い込むことがある。先に訪れたローンもその例に違わない。
一番外は深い森に被われ、“生在る者”達であってもたまに迷い込むことがある。ここに迷い込んだ者はニーズヘッグかフレイスベルグに命を奪われその魂はニーズヘッグに飲み込まれ、その肉体はフレイスベルグについばまれる。
その外が今ワーロック達が立つ地。同じ森の続きで在りながらその西のカーター・ホフの森とは一線を画し、“霜の国”を在るとも無いとも知れないものにしていた。
「北が手薄だ。」
ラタトスクはミーミルの言葉を続ける。
「そこでだ・・そこに居る人間。」
ラタトスクはストラゴスを見た。
「お前にはそこに村を作って貰う。そこまでを第一層とする。
そこに住むのはお前とドゥリアード。
ドゥリアードには第二層までの出入りを許し、そこの人間には外との出入りを許す。」
ドリストはストラゴスと共にその言葉に頷いた。
「続いてダンピールの男。」
ラタトスクがアレンの顔を見、その鋭い眼にすぐにその眼を逸らした。
「お前はこの地に住むことはならん。」
アレンはその言葉に頷きつつも、首を横に振ることもなくラタトスクを睨み付けた。
「そして、ティア。
彼女はミーミルの側で庇護を受ける。
但し、彼女が出歩けるのは第二層まで。それにその世話役として三人の妖精を付けること。その内の一人はこの間のローン、レニックとか。口封じには丁度良かろう。」
ワーロックは納得顔をした。
「それにもう一つ。」
「まだあるのかい。」
アレンがうんざりしたような顔をする。
「言い争いに負けたニーズヘッグが“世界樹”の根を囓って困る。もしあの木が倒れるようなことがあればこの世界は崩壊する。
そこでだ・・ワーロック、お前にもティアと伴にミーミルの元に留まって貰う。お前がいればニーズヘッグやフレイスベルグも少しは温和しくなるだろう。
そのお前が出歩けるのは第二層まで。
これがティアを庇護する条件だ。」
「帰ろうぜ。」
ラタトスクの得意げな顔をよそにアレンが言った。
「なんだかんだと面倒くさいことばかり言いやがって。
これじゃあ外との連絡が取れなくなるぞ。」
「これでいい・・これくらいでないとティアは護れない。
ただしアレンが第二層まで入ることを承認して貰う。
それで外の世界の情報を得る。」
「良かろう。」
中空から腹に響く野太い声がした。
「アレンとやらの行動を認める。」
「よし、決まりだ。では早速各々の行動に移ろう。」
「待てよ。
これじゃあ匿われるのではなく、囚われの身だ。」
「それでもよい。
ティアの身を守る為なら。」
そう言うワーロックを引っ張りアレンはその場を離れた。
「どう言うことだ。どこまでミーミルを信じるんだ。
奴は“光の欠片”と言い、それに興味を示した。奴もティアを利用するつもりかもしれんぞ。」
アレンは他の者達に聞こえぬよう小声で喋った。
「その心配はない。ミーミルはこの“霜の国”が平和であればいいだけだ。そのためにティアではなく、ティアを元に私達を利用しようとしているのだ。」
「それに乗るのか。」
「何時でも出れる。時が来ればな。」
「時・・」
「次の“光の子”・・それが生まれれば。」
「が、この結界の中ではミーミルは時さえ操るんじゃないのか。」
「だからお前には外に出て貰う。
それに時を操れると知れば、私にもその対抗手段はある。」
「信じていいんだな。」
ああ・・とワーロックは肯いた。




