第四章 齟齬(41) バルディオールの逐電(2)
転戦が続く。
バルディオールの軍はランドアナ兵の姿を見ると身を隠した。主体はあくまでもダルスの軍。それが白の司祭の命令だった。それに不平を鳴らす者もいる。が、バルディオールは淡々とその役割をこなした。
一つの集落が燃えている。ならず者達に圧力をかけるとその矛先は民に向く。その繰り返し。バルディオールはそれに苛立ちが募らせた。
バルディオールの拳が燃え上がる村に向けられた。それは白の司祭の命に反することだった。だが、我慢できなかった。
先頭はキュノケー、続くのは人の姿をしたワーウルフ、それを前に見ながらバルディオールも奔る。
目的はならず者達の掃討だった。が、村に入ると人の女を渇望していたキュノケーの何人かが若い女を拐かしていた。
それをバルディオールの槍が貫き通した。そこへなだれ込んできたのがロブロの隊。
彼の顔を見たバルディオールは安堵したようにロブロの肩を抱き、人のいない所へ連れて行った。
「お前で助かった。この事、口外しないでくれ。
お前の部下にも・・・頼む。」
バルディオールはロブロに頭を下げた。
「解りました。」
ロブロはあっさりとそれに応じた。
「ですがそれには条件があります。」
バルディオールは苦い顔をした。それは前に提案があった戦いの協力かと思っていた。
「この集落を救護するのに手を貸してください。」
それなら。とバルディオールは頷いた。
「キュノケーは集落の外に出す。」
バルディオールはまずそう言った。
「それは・・・」
「お前も見たろう・・奴等の素性を。
元は人と言ってもあんなものさ、俺が率いるのは・・・」
バルディオールは自嘲気味に笑った。
集落を隈無く周り怪我人を助け、老人、女子供を先にロブロの隊が持っていた毛布や食料を分け与えた。
バルディオールが望んでいたものはこれだったかも知れない。人々を助け、人々を慈しむ。少年時代のユングもそうだった・・・なぜかユングのことばかりが頭をよぎる。
ふとその目の端をユングに似た子がよぎる。
疲れたか・・・頭を振りユングの面影を振り払い、もう一度その子を見る。
それでも似ている・・幼い頃のユングに・・・。
「ユング・・」
思わず声を掛ける。
「ユング・・私の名前はジュリア・・・なぜ私達がこんな目に遭うの。」
毅然と光る眼がバルディオールを刺す。
「それは・・・」
言葉に詰まったバルディオールを次の言葉が襲う。
「戦争は嫌いです。
なのに戦争が私達を追いかけてくる。」
ユングに似た女の子ジュリアは尚もバルディオールの眼に詰問する。
「ユング・・・」
言葉に詰まったバルディオールの後ろからロブロの声が響く。
「お前の母の名は・・そしてお前の歳は・・・」
搾り出すようにロブロが訊ねる。
「七歳・・母は死んだ。」
ぶっきらぼうな答えが二人の耳を打つ。
「そうか・・その亡くなったお母さんの名は・・・」
ロブロが慈しむ眼でその少女を見た。
「ニルヴァ・・・」
少女の目から一筋の涙が零れた。
「すまなかった・・俺達が・・・」
バルディオールはジュリアと名乗った少女に深々と頭を下げた。
その袖口をロブロが引き、それに誘われるようにバルディオールが物陰に入る。
「ユング・・様の子供です。
十四の時ユング様は一人の村の娘に恋をしました。それから私の目をも盗んで二人は逢瀬を重ねました。
キュアの策略で二人の仲が裂かれたときユング様は私に言いました。・・子が・・と・・・女の名はニルヴァ・・あの子の母親です。」
ユングの血・・バルディオールは言葉を搾り出しす。
「何とかならんか。」
「私が匿います。」
ロブロがその声に強く頷いた。
「どこに・・・」
「それは・・・」
二人は頭を悩ませた。それから幾ばくかの時を置き、
「俺に任せろ、当てがある。」
バルディオールは先ほどのロブロよりももっと強い声で言った。
「当て・・どこですか。」
「デヴィルズ・ピーク。」
「あそこには魔物が・・・」
「陰の魔物は全て出て行った。今あそこにいるのは陽の者だけだ。
そこの女神サラスヴァティに預ける。」
名案だというようにロブロが頷く。
「そこでだ、暫くここに俺が居るように見せかけてくれ。
その間にデヴィルズ・ピークを往復する。」
バルディオールは早速馬にジュリアを乗せあげ出発した。




