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第四章 齟齬(40) バルディオールの逐電(1)

 悩んでいた・・バルディオールは悩んでいた。あの“智恵の実”を食べてから・・・

 カルドキア帝国の武将として戦いに参加し、

フレンツ川での戦いの後、より強くなる為この躰を得た。確かに肉体は強くなり武力は上がった。だがそれは本当に自分が望んだことだったのか・・・司祭の前ではまだ言葉を発していない。バルハードにもあれは一時のものだと筆談で伝えてある。

 筆談・・それさえも出来なかったのがあの実を食べてから可能になった。自分の意志を伝えられる、それだけでもバルディオールの心は喜びに溢れていた。

 だが・・・


 司祭が呼んでいると告げられバルディオールは彼の執務室へ急いだ。

 「治らなかったか、その顔・・・」

 まっ黒のローブの司祭が尋ね、バルディオールがそれに頷く。

 “智恵の実”を採る為の戦いでラドンに灼かれた獣面の顔半分は焼け爛れたままだった。

 「旧ザクセンだが・・」

 黒いローブの司祭はバルディオールの顔を気遣った後すぐに続けた。

 「かなり荒れている。

 あの一帯の首魁スクルフの一党を潰してからさらに収拾がつかなくなっている。」

 地図を指し示す司祭の指にはデヴィルズ・ピークから持ち帰った指輪が光っている。

 「ここに兵を送る。その指揮者はダルス。

 お前はもしもの時に備え、後詰めに行って貰う。」

 また戦・・・

 バルディオールは少年の頃のユングが好きだった。人に対する慈愛を持ち、そして誰にも平等だった。

 そんなユングが描く未来の為と思いこんな人とも獣ともつかぬ身体に身をやつした。そのユングは・・・

 ゴウと喉を鳴らしバルディオールは司祭の言葉に頷いた。

 フレンツ川の戦いからなぜ姿を消したのか・・それは戦いに飽き、血に飽きたから。主の居なくなった当時のホーリー・クリフの一画に自分と同じ様に姿形、いや思考までが変えられた者達を連れ隠れた。その間だけが心の平穏を持てたのかも知れない。それが、この司祭に見つかり、また戦いの巷に引きずり出された。

 殺戮だけの機械のようだった仲間達をどうにかならず者程度には落ち着かせたがそれもまた元に戻るだろう。司祭の命令を無視したかった。が、フードの奥で光る彼の目には逆らえなかった。


 奥の院を出て死の谷を降りて行く、ドラゴモスへは入らずケムリニュスを経由してザクセンへ・・それが三十人のキュノケーと十人のウエアウルフを引き連れたバルディオールが通る経路であった。

 ケントスの城へは入らずその郊外でダルスが率いる五百ほどの軍と合流した。そこには白いローブの司祭も居た。

 ザクセンに向かう途中バルディオールは自分の身体の異変に気付いた。獣のように(こわ)かった体毛が人の毛のように柔らかくなっている。火傷の痕を隠す為潰れた獣面に撒いていた布も、顔形の変化で時としてずれ落ちる。それにこれは困ったことだが力も少し弱くなったような・・・

 あの実を食べてから・・・バルディオールは考えた。

 元に戻りつつある・・人に・・・

 考えながら歩くバルディオールの肩口に矢が突き刺さった。

 怒りと伴に矢が飛び来た方向を見る。少し衰え始めていたと思っていた視力が獣の視力を回復し、狼の鼻も回復する。見る見る筋肉が盛り上がり身体に力が(みなぎ)る。

 走る・・その速さは獣のもの。その勢いを恐れたか二十人ほどの賊が浮き足立つ。そこへ殴り込む。三日月鎌の槍を振るい三、四人を斃した所へ狼の姿の四つ足で走るワーウルフ、野犬の顔をしたキュノケーの順で戦いの場に到着した。

 血震いをして雄叫びを上げる。それまでに掛かった時間は僅かに十数分。

 バルディオールは自分の手を見た・・また人のものに近くなっていく。

 激高すれば・・・

 激高すれば獣の力を得、それが収まれば人の姿に・・・

 その日からバルディオールは大きなぼろ布をマント代わりにして、自分の姿を隠すようになった。


 ケントス、過去の殷賑を取り戻すかのように街が活気づいている。

 「兵士を遊ばせるか。」

 白いローブの司祭の声にバルディオールが頷く。

 「まぁキュノケーは無理だろうがな。」

 白いローブの司祭が犬顔の男達を見て笑う。

 娼館に入る。ワーウルフは毛深いだけの人の姿に戻っている。

 久々の女・・バルディオールが自分の手を見る。

 その手は人の手。その手を女の柔肌に伸ばす。

 「どうして顔を隠しているんです。」

 枕を並べた女がバルディオールの顔の包帯に手を掛けようとする。

 「止せ・・この下の顔は焼け爛れている。」

 バルディオールはその手を撥ね除けた。

 顔も人のものに戻っていっている。が、ラドンに灼かれた火傷の痕はそのまま。眼だけを空け顔をグルグル巻きにした包帯はその顔の疵痕を隠す為もあったが、それ以上に拉げた獣の顔から人の顔に変わりつつあるのを隠す意味合いがが大きかった

 司祭に悟られてはならぬ・・そればかりがバルディオールの心を支配していた。


 夜が明けるとまた闘い・・旧ケムリニュスに蔓延るならず者達を平らげていく。血は見飽きたと思っていたが、それを見ると興奮を隠せない。半獣の姿、獣の絶大なる力、それを取り戻す。その姿のバルディオールの前に立ち向かえる者はいなかった。

 転戦を続け、以前ザクセンが栄えた土地に入る。遠くに見えるのはランドアナの旗。その旗を見たら半獣の軍は身を隠すようにと言われていた。最後は人と人・・その戦いを遠くから眺める。手柄が欲しいとは思わない。が、せめて人として・・・それは彼が率いるワーウルフやキュノケー達も同じであろう。

 「将軍・・バルディオール将軍・・・」

 不意に背中から声が掛かる。

 白の司祭の意に反し姿を見られたか・・バルディオールは心の一画に出来た隙に臍を噛んだ。

 「バルディオール・・・」

 再び聞こえる声に剣に手を掛け振り向く。

 そこにいたのはロブロ。

 久しぶりに見る知る辺。

 「違う。」

 拉げた声が喉を震わす。

 「私が見間違うと・・・」

 バルディオールがロブロの姿から眼を逸らす。

 「一緒に戦ってください。」

 「それは出来ぬ。」

 自分を知る者への懐かしさからか彼はロブロとの会話に応じた。

 「なぜ。」

 「覚えていよう・・俺は元々帝国の戦士。戦いに勝った者達とは相容れぬ。」

 「それは過去のこと。今はならず者達を倒している・・私達の味方。」

 「お前の目にはそう見えるか。」

 ロブロの首が縦に動く。

 そうではない・・喉まで出かかった言葉をバルディオールは飲み込んだ。

 白の司祭と黒の司祭、それは表裏。

 どちらが表でどちらが裏か、それは解らない。白の司祭は善と思われることを行い、黒の司祭は・・・・

 「私は千人の兵士を五つの隊に分けました。私の側に残るのは二十人ほど、そこにあなたの隊が加われば機に応じて動けます。

 力を・・・」

 「俺の軍の素性(そせい)は知っていよう。奴等は人とは相容れぬ・・元は人であってもな。」

 その言葉にロブロの声が詰まる。

 「また会う事もあるかも知れぬな。」

 肩を落とすロブロの姿を後ろにバルディオールはその場を立ち去った。


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