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第四章 齟齬(31) 風穴の書(2)

 行きましょうか。というカイの声と共に傷が癒えたヴァルナも含め皆が立ち上がった。

 奥に向け歩を進める。がなかなか洞窟の入り口にはたどり着けない。

 戸惑う、カイの眼に奥の風景が少し歪んで見えた。

 「待ってください。」

 カイは足下の小石を投げた。

 小石はその歪みを通り過ぎる前に粉々に砕けた。

 「障壁(シールド)・・・」

 カイが洩らす。

 「よく解ったな。」

 障壁(シールド)の辺りの地面から声がする。

 「ここは我等が聖域、通す訳にはいかん。」

 声と共にあちこちと土が盛り上がり、それが魔物の姿を採っていく。あるものは緑の肌に長い尾を生やし、ある者は鬼の顔に長い爪を伸ばし、あるものは鉤爪がついた蝙蝠の羽根を背中に持っている。

 それらがカイ達に襲いかかってくる。

 ヴァルナがイクティニケを呼び出すとその部下である数体のコンスと伴にそれらの魔物の相手をし始める。

 が、ヴァルナの剣もイクティニケとコンスの攻撃も何の用もなさない。それはカチュとシルマの長柄の攻撃も同じだった。

 幻影・・誰もが思った。

 その間にも他の魔物が現れる。

 「どうせ本物じゃないんでしょ。」

 カチュが緑の肌の少年に不用意に近づくと黒いグローブのような手で頬を張られた。

 カチュは仰向けに倒れ、地面の上を滑って土壁まで飛ばされた。

 「カチュは大丈夫か。」

 その身体に駆け寄るシルマにカイが尋ねる。

 「気を失っています。」

 ヴァルナ、イクティニケ、コンス、カイの召喚魔が三種の魔物を相手にする。が、どれが本物でどれが幻影なのか・・・低位のコンスだけでなく現れた魔物より階位の高いはずのイクティニケまでが少しずつ傷を負っていっている。

 その上ドリルを持った悪魔クザファンと兜と甲冑に身を包んだ夜魔ワイルド・ハントまでが現れた。

 シルマがピュトンを呼び出し、カイは土蜘蛛を呼び出した。が幻影に惑わさられこれらの召喚魔も本来の力を出せずにいる。

 「カイ、何とかならないの。」

 「多分幻影はウコバクのせい・・光を放ちます。その瞬間に現れるウコバクを斃してください。」

 シルマにカイが声を飛ばし水晶の杖を差し出す。水晶の杖に照らし出されたウコバクは今まさに手にしたスコップの燃えさかる石炭をカチュにかけようとしていた。

 「熱いーッ」

 その熱さにカチュが気がついた。

 「もう・・怒ったぞ。」

 カチュはコルブラントで抜き打ちにウコバクを斬り捨てた。その瞬間全ての幻影は消えた。

 カチュは尚もコルブラントを振り回して走る。次の相手はクザファン。その首があっと言う間に飛んだ。

 「なかなかやるもんだ。」

 カチュの前に声と共に現れたのは、龍の体に長い白髯を蓄え人の顔を持ち、鋭い爪をもった前足を備え、背に三つの蛇の頭を持つ堕天使メリクリウス。それも怒りを爆発させたカチュの敵ではなかった。

 一刀両断、あっと言う間にメリクリウスは塵に変わった。

 (この人を怒らせないようにしよう・・・)

 シルマは心の中でそう頷いた。

 メリクリウスが消えると供に障壁(シールド)も消えた。残った魔物達もカチュが呼び出したジンやその前から闘っていた者達に斃された。

 先へ・・カイは洞窟の入り口を潜った。その中は無数の扉が並ぶ回廊。その扉はカイの手では開かなかった。が、その内の一つがギーッと音を立て内側に開いた。と、同時にカイが土壁に叩きつけられ、呻き声を上げた。

 「一旦大伽藍まで退き上げましょう。」

 シルマの声にヴァルナがカイを担ぎ上げ、先にたつ。後ろを護るのはカチュとシルマ。その後を片足でぴょんぴょん跳ねながら十数体の呑口が追いかけてくる。そのまた後ろには同数ほどの金棒を持った緑色の鬼ボーグル。シルマの召喚魔ピュトン、ヴァルナの眷属コンスは呑口の爪に引き裂かれその大口に飲み込まれ、ボーグルの金棒に叩き潰されている。互角に闘えるのはイクティニケと四体のジンだった。が、それも伽藍に出た所で上空から襲い来るストリゲスと魔術を使うアチェリ、二種数体の鬼女の出現に徐々に追い込まれている。

 ヴァルナは伽藍の土壁にカイを寝かせ戦いに参加し、そこに残るカイにカチュが駆け寄る。

 「大丈夫です。背中を打って息が詰まっただけです。」

 不安げな表情を見せるカチュにカイは咳き込みながらも笑いかけた。

 ヴァルナの参戦で戦いが優位になったかに見えた。が、やっかいなのは空中から襲い来るカラスの羽根と尾を持つ腰から上だけ人の女のストリゲス。手なのか足なのか、鋭い爪を伸ばし召喚魔達を傷つけていく。

空中を飛ぶストリゲスに向けヴァルナが口から高圧の水を吹き出すがなかなか当たらない。

 その上洞窟の入り口にはもう一体の魔物、発達した筋肉を赤銅色の皮膚が被いその下から全身の血管が浮き出ている。

 邪鬼オーガー、長く伸びたちりちりの髪を振り乱してヴァルナに殴りかかる。ストリゲスに気を取られているせいかヴァルナは易々とその拳を受ける。

 それを見てカイは宙に舞えるものハオカーを召喚した。ハオカーと伴に現れた屈強な鬼、前鬼が鉄棒を振るってオーガーに襲いかかり、後鬼は数体のアチェリと闘った。

 ハオカー自身は宙を舞い戦斧トマホークでストリゲスを斃していく。

 ピチャンと天井から水滴が落ちる。その一滴の水が大きく拡がりその中から緑色の蛇の鱗を持った女が現れた。

 「セドナです、眼を見ないで。」

 青く長い髪の奥、唯一つの目が光る。カチュは思わずその眼を見た。

 「し・・痺れる・・・」

 カイの頭を支えていたカチュの手がだらんと落ちる。それを好餌と見たか呑口が寄り集まってくる。

 「土蜘蛛。」

 カイが呼び出した地霊が土の中を走る。

 「ヴァルナはオーガーに集中させて。」

 シルマはピュッと指笛を吹き、現れたペガサスに飛び乗った。

 「ストリゲスとやらは私が斃します。」

 「ほほう、なかなか・・・」

 声と共に隆とした筋肉が素晴らしく発達した人の躰にドラゴンの頭と尾を持った魔物が現れた。

 「私の副官を紹介しよう。」

 その声にのって現れたのは金の全頭マスクに連なる王冠を付け、マントを羽織った男。

 「幽鬼ヤカーだ。」

 そう呼ばれた男が手にした槍でザクザクと地面を突き刺しだした。

 それに反撃するのか土の中からも槍の足が突き出される。それを横目に、

 「それに・・・」

 ドラゴンの頭を持った悪魔マルクトはガバッと背の翼を広げ、腹部の鋭い牙が並んだ口を開けた。その中には大きな目・・黄色い目に紅い瞳が光っている。

 「私は空も飛べる。」

 「逃げろシルマ・・それにハオカーはヤカーの相手を。」

 長柄でストリゲスを斃していたシルマのペガサスが反転する。と同時に印を結んだカイの手から無数の小さな鎌鼬が走る。

 ストリゲスはそれに切り裂かれ落ちていくが、空中でドラゴンの羽根で身を包んだマルクトがその翼を広げるとその躰にまとわりついていた鎌鼬は四方にはじけ飛んだ。

 「効かんのだよ、その程度では。」

 はじけ飛んだ鎌鼬で、ほとんどのストリゲスは黒い塵に返ったが、マルクトは全くの無傷、翼を翻してシルマを追う。

 「ヴァルナ後を頼む。」

 そう言うとカイは長い詠唱に入った。

 その間シルマは辛うじてマルクトの鋭い爪の攻撃を躱している。しかしそれも限界、シルマの頭をマルクトの爪が捕らえようとした。その瞬間・・カイの体から発せられた風がマルクトを捕らえ渦を巻き、烈風の中にマルクトを包み込んだ。

 「馬鹿な・・人間ごときが・・・」

 ボロボロに斬り裂かれたマルクトが地に落ちヴァルナがそれにとどめを刺した。

 ヤカーが突き出す槍の柄をハオカーのトマホークが切り落とす。一瞬戸惑ったヤカーの頭はトマホークに叩き割られた。

 水の中から土の上に上がって来たセドナの相手は土蜘蛛。地霊の槍の足がセドナの蛇の鱗を剥がしその肉を傷つけていく。そして遂に土蜘蛛の足がセドナのたった一つの目を刺し貫き、セドナが断末魔の咆哮を上げる。その瞬間動けるようになったカチュが再びぐったりとしたカイの頭を掻き抱き、

 「どうなっちゃたの。」

 きょとんとした目で辺りを見回す。

 オーガーはヴァルナが斬り裂き、空中ではシルマが残ったストリゲスを塵に返している。多数現れた呑口、アチェリ、ボーグルはイクティニケと前鬼、後鬼に斃されている。

 「大丈夫・・・。」

 カチュの声にカイが頷く。

 「じゃあ、私も・・。」

 カチュは長柄を振るって魔物の群れの中に殴り込んだ。

 「ヴァルナ、僕を扉の中に。」

 カイが弱々しい声を上げる。

 ヴァルナがカイを抱きかかえ、開いた扉の中へ運ぶ。

 そこは本の山。辺り狭しと並べられた本棚にびっしりと本が並べられている。

 カイはその中の一冊に手を伸ばした。

 だが取れない・・どれだけ力を込めてもそれはカイの手には取れなっかった。

 力ずくで本を引っ張った。その拍子に本棚が揺れた。

 高い所から一冊の本がカイの手元に落ちる。その表紙の文字は“Kai”・・“カイ”・・・カイは自分の懐からそっとお守りを取り出した。それは羊皮紙・・それには本の表紙と寸部違わぬ文字で“Kai”と焼き付けてあった。

 そっと本を開く。最初のページに書いてあったのはカイの生年月日。

 それを見てカイは絶句する。

 それは百五十年ほども前・・僕は・・・

 パラパラとページをめくる。そこにはカイの生い立ちから、現在までが(したた)められている。

 そして最後のページ・・何も書いてない白地に文字だけが走る。

 その字は“今日の日付と・・過去を知る”と読めた。


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