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第四章 齟齬(30) 風穴の書(1)

 「よく懐に手を入れているけど何か持っているの。」

 と、カチュがカイに尋ねた。

 「これかい・・・これは・・お守りさ。」

 カイがそれに答える。

 「どんなお守りなの・・見せて。」

 「人に見せると御利益がなくなるよ。」

 カイ達はモンオルトロスの北麓から峠を越え南麓に至っていた。

 ふとカイが山麓の一画に目を遣る。

 その夜を野営で過ごそうと思っていたカイの眼に灯りが・・・

 それにカチュも気付く

 「あそこに頼もうか。」

 カチュとシルマが灯りの下に走る。

 そして・・・

 「泊めてくれるって。」

 そこにいたのは太った中年の女。

 その女が住むあばら屋に入ってきたカイにその女が目を留める。

 「おや・・あんたは・・・・」

 女はそれ以上は言わなかった。

 食事をごちそうになり、その夜はゆっくりと休めた。

 出がけに女は、

 またおいで・・とだけ言った。


 「モンオルトロスに登ってみましょうか。」

 カイが言う。

 「なんで。」

 カチュがそれに疑問で返す。

 「何かないかなぁ・・と思って。」

 「曖昧ですね。

 目的が定かではない。

 何もなければその行動は徒労に終わります。」

 シルマがカイのその言葉に凛とした声で異を唱える。

 「私達の目的はミネルヴァ様を探すこと。それと貴方の出自を探ること・・その二つのはず。

 闇雲に険しい山に登って何か得られるのでしょか。」

 と、シルマがたたみ掛ける。

 「私はいいよ。

 だって山登りって楽しそうじゃん。

 頂に上がればいろんな風景も見えるし。」

 シルマの声に、横からカチュの脳天気な声がかぶった。

 舌打ちでもしたそうな顔でシルマがカチュを睨む。

 「それそれ・・それがいけないの。

 世の中には何があるか解らない。理屈だけじゃぁ解らないものもあるの。

 ミネルヴァ様のことも・・・」

 そこまで言ってカチュは悲しそうに目を伏せた。

 「行きましょう、モンオルトロスの頂に。」

 その顔に仕方なさそうにシルマが宣言し、ペガサスの背に跨がった。

 「えーっ、その子で行くの。せっかくここまで歩いてきたのに。」

 「歩くんですか。」

 「そのつもりです。」

 シルマの問いにカイが答え、シルマは渋々ペガサスの背を降りた。

 「この子達は暫く遊ばせておこうっと。」

 カチュはペガサスの轡を外し空に(はな)った。仕方なさそうにシルマもそれに(なら)った。


 「もう休もうよ。」

 張り切って歩を進めだしたカチュが真っ先に音をあげる。

 「もう少し上まで行きましょう。」

 カイはニコニコと笑いながらカチュを促す。

 もう少し上、そこには浅い洞窟の入口があった。だが、カイはそれに見向きもせずに更に登り、そして、

 「今日はここらで野営しましょうか。」

 と、カチュの顔を見、カチュはそれにホッと安堵の顔を見せた。

 次の日も山登りが続く、その後ろから何かが()く声が聞こえたような気がし、カチュは後ろを振りむいた。が、カイはそれに頓着する様子はなく、行きましょう。と歩を進めた。

 八つの峰を持つ山、モンオルトロス。その頂上近くゴウと風が鳴る。その音は洞窟から聞こえた。

 人里を離れたことで現れたままのヴァルナに数体のコンスを従えたイクティニケを呼び出すようにカイは指示した。

 コンス、イクティニケ、ヴァルナの順で風穴に入る。風穴に入るとすぐにコンスとそこに巣くう魔物との戦いが始まった。相手は白装束の頭に長い卒塔婆を鉢巻きで結わえ付けた低級な死神ダツエバが数体。それに腐った死体グール、グーラーに動く骸骨スケルトン。

 「ヴァルナ、こいつ等の相手はお前がしてくれ。」

 カイが魚顔の幻魔に声を掛ける。

 「数が多いから、ピュトンとジンも。」

 カイは続けてカチュとシルマにも声を掛け、

 「僕はシルフとこの先を探る。」

 と、風の精を呼んだ。

 風穴に入ってからの大広間の先に大きな扉が見える。

 「先に行く。」

 カイが駆け出すと、

 「私も行く。

 シルマ、後はお願いね。」

 とカチュがその後を追った。

 扉までもう少し・・だがそこにも魔物が現れた。

 カイがまず土蜘蛛を呼び出すとそれは土中を走り、数体居る屈強な男の姿をした邪霊ペグ・パウラーの一体を槍の足で貫いた。

 カイの後ろでカチュの悲鳴が響く。

 カチュを取り囲んでいるのは黄土色の身体をし、目が触手のように飛び出した悪霊ピシャーチャ、その腹がゆっくりと裂け、大口を開ける。と、その中から鋭く尖った太い針のような歯が何本も飛び出してくる。その不気味な姿にカチュは悲鳴を上げていた。

 「ハオカー。」

 カイの召喚の声に妖鬼が前鬼と後鬼を引き連れて現れ、カチュと伴にその不気味な悪霊を叩き潰していく。

 そしてカイの目の前、何枚もの羽根を生やした昆虫のような邪霊ラルバが現れた。が、これは後ろの魔物を叩き潰したヴァルナが斃していく。

 「我が眷属を斃すか。」

 扉の前に青白い肌をした美女が立つ。目の辺りを薄衣のマスクで隠し、僅かな布で被った豊満な乳房が長い髪の間から見え隠れする。

 「我が名はガルラ。」

 唇の前で印を結んだ美女が声を発すると同時に氷の礫が飛ぶ。

 ピュトンが一体、それに貫かれ消えた。

 「後ろへ。」

 カイが声を掛け、魔障壁(マジツク・シールド)を張る。

 「無駄だよ。」

 氷の礫はガルラの言葉通りにカイの魔障壁(マジツク・シールド) を突き抜けてくる。

 「死にな。」

 ガルラの身体全体から無数の氷礫が飛び出す。

 ドンと空気が震える音がしてカイが放つ衝撃波がその全てを粉々に弾き飛ばした。

 「やるねえ。だがこれはどうかな。」

 ガルラの足下からパリパリと地面が凍りついてくる。

 その前にヴァルナが立ちはだかり、凍りつく地面に高圧の水を掛け、それを押しとどめようとする。が、

 「お前と私、魔力はどちらが上かな。」

 ガルラが更に念を込めるとヴァルナが吐き出す高圧の水までが凍り始めた。

 「カイ、何とか出来ないの。」

 カチュがカイの眼を見る。

 「ヴァルナって水でしょう。凍ってしまうわ。」

 確かに、カチュが言う側からヴァルナが足下から凍り始めていた。

 「剣で来るべきだったわね。他の者を犠牲にしてでも・・だがお前はもう動けない。」

 それでも動こうとするヴァルナの凍りついた足が砕ける。

 「動くなヴァルナ。」

 カイが大声を上げ、ヴァルナの動きが止まる。その間にも凍てつく地面はカイ達に迫る。

 「何とかならないの、カイ。他の魔物とか・・・」

 「僕の召喚魔の中でもヴァルナの階位(レヴェル)は高い方です。そのヴァルナが・・・」

 「あなたの剣で・・・」

 「属性は同じ氷結・・とても・・・」

 「ごちゃごちゃ言っていないでやるだけやったらどうなのですか。」

 カイとカチュの会話にシルマが割り込んできた。

 「あなたが持っている中で一番階位の高い召喚魔を呼び出すとか、その剣を使ってみるとか。」

 シルマがカイを叱咤する。

 解りました。とカイが前に出て氷の刃を抜き放つ。抜かれた剣は細い鞘に収まっていたとは思えない大きさまで膨れあがる。

 「“氷の刃”かい。その剣の属性は氷。そして我が属性もまた・・その剣の魔力と我が魔力、強いのは吾。」

 ガルラが念を強める。その前でカイが“氷の刃”を凍りつく地面に突き立てた。

 地面の氷結がそこで止まり、それが逆走を始めた。

 「魔力は吾が・・それが・・・」

 ガルラが慌て、念を強める。が、氷結の逆走は止まらない。

 「お前の魔力・・・」

 凍りつきかけたガルラがカイを見る。

 その後ろにカイとは違う影が・・・

 カイに向け指を伸ばしたままガルラは凍りつき、キラキラと輝く破片となってはじけ飛んだ。

 「凍った魔物達を倒して・・・」

 (ジン)を使い果たしたか、カイはその場にガックリと膝をつき、氷結から解放されたヴァルナもまた膝をついた。

 その中をカチュとシルマが凍りついた魔物達の氷像を叩き壊していった。

 ガルラが潰えると扉は消え去り、そこは広々とした大伽藍となった。

 「あの扉と魔物は関門だったのでしょう。」

 疲れ切り、切れ切れの息の中からカイが言う。

 「今日はもう休みましょう、ここにはお風呂もあるし。」

 カチュが倒れ伏したカイの頭を抱えニコッと笑う。

 「でも覗かないでね。」

 その声に笑いかけながらカイは眠りに落ちた。

 カイが目を覚ましたのは翌日の昼過ぎ。奥の土壁の向こうからカチュとシルマの明るい声が聞こえる。

 のろのろと身体を起こし、カイは土壁を回り込んだ。

 「だからぁ・・覗かないでと言ったでしょう。」

 カイの顔にカチュの手から温かい湯がかけられた。

 そこには温泉と清水が湧き、小さな扉の中には食べ物までがあった。

 そしてその伽藍の奥には幾つもの洞窟の入り口が見える。その内部ではこの伽藍と同じ様に土が淡く光り、奥までが見通せるた。

 「もう一日休みましょう。あの先にはまだまだ魔物が居そうです。

 もう一日、戦う力を養ってから・・・」

 カイは土壁の裏から二人にそう声を掛けた。


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