第四章 齟齬(28) 司祭の暗躍(7)
洞窟の入り口を目指す一行の前についさっきの戦いから逃げ出したバグベアを首領としたボガートとフーリーが現れた。
「チッ・・寝る暇もないか。」
野営の準備に火を熾したアグウィが舌を鳴らした。
「向こうも必死なんだよ。」
バルハードが不自然に唇を歪めて笑う。
「お前・・・」
その姿を見てトリグラフが言いかける。
「そんな事どうでもよかろう・・約束さえ果たせば。」
バルハードの唇が尚も不自然に歪んだ。
キュノケーはボガートに歯がたたない為後ろに下がらせた。ゴブリンはボガートといい勝負をしている。そしてトロールは大きな鉄球を振り回しボガートを叩き潰している。
「俺達も闘うか。」
バルハードが矢を構え、アグウィが木に突き立てていた二本の戦斧を手に取る。彼女が呼び出したのは五体のキャス・パルク。この狂女の階位はボガートより高いのか、ただ振り回すだけの包丁にボガートが次々に斃される。
その戦いの間を割ってバルディオールがバグベアを突き殺した。
「私の出番はなかったようだな。」
トリグラフが馬上で笑う。
「まあ、埋め合わせとして夜の警戒をしよう。」
トリグラフが口笛を吹くと灌木の林の中から骸骨の上に薄い黄色の筋肉を直接付け、兜のような頭蓋骨の下に見える耳まで割けた口から黄色い乱杭歯が飛び出した化け物が現れた。
「何なのこれは・・・」
その上肩口からは前後に四本の角のように尖った硬い骨が飛び出している。
「我が手先、オーマ・・破壊神の端くれだ。
こいつが一晩中起きている。」
そのおかげかその夜はもう何もなく夜が明けた。
「さて行こうか。」
夜が明けるとバルハードがみんなに声を掛ける。
「もう一体紹介しておこう。」
トリグラフの声に、呪術師なのか木彫りの仮面を付けた魔物が現れた。
「オグンだ。
見ての通り呪術を使う。
これから一緒に行く。」
トリグラフは先だって馬を進めた。
暫く進むと絶壁に開いた大きな割れ目を指さし、トリグラフは、入り口だ。と、言った。その声に誘われたか辺りが騒がしくなる。
「中に入るための第一の関門ってわけか。」
その通り・・どこからか大声が聞こえる。
藪の中から羽根を生やした豚鼻の鬼シャイターンが数体現れる。そして上空からはピンクの人の躰にカラスの頭と足先、先端がくさび形の長い尻尾と鋭い鉤爪がついた魔物が襲いかかってくる。
「ガギソンだ。こいつはシャイターンと違ってずっと飛び続ける。
俺が羽根を射る。地に落ちたところを片付けろ。」
「そう上手くいくかな。」
岩の裂け目からこめかみに湾曲した太く大きな角、額に沿って伸びる小さいが鋭い角、顎の線から頬に至り上向きに大きく湾曲した角とも牙ともいえぬものを生やした黒色の魔物がぬうっと現れ、バルディオール達の前に立ちはだかると、背の大羽根を広げグオーッと威嚇するように大声を響かせる。岩壁に反射した声だけでキュノケー達が怖じ気づく。
「虚仮威しのつもりか・・魔王アルシェル。」
その姿に揶揄するようにバルハードが笑いかける。
アルシェルと呼ばれた魔王がギロリとバルハードを睨む。と、一瞬たじろぎ、
「お前は・・・」
野太い声を発する。
「そう言うことだ・・そうと判ればお前等の首領のところまで案内しろ。」
「それは出来ぬ。」
「ではここで滅びるか。」
バルハードが弓を構え、キリキリと矢を引き絞る。
「待て・・・」
アルシェルは考え込んだ。
「長い時間は待てんぞ。」
弓を降ろしたバルハードが笑い、アルシェルの醜い顔が苦悩に歪む。
「使いを出す。その間待て。」
「待てんと言ったら。
堕天使ネビロス・・俺にはそいつさえを斃す力がある・・・通せ」
バルハードは一呼吸置いてアルシェルを睨み付ける。
その恫喝に屈したか渋々アルシェルが道を空ける。
「ここから去るように話を付ければ済むことだろう。
無駄な戦いはしない。」
「お前らしくもない。」
トリグラフの三面の顔の一つがバルハードを見て苦笑いを造った。




