第四章 齟齬(27) 司祭の暗躍(6)
バルディオールとバルハード、バルディオールが選んだ三人のトロール、十人のゴブリン、倍数のキュノケーを連れデヴィルズ・ピークの麓に着いた。
「ここに協力者が居る。」
と言いバルハードは辺りを見回した。
ガサッと茂みが揺れる音がして少女が一人現れた。露出の多い衣服から出た肌には至る所に青黒い入れ墨が在り、それは首にまで及んでいた。
「アグウィだ。」
その少女は名乗った。
「羅刹族の女だ。戦闘力が高い。」
バルハードがそう紹介する。
「私が一緒に行く。魔物も使える。」
女は先だって山に登ろうとした。
「キュノケーが先だ。」
それをバルハードが押しとどめる。
「周りには、斥候として俺の使い魔アナテマを何体か配置する。」
数体のアナテマが辺りに散らばり、バルディオール、バルハドス、アグウィを囲むように内にゴブリンが円を組み、その前後にトロールが並ぶ、キュノケーは五人ずつ先頭と殿それに両側に。その隊形で進む。
「キュノケーとやらは捨て駒かい。
魔物には対抗できないぞ。」
アグウィが吐き捨てる。
「そう思って貰って結構。
だが・・・」
バルハードがその顔に笑いかけた。
「七賢者が降りてきた道を虱潰しに探す。その為には奴らの鼻が必要だ。」
「この山にはどんな魔物が居るんだ。」
バルハードが質問する。
「魔物・・か。
魔物と言うより“陽”と“中立”の者達。七賢者が住んでいたせいか上に登るほどそう言う者達を中心に集まっている。」
「我等とは相容れないはずだ。」
バルハードが唇を歪める。
「“陰”の属性を持つ者達も巣くっている。そいつ等は生けるものを取って喰おうと待っている。」
アグウィがそう言う側から魔物が現れた。
「ブッカブーか・・それにジェニーも。」
溺死体のような女、その肌の色はくすんだ緑色をしている。それに水色の肌に赤い頭髪を持った男。女がジェニー、男がブッカブー。バルハードが説明を加える。
「ブッカブー・・亜人か。」
アグウィがバルハードを見る。
「になりきれなかった者。」
話の間に数多くのジェニー、ブッカブーと亜人達の戦闘が始まっていた。
喰い付くしか能がないジェニーはトロールの鉄球に、ゴブリンの剣にキュノケーの槍にさえあっさりと倒されていく。が、武器を手にしたブッカブーはそうはいかなかった。
硬い肩当てと籠手、それに武器にもなるブーツそれらを駆使して体当たりをし、殴りかかり、蹴り上げてくる。それにその手にした大きめのナイフ、これで斬りかかり何人かのキュノケーとゴブリンが傷を負う。トロールは鉄球でブッカブーを狙うが動きの速い彼等には中々当たらない。業を煮やしたかアグウィが両手の中で二本の斧を回しながらその中に殴り込み、バルディオールも横に三日月形の刃の付いた槍を扱いて突っかける。
「あんたらはジェニーの相手をしてな。」
二体のブッカブーの首を一気に斬り飛ばしたアグウィが亜人達に声を掛ける。
二丁戦斧で闘うアグウィ、槍の穂先に掛け、それに付いた三日月の刃で魔物を切り裂くバルディオール達に
「私は先に行く。」
とバルハードが声を掛けた。
「闘わないのか。」
アグウィが怒鳴る。
「この先にも魔物が居るとアナテマが伝えてきた。私はそちらに向かう。」
チッと舌打ちをし、面倒・・とアグウィはキャス・パルクを召喚した。すると、一体が二体、三体・・と増えていった。
都合五体、妖艶な女と残忍な女二つの側面を持つキャス・パルクは前後二つに大きく割れたドレスから太腿を剥き出しにしてブッカブーを誘う。それに釣られて近づいたブッカブーの喉を大きな包丁で切り裂く。かと思えば別のキャス・パルクは突く、刺す、斬ると包丁をめちゃめちゃに振り回している。
そのかなり先でバルハードは自身の使い魔
アナテマと共に闘っている。
猫の耳と尻尾を持った少女アナテマは動物の背骨の先に頭蓋骨が着いたものを短い槍のように固めた骨を武器に幻魔フーリーを相手に奮闘し、もう一種の使い魔、死者の頭部の集合体、コロンゾンは口から吐き出す火や水、風でピエロの姿で火を扱う女フーリーと闘いアナテマの後押しをしている。
バルハード自身は肉弾戦は避け、離れた敵を矢で射ている。が、それでも肉薄してくる魔物は手にした矢で突き刺し屠っている。そこへジェニーとブッカブーを斃し尽くしたバルディオール達が駆けつけた。
その前に今度は小鬼ボガートを引き連れた斧と棍棒を両手に持った鬼とも見まがう陰の妖精バグベア。
「数が多い。
亜人達が潰されるぞ。」
アグウィがバルハードを見る。
「そうでもなさそうだ。」
と笑うバルハードの目の先、大きな雄牛が一頭土煙を上げ突進して来た。
その後ろには長い角を持ったこれも大きな山羊ズラトロクと、オレンジ色から羽先の黄色に駆けて美しいグラデーションの羽根を持つ霊鳥スパルナ。
「陽の属性を持った魔物が助太刀に来てくれたぜ。」
雄牛アピスが小鬼を反り返った野太い角に懸け、ズラトロクは全身から生えた金色の長い角で残ったフーリーを斃し、上空からはスパルナが鋭い爪で襲いかかっている。
その後ろの空気が靄に包まれ、光が内側からその靄を切り裂く。
美しい女神の姿が徐々に現れる。
「我が名はサラスヴァティ。」
手には楽器を持ち、頭上から身体の周りにふんわりと羽衣が揺れている。
「あなた方の望みの物を私は持っています。」
そう言いながらサラスヴァティはバルハードを見て表情を曇らせた。
「取引しないか。」
バルハードはサラスヴァティが後の言葉を続ける前にたたみ掛ける。
「あんたもそのつもりで出てきたんだろ。」
それにはサラスヴァティは頷くしかない。
「あんたらが暮らしている所へ陰の魔物が押し寄せてきた。だがあんたらの戦う力は弱い。だからそれを倒してくれ。褒美はあんたが持っている“召喚の指輪”・・と言う所だろう。」
これにもサラスヴァティは頷き、
「魔物は“智恵の木”の洞窟に巣くっています。今出てきたのはそこに棲む堕天使ネビロスの手先に過ぎません。」
「よかろう・・あんたを斃すより、相手がネビロスならばそっちを斃す方が楽だ。」
「洞窟の入り口は開いています。
あなた方がネビロスを斃し、洞窟を出てきた時に再び会いましょう。」
そう言うとサラスヴァティは霞の中に消え、戦いに手を貸した者達もその後を追うように姿を消した。替わって青い馬に乗った緑色の肌をした三面の破壊神トリグラフが現れた。
「私が一緒に行く。」
赤い衣を翻しその男が言った。




