第四章 齟齬(22) 司祭の暗躍(1)
アーサーを探す為ハーディが廻った旧ザクセンからケムリニュスの辺り、リュビーの報告通り無法者達が跋扈していた。
「なんとかせんといかんな。」
と言いながらも戦力を減らしつつあるハーディの軍はロゲニアに備え、同じようにリュビーの軍もヴィンツと山脈の南の争乱に備えている為多くの兵は避けない。
その地に起こり掛けようとする集落はそのたびに無法者達に略奪され、その上最近では旧首府の王城内にまで蔓延っている。
無法者と言っても多くの者達は元兵士達、その中には一隊を預かる部将だった者も居る。依ってその戦闘能力は高く、その上、一所にじっとしている訳ではないのでハーディとリュビーが派遣する僅かな兵力では抑えきれない。
「どうしたものか。」
ハーディは頭を悩ました。
「軍の増強を・・・」
イーラスとグロックはハーディにそう進言したが、
「生産をしない軍を大きくすれば経済を圧迫する。」
ハーディは頑としてその言葉を聞き入れなかった。
まず外交か・・・ランドアナの軍の縮小を知り、最近軍の増強に励むロゲニアをハーディは見据えていた。
そこにリュビーが久方ぶりにログヌスの王城に登城して来た。
「ロゲニアはヴィンツと小競り合いを起こしています。その上フレンツ川の東岸辺りまで勢力を伸ばしてきています。」
「軍事力の拡大はしたくないものだが。」
「ランドアナの兵力の半数を裂きフレンツ川の西岸に砦を造りそこを護らせます。」
「台地の南の無法者達には。」
「私が当たります。」
「戦力は。」
「ぎりぎりです。が、モアドスに派遣しているイーサンとシュルツのどちらかを我が軍に頂ければ何とか抑える程度には。」
「あの二人・・そろそろ潮時、呼び戻すか・・
全将を集めよ。」
ハーディはその部屋に居た従者に声を掛け、小半刻、イーラス、グロックがハーディの執務室に集まった。
ハーディは既にテーブルの上に地図を広げていた。
「グロック、イーラス、お前達は交代でフレンツ川の西岸に赴いてくれ。」
こことここ・・・ハーディは地図を指さす。
「村を造りロゲニアに備える。幸いここには過去の村の蹟がある。それを利用してくれ。主たるものは北の村、ここには砦を作って貰う。
但し、フレンツ川の東岸には手を出さぬ事、手を出せばロゲニアとの戦争に成る。フレンツの東はロゲニアの動きに任せ、川の線をしっかりと監視すること。」
二人が頷く顔に続いてハーディはリュビーを見た。
「お前はニクスに座り、北と南両睨みだ。やれるか。」
「ヴィンツと提携を結びます。その上でストラゴス将軍が残し、今はヴィンツで軽視されているナザル、グラントス、キーンに声を掛けます。
きっとこちらになびくと思われます。」
「私はイーサンとシュルツを呼び戻す。」
「ナザルが来てくれれば彼を先ほどの北の村・・昔、ミズールと呼ばれたとか・・そこを治めさせては如何でしょう。」
「私達は・・・」
グロックとイーラスが同時に声を上げる。
「それまではお前達が居る所がロゲニアとの最前線と成る。兵を減らさぬよう交代でその守備に当たってくれ。」
× × × ×
旧ケムリニュスの首府ケントス、遠い昔は栄華を極め、先の大戦でもその街城、宮城はほぼ無傷のまま残っていた。戦後直ぐは住民が太平を謳歌していた。が、それはあっと言う間に打ち砕かれた。
ならず者、無法者。それは先の大戦で負けた敗残兵で在り、動乱を待ていた者達だった。
そこに現れたのがティールとギール。大戦の前にヴィンツを出奔した二人だった。ティールはその政治の才を生かし、ギールは武力を生かした。
民心を掌握し、ティールの意にそぐわない者達へはギールが率いる兵が鉄槌を下し、国家とも言える一つの形を作り始めていた。が、その性状は陰、自らにそぐわぬものは排除し、そのやり方は嘗て七賢者時代のヴィンツに酷似していた。
そしてザクセンの地。大戦の主戦場となり国土と民心は荒れに荒れていた。廃墟同然と成ったザクセンに居座ったのは南の争乱に敗れたロンダニアの旧主スクルフ。その配下に供にトポリを堕ちた元将軍ゴレス。それが無法者達を煽動していた。
「通行料をよこしな。」
馬に乗った一人の若者と二人の若い女に男が凄んだ。その手には蛮刀が握られている。
「あなたに遣るお金などありません。」
片方の少女がそう言いきる。
何を・・蛮刀の男が吠え、辺りからバラバラと同じような男達が飛び出してくる。
「逃げましょう。」
「どうして・・やっつけようよ。」
「無益な殺生はしない。」
「やっつけるだけです・・殺しはしません。
後の人達の為にも。」
「駄目です。」
何をごちゃごちゃと・・男が一人斬りかかってくる。
その目の前に若者が杖を差し出し、その先が強烈な光を放つ。その光がそこに居た無法者達全員の目を灼く。
「今です。」
若者は馬を走らせ、二人の女もその後を追った。
「待ってよカイ・・・」
一歩出遅れた女が後ろから声を掛ける。
それはカイとカチュ、シルマの三人だった。
炎の回廊を出て約束通りテアルまで、そこでシドとウィーナとは別れた。そこでカイは知る辺を尋ね自身の出自を訊いて廻った。だがそれを知るものは誰も居なかった。ただ西の山から来たらしいと言うことだけは解った。
西へ・・カイはカチュとシルマを伴って西へ向かっっていた。
「サルミットに登るの。」
やっと追いついたカチュがカイに声を掛ける。
「いいえ、モンオルトロスの方へ。」
「どうしてそっちなの。」
「そんな気がするんです。」
カイは幼い頃から肌身離さず持っていた懐の羊皮紙に手を当てた。
西を目指すカイ達の遠くに二百程度の騎馬隊が駆けて行く。
「ハーディの軍のようですね。」
その軍に目をやりカイが言う。
「無法者達をやっつけてるのね。」
カチュとシルマもそれを見る。
その三人の上を唐突に黒い影がよぎった。
はっと三人が空を見上げる。その時にはもう何も見えなかった。
「龍騎士・・・」
カチュがふと洩らし、
「そんな訳ないか。」
その言葉を自身で打ち消し、
「行こう。」
先にたって馬の歩を進めた。
黒い森の外れ、そこに足を踏み入れないように細心の注意を払いながら進む。それでも時として階位の低い魔物が出現する。それらを倒しながら進む内に、眼も開けられぬ強烈な光に包まれた。
「どこに行く。」
その光の中から柔らかな女の声。
「モンオルトロス。」
光を手で遮りながらカイが答える。
「お前は・・・」
光が徐々に薄れ、透き通るような薄衣を身に纏った美しい女が姿を現す。
「・・魔物の血を引くか・・・」
「僕が・・・」
カイが声を上げる。
「魔物とは言っても妖族・・その属性は中立。」
女は少し考えた。
「何を求めて、モンオルトロスへ。」
「自分自身・・です。」
「我が身の出自を知りたいか。」
カイが頷く。
「魔物の血を引くお前・・・我が館に招待は出来ぬ。
が、道は示してやろう。」
女は南の山ろくを指さした。
「我が名はマーサ・・・また会うこともあるであろう。」
女は再び強烈な光を放ち消え去った。




