第四章 齟齬(21) ハーディの憂鬱(4)
× × × ×
アーサー王の肝いりでハーディはランドアナの国王となり国名に王国が付いた。
国王と王国誕生の宴が開かれる中リュビーからの使者が着いた。
その書状にはストランドスの動きが書いてあった。
ハーディはアーサー、ダルタン、ヘンリー、それにまだ残っていた居たハルーンを呼んだ。
モアドスとの国境にストランドスが兵を集めている。ヘンリーが留守の間、モタリブスの城代を努めるサナットからも悲鳴のような書状が届いた。
「モアドスは陽動、パリスの狙いはホリンだ。
儂はすぐに帰る。
ヘンリーお前もだモアドスの守りにつけ。
ダルタン、先駆けを。」
「お待ちください。」
アーサーの言葉にハーディが待ったを掛けた。
「リュビーがサルミット山脈の南端で軍を展開させています。それにネオロニアスにはダルタンの股肱、レジュアスには執政官ハンコックを先頭に数多の将軍達がいます。
南が騒げば、旧ケムリニュス、ザクセン辺りのならず者達も騒ぎます。少人数では危ない。事を見定めてからでも遅くはありません。
ただしハルーン、お前はリュビーの軍を経由して国に帰り、ロンダニアの兵を纏めてくれ、すぐに動けるように。」
その意見に直ぐにでもといきり立つアーサーをダルタンも止めた。が、ヘンリー、来い。と、命じアーサーは自身の別邸にとって返した。
ハーディはすぐさまグロックを呼び、アーサーの護衛の為後を追うように命じた。
「二百ほど兵を貸してくれ。」
その横からダルタンが言い出し、ハーディが怪訝そうな顔をした。
「王が行くなら儂も行かずば成るまい。
王の従者は少なく、闘いにも慣れていない。儂も後を追う。」
「グロックにしても兵にしても準備に一日はかかる、それまでアーサーの足止めを頼む。」
ハーディはダルタンの眼を見、ダルタンはその足で王城を出た。
明日までと執拗に引き止めるダルタンにアーサーは遂に頷き、明日は忙しくなるからエラに別れを告げてくるとヘンリーを伴って別邸を出た。
別邸を出ると直ぐに、
「街城の外れに従者を集めておけ、明日まで待てばそれだけ情勢は悪化する。
それがあいつらには解っていない。」
と、ヘンリーに命じアーサーはエラが居る館に向かった。
元貴賓館、そこにはエラの手が入り、庭もきれいに整備されつつあった。
「エラ。」
館のバルコニーに見えるエラに声を掛ける。
「急ではあるが儂はレジュアスに帰る。この事ハーディには内緒にな。
それとハーディと睦まじくな。また来る。」
それだけを言い残すとアーサーは裏木戸からその庭を出て行った。
郊外に待つ従者はヘンリーの供も含めて二十人。それらは馬を引き具していた。
「すぐに発つぞ。」
アーサーが操る馬は南に向け駆け出した。
こんな事もあろうかと準備を整えていたハーディも昼過ぎにはエラの館を訪れていた。
「三日後に私も戦場に発つ、それまでは何かと忙しくなり、貴女を私の寝所に招き入れられない。
初夜は戦場から帰って・・・」
その言葉にエラはにっこりと笑った。
嘗てのケムリニュスの地、アーサーとヘンリーを含む従者達の馬は早足でそこを進んでいた。
「ここまで来れば追いつけまい。」
アーサーはヘンリーを見て笑い顔を見せる。
「あいつらに捕まっては動きが遅くなる。
急ぐぞヘンリー。」
馬に鞭を入れようとするアーサーの右腕に矢が突き刺さった。
「賊だ。」
その右腕を押さえ怒鳴る。
その声にヘンリーが十五人の従者を連れ、矢が来た方向に走っていった。アーサーの側に残ったのは五人の従者。アーサーを大きな木の根元に座らせ、警戒の為に周りを取り囲んでいる。どこから飛んでくるのかその足下にドスドスと矢が突き刺さりそこを追われる。
行く先々に矢が飛び来、黒い森の方へと徐々に追い込まれていく。
ここは・・・従者の一人が唸るのにも係わらずアーサーは森に足を踏み入れた。
暗い森の中を暫く進むと矢は飛んでこなくなった。だが従者の一人が股間から頭の先まで槍のような足に突き通され倒れた。
土をかき分け何かが出てくる。その姿は蜥蜴の身体に六本の堅い昆虫の足を持っている。
「ヨーウィと言います。」
その後ろにフード付きの真っ黒なローブで全身を被った男が立っている。
「三匹ほど・・・」
身構える従者の一人がまた悲鳴を上げ悶絶する。そしてまた一人・・・遂にアーサーの腹もヨーウィの足に貫かれた。
倒れ伏したアーサーの目に中天に浮かぶ真っ赤な三日月が見える。
その顔にローブの男が顔を近づける。
「死にたくはないでしょう。」
真っ黒のフードのせいかその顔は見えない。
「いやまだ死ねないはずです。」
凍るような声でその男は続ける。
「不肖の子ヘンリーの将来。それに生まれて来るであろうエラの子・・孫の顔を見るまでは。」
遠のく意識の中で男の声だけが響く。
「私に従えばその命・・長らえてあげましょう。」
男の声にアーサーは頷いた。
ニクスまで出陣したハーディの元に二つの知らせが届いた。
一つはモアドスとストランドス国境の闘いは小競り合いに過ぎないこと。これにはハーディはホッと胸を撫で下ろしたが、もう一つの知らせには驚愕した。アーサー王の行方が不明。
なぜ軽々しく出たのか・・それ程短慮の王ではなかったはず。
考える暇もなくハーディはヘンリーをモアドスに帰し、エラにアーサーが行方不明であることと、その捜索の為暫く帰れないとの便りを送った。
リュビーはサルミット山脈の南端に居座らせて、山脈の北と南を両睨みとさせ、ログヌスの守りにはイーラスとグロックを付け、自身は二千ほどの兵を伴ってアーサーの捜索に当たった。
「心配ありませんよ。」
ハーディの便りに心を曇らせるエラにシェールが言う。
「王は必ず戻ります。
それよりこの間を・・・」
シェールの後ろにはディアスが立っていた。
ディアスへの道ならぬ思慕、レジュアスの主と成るであろうヘンリーへの嫉妬、ランドアナ王国でそれを超えてみせるという野望。それらがない交ぜになりエラの心には徐々に闇が拡がって行っていた。
三週間ほどが経って、アーサーが供も連れず突然ログヌスに現れた。
イーラスは未だ捜索を続けるハーディにすぐに使いを出した。
「ハーディが帰ってくる。」
エラが暗い顔を見せる。
「女の日と・・・」
「その後は。」
「私にお任せを。」
「またお預けか。」
ハーディはハハハと笑った。
それから五日後、ハーディの寝室にエラが居た。楚々とハーディのベッド脇に立ち、熱い眼差しでハーディを見つめている。
その肩をハーディが抱き、ナイトウエアに手を掛ける。
エラが恥ずかしそうに身を捩る。
そのままベッドへ・・・
けだるい開放感と供にハーディがエラを見る。その姿は・・・
美しい・・が、青白い肌をし、首に絞首刑用と思われるロープを巻き付けた姿の美女。足首から先はなく宙に浮いている。妖艶に笑い、その姿が徐々に薄れていく。
朝早くにハーディは目を覚ました。
その腕にはエラを抱いた感覚は残っている。姿形は確かにエラ。だが本当にそれはエラだったのか・・・・




