第四章 齟齬(20) ハーディの憂鬱(3)
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新たなロニアスの村にネルとランシールが帰った。その後ろに引き続く者達もまたロニアスの地を初めて踏んだ。
ネルとランシールを永久の館の一室に呼んだ。そこに待っていたのはロニアスの主立った者達全て。
「今回は十二人、それだけだ。」
「アファリのことだが。」
ネルの言葉に頷きながらもディアスは全く違うことを訊いた。
「そのことですか。それがこの村の将来にどんな関係が。」
「ランシールとアファリ、互いに惹かれあっている。その二人をなぜ裂こうとする。」
「アシュラ族の掟。それしか言いようがない。」
「では二人をここから逃がしたとしたら。」
「アファリは特別な存在。闘いになる。お前達を皆殺しにし、ランシールをなぶり殺しにしてもアファリを取り戻す。」
「なぜそこまで。」
掛けていた椅子を倒してシーナが立ち上がった。
「連れ帰った時にアファリが男を知って居ればアファリも殺される。」
「だからなぜです。」
「さっきも言った。アファリは特別な存在。男を知ることは許されない。それはアファリも承知しているはず。」
「僕は・・・」
ランシールが悲しげな声を上げる。
「なぜアファリが特別な存在であるのかを教えてください。それに納得すれば僕が諦めます。」
「掟・・では納得しないか。」
その場がしんと静まる。
「仕方がない・・・」
ネルはアシュラ族の掟を話し出した。
アシュラ族の掟は厳しい。
罪を犯したものはそれ相応の罰を受けるとのこと。
その罪の中には怠惰の罪も含まれる。
自給自足の為、誰隔てることなく農耕に狩りにと働くこと。
領域の平穏を護る為、男を村に入れないこと。
その為に難しくなる種の保存の為の生殖の管理。
その結果である生まれた子供達は女児だけを各村に残し、親子の別なく村人全員でそれを育てること。
その中から一人一人の能力を勘案し、役割を振り分けること。
それらの掟を守る為、女王の名の下の命令には絶対に服従すること。
但し領域の命運をかけた判断は女王一人の独断ではなく、巫女と呼ばれる者達との合議制によること。
そして、女王の座は世襲ではない。その任期は四十五才まで。
女王となるものは武力、知力、目利きの力、その上魔術の素養までをも兼ね備え、処女であること。
任を解かれた女王は最上級の巫女として領域の発展に寄与すること。
「男女の扱い方など厳しすぎのではないですか。」
ネルの話を聞いてランシールが洩らす。
「これだけ厳しくしても男に焦がれ村を抜け出す者も居る。」
「そんな時にはどこまでも追いかけ殺す。
その為の役割を担う者も居る。」
「そこまで・・・」
「ここだけの話だが・・建前上だ。」
ランシールがホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ・・・」
言いかけるシーナの声に、
「アファリは次の女王候補・・・
こう言えば解るだろう。」
ネルが言い被せ、
「そのアファリが・・となれば我等アシュラ族は崩壊する。」
と、きっぱりと言い切った。
「ランシール・・・」
ディアスがランシールを見る。
「解りました・・・と言うしかありません。」
ランシールは悲しげに目を伏せた。
「今のメアリ女王は四十才。アファリは既に納得している。
可哀想だが・・・」
「それまでは・・・」
「お前達に任せる。
若い心を楽しませてやってくれ。」
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婚儀の大宴には各国からの使者達が既に集まっていた。ロゲニア、ヴィンツ、それにロンダニアからは総統ハルーンが自ら出席していた。そしてフィルリアからは女王ミランダの名代としてギルサス、ノヴァ・ルミアスからはティルト。だがストランドスからだけは音沙汰がなかった。
「これだけ揃うとストランドスとしては微妙な立場でしょうな。」
リュビーが笑う。
「それにアーサー王も・・・」
レジュアスの肝いりのはずが主役はハーディその人になっている。各国がその後ろ盾であるはずのレジュアスではなく、先ずハーディを見ていた。
「思った通りの男だ。」
アーサーは他者が見るとは違う感想を洩らした。
「今夜で最後・・・」
エラが悲しげに呟く。
「また会えます。」
そう言ってディアスがエラの肩を抱く。
そして二人にとって短い夜が明けるとそれは婚礼の朝。ハーディが待つ王宮に向け真っ白のドレスに身を包んだエラが歩を進める。
「今夜・・初夜は婚儀の疲れが出たと・・そして明日からは暫くは気分がすぐれず、それから七日は女の日だと・・・」
婚儀自体に気の乗らぬ様子のエラの耳元にシェールがそっと囁く。
「それでうまくいこうか。」
エラが不安げな表情を見せる。
「その間はディアス様と・・」
シェールの声にエラが頷く。
「でもその後は・・・」
「私にお任せください。」
「ハーディ様には甘えるふりをして別邸を望むことです。週に三日は宮城で、残りの四日は別邸で・・ハーディ様にふさわしい妻になる為の学習と称し・・・
そこで・・・」
シェールは二人だけに解る笑みをエラに送った。
ダルタンを委員長とする婚儀は盛大に行われた。給仕にはエラの侍女三人も加わっている。ストランドスを除くミッドランドの全ての国からの来賓が揃い、ストランドスからの使者も遅ればせながら到着した。にもかかわらずハーディはリュビーを彼の本拠地ダミオスの首府ニクスへ帰し、戦備を整えるように言い渡した。
婚儀の大宴が始まる。来賓および出席者を見渡したアーサーがハーディにそこに居ないリュビーのことを小声で尋ねる。
「ランドアナ高原の南の争乱に備えています。」
ハーディは素知らぬ顔でそう言った。
名も知れぬ使者を送って来たことでストランドスは動く・・ハーディはそう確信していた。
「大きくなるかも知れん。」
言葉が思わずハーディの口をついた。
何が・・と言う顔のアーサーの言葉に、
「この宴がですよ。」
とハーディは笑って答えた
ハーディの隣にエラが昨夜までのディアスとの逢瀬の陰も見せず慎ましやかげに座る。
誓いの口づけを。とダルタンに進められ二人の唇が近づく。
ふとエラが横を向きその頬を差し出す。
「皆の前では・・・」
エラがか細く言う。
解ったと言うようにハーディがその頬に唇を当てた。
皆がその光景に見取れている間にシェールがアーサーのグラスにワインを注ぐ。その中には小さな芋虫が・・・。
拍手と喝采が起きアーサーも手にしたワインのグラスを高々と上げ、それを一気に飲み干した。
婚礼の大宴は昼過ぎから夜まで続き、ハーディとエラが寝室に引き取ったのは深夜近くだった。
「疲れました。」
髪をとかしながらエラが言う。
「もう寝るか。」
ハーディが声を掛け、髪をとかすエラの肩に手を回す。
「今夜は許して・・本当に疲れたの。」
「長かったからな。」
ハーディはヒョイとエラを抱きかかえベッドまで運んだ。
「私は隣の部屋で寝る。
ゆっくりと休むがいい。」
ハーディは二間続きのもう一部屋の扉を開けた。
「初夜はどうだった・・・」
朝食の席、アーサーはハーディの耳に口を寄せ、まずその事を訊き、ハーディはその答えに笑顔だけを見せた。
「暫くここに滞在する。」
アーサーは自身とヘンリーの滞在先である別邸に引き取った。
朝食の客も全て帰り、ハーディとエラだけがそこに残った。
「別邸をもう一つ・・・」
エラが言う。
「なぜ。」
ハーディがその理由を問う。
「あなたは王に成る人。そのあなたにふさわしい妻に成る為・・政治、経済を学び、あなたが一番大事にする民のことを考え、それに武術も少々・・・駄目でしょうか。」
「今、アーサー王が居る別邸では駄目か。」
「それでも結構ですが・・父はどこに・・・」
「ここログヌスには代々のゴルディオス一族が使っていたという広い庭付きの貴賓館がある。アーサー王にはそこに移って貰おうと思う。」
「私がそこを使ってはいけませんか。」
「それでもいいが。」
「それでは早速・・・」
エラは三人の侍女を呼んだ。
「学習はどうする。」
その後ろ姿にハーディが声を掛ける。
「教授をお願いできれば・・・」
エラは陽気にそう答え食堂を出て行った。
その夜もハーディはエラを抱く機会を得られなかった。その次の夜も、その次の夜も・・・
エラは昼間はずっと貴賓館の整備に追われ夜はその疲れが出たという。
ハーディとエラの初夜はまだ来なかった。
貴賓館の奥まった一室、そこにはベッドが在りその隣には大きな浴室もあった。
「汗を流してきます。」
朝の内に貴賓館の片付けをしていたエラはベッドに腰掛けた男に声を掛けた。
「俺も行くよ。」
立ち上がった男の姿はディアス。二人は一緒に浴室に入った。