第四章 齟齬(18) ハーディの憂鬱(1)
アーサーの要請通りランドアナに移ったが、ハーディは悩んでいた。
モアドスはヘンリーに渡し、ロンダニアとの同盟も結ばせた。
そのヘンリーは今、ログヌスに居る。
「姉との結婚は・・父からそれを進めるようにと頻繁に言ってきています。」
ヘンリーはハーディの困り顔を見るのを楽しむようにしょっちゅうその話をする。
あいつの鼻を明かせるのはこの話だけだからな。とヘンリーはニヤニヤ笑いながら今日もサナットを連れログヌスの城から賑わう街中へと出て行った。
アーサーには妃とは別に三人の側室が居た。妃との間に出来た子が長女エラ。アーサーはエラを愛しその我が儘を許した。
妃はその後死産、流産が続き、産後の肥立ちも悪くアーサーを寝所に迎え入れられなくなった。その間アーサーは夜の寂しさを紛らわす為、次々と若い側室を後宮に入れた。が、生まれたのは女ばかり。そんな中一番若い側室が生んだのがヘンリーだった。
アーサーは初めての男児ヘンリーをエラ以上に溺愛した。特に妃が亡くなるとアーサーはヘンリーとそれを生んだ側室の側に居ることが多くなり、他の側室の元からもその足が遠のいた。
そしてアーサーが五十を迎えると世継ぎの話、レグノス城内の意見は二つに分かれた。正規の妃の子であるエラを正統とし女王制を取るべきだという声と、あくまでも男子であるヘンリーを以て王とすべきだと。
同じ城内に居ながら母が違い、自身が正統と思っているエラとヘンリーは益々疎遠になっていった。そんな中で今回のエラとハーディの婚儀話が持ち上がっていた。
「どうしたものかな。」
そんな事情も知るハーディは、今後の計略を話し合う為にログヌスにやってきていたリュビーにふと洩らした。
「何も考えず、えいっ、と結婚したらどうですか。」
「お前はそう言うが・・・」
「一番はあなたの気持ちでしょう。
エラ様に対し悪い気持ちは持っていない。」
その言葉にハーディが頷く。
「それにこの婚儀、二つの得があります。」
「得・・・」
「そうです。
一つには出自をフィルリアというあなたとレジュアスの結びつきが出来ることによって、フィルリアの安泰が確保される。
もう一つはこの国が王国を名乗ることにアーサーが異を唱えにくくなる。」
「王国・・俺はそんな事は考えていないぞ。」
「今回私が参りましたのは実はその件。
あなたの考えは解っています。この国で共和制を敷き、民に自決権を持たせる。そうお思いでしょう。
しかし、今共和制を敷いてこの国が成り立ちましょうか。
戦乱に荒れた民心に政治を成させるのは危のうございます。先ず王制を敷き、この国を安定させ、それから共和制へ移行させる。それが最善と考えます。」
それも一理あるな。とハーディは頷き、
「よし決めた。」
と、大きな声を上げ立ち上がった。
その日からハーディとエラの婚礼に向けレジュアスとランドアナは動き出した。婚礼の主務を担うのはネオロニアスのダルタンと決まった。
準備の為レグノスを訪れたダルタンをエラはこっそりと呼び出した。
「あなたと一緒に戦った人達の中に戦捷の宴に来ていなかった人達が居たみたいだけど。」
「エルフの一族とディアス達ですかな。」
「ログヌスの街中で馬車の中からちらっと見かけたあなたと共に居た若い戦士・・・」
「ああ、それだったらディアスでしょう。」
「その人はなぜ宴には。」
「闘いの中で二人の親友を無くし人前に出る気分ではなかったんでしょう。」
「今どこに。」
「東の大陸に渡ったと聞いていますが・・なぜ・・・」
「なんでもありません。」
エラはそこで話を打ち切った。
ディアス・・・エラは心の中でその姿をもう一度思い返した。
あの人であれば・・・
翌朝、エラはアーサーにハーディとの結婚の乗り気ではないと伝えようと思った。が、それは到底受け入れられないだろうとも考えた。
悩むエラの心とは裏腹に着々と婚礼の準備が進む。そんな中アーサーはログヌスに一緒に行く侍女三人を紹介した。三人の女はいずれも若く、美貌を備え持っていた。エラはその中の一人、シェールという侍女に気を惹かれた。年はシェールの方が下ではあったが話が合い、信頼を寄せた。夜は同じ部屋で寝、徐々に自分の心を話すようになっていった。
そして遂にディアスに対する自分の思いの丈を打ち明けた。
「先ず、体調の不良を訴え、三ヶ月ほどの婚礼の延期を王様に申し出ては・・・その間に私がディアス様にアーサー王の名で婚礼の招待状を送ります。
そして婚儀の準備と称し婚礼の十日ほど前からログヌスに行ったらどうでしょう。ディアス様への手紙にはあなたがログヌスに着いてから三日後を婚礼の日と記しておきます。
その間七日、その間にあなたは思いを遂げる。」
「でもそれでは私が純潔でないことがハーディに知れてしまう。」
「あなたの演技と女の日を利用するのです。上手くやれば殿方には知れずに済むでしょう。」
三月の延期、それはハーディにもすぐに伝えられた。
「思わぬ時間を得たな。」
ハーディはリュビーの顔を見て笑った。
「この間に出来ることは。」
そして、と続けた。
「婚礼を利用した外交。ロゲニア、ヴィンツ、それにストランドスにも招待状を送る。特にストランドスにはこれでレジュアスとランドアナの結び付きが強固になる事を見せつける。つまり脅迫状となります。ストランドスは南にレジュアス、東にダルタンのネオロニアスを抱えた上、その後押しをするランドアナを向こうに回し、戦うことは難しくなる。それによってヘンリーが護るモアドスへの脅威を減らす。
それにロゲニアとヴィンツがどう動くか。両者が使者を送ってくればそれで良し、どちらか片方であればロゲニアとヴィンツの共闘はないと判断でき、両者共から使者がなければこの二国の共闘に備える。」
「フィルリアは。」
「当然招待するべきです。女王の名代としてギルサス将軍に来て貰い、レジュアス、ランドアナとの結び付きを強固なものにする。」
「それでいこう。すぐに準備を。」
「もう一つ難しい問題があります。」
「何だ。」
「以前、ザクセン、ケムリニュスがあった辺りに不穏な動きがあります。これは纏まった国ではなく雑多な者達の寄り集まり。つまりバルバロッサのような状態になりつつあります。無法者達が大きな塊を造るでなくばらばらに動いています。これを一気に平らげるのは難しいと思われます。」
「どうすればいい。」
「地道に少しずつ叩くしかないでしょう。」
「面倒くさいな。
お前の軍で出来るか。」
「手を打ちます・・が・・・」
「頼む・・後は・・・」
「果報は寝て待て・・ですよ。いろんな方面で・・・」
リュビーはニヤニヤと笑った。