第四章 齟齬(17) 村造り(3)
それからランシールの剣術の猛練習が始まった。
ディアスはそれを横目にニヤニヤと笑っていた。
その肩をローコッドが叩き、誘われるがままにカトリンが所望した石造りの館の会議室に入った。
そこにはランシールと今日もその相手をするアファリを除く皆が集まっていた。
「これからどうする。」
まずローコッドが口を開いた。
「魔物が居なくなって南の森にこの間のような輩が蔓延り始めた。」
「警戒・・か。」
「自警団を造るべきであろう。」
ディアスの言葉を最近発言することが増えたノルトンが引き取り、その言葉を受けローコッドがネルを見た。
「メアリ様からこれ以上の援助は・・・」
「・・が、あなたの村に害が及ぶ可能性が。」
「アシュラ族は村の外、森の北端で撃退できる。
ここはここで自前の自警団を造るしかない。」
ネルのその一言に皆の言葉が途切れる。
そこへ、来客の知らせがあった。
「金を持ってきたよ。」
それはクラレスだった。
「半分はお前達のものだからな。」
言いながらクラレスは辺りを見回した。
「村と言ってもこれだけかい。
外には女と妖精ばかりだしな。」
「彼らは手伝い。住人は今のところこの六人だけだ。」
「六人・・・」
そこにランシールが飛び込んできた。
「クラレスさんが・・・」
「ここに居るよ。」
クラレスがその顔に笑いかけた。
「良かった・・お願いがあって・・・」
「何がだ。」
「この村はカトリンさんの意向で孤児達を受け入れようとしています。
ですがそれを世話する人が足りない。」
「それで・・・」
「私達は地の利に暗い。そこでここに居るネルさんと貴女で人を集めて欲しい。」
「私もか・・私はアシュラ族・・・」
「今はこの村の住人。メアリ様にもそう言われたはず。
そしてあなたは“目利き”、人の素性を看破できるはずです。
そのあなたとここいらをよく知っているクラレスさん、その二人で人集めを・・・」
「私はここに良く出入りするアファリやその他のアシュラ族の監視も兼ねて・・・」
「待て、それで私にどんな利益があるっていうのだ。」
ランシールとネルの話にクラレスが割り込んだ。
「一つずつ答えていきます。
先ずネルさんの問い・・以前ディアスさんと私がメアリ女王と話をし、今回預かる男の児とその乳母、そしてあなたをこの村の住人とするとお墨付きを貰っています。よってここの住人は現在七人。
つまりあなたは既にこの村の住人であり、ここに住む為の義務を果たさなければなりません。」
「私は帰ってもいいんだが。」
「あなたは主であるメアリ女王の命令に逆らうのですか。」
ネルは渋々肯定の意を表した。
「次にクラレスさん。」
ランシールはキッとクラレスの眼を見た。
「あなたは自分の命を的にいつまで賞金稼ぎを続ける気ですか。」
「やれる所までだ。」
「その後は・・それにもしもあなたの手に負えない相手が現れたら・・・」
「私は勝ち続けるよ。
それに、稼いだ金で余生はゆっくりと暮らす。」
「いつからが余生ですか。またそれを償金首達が許すと思いますか。」
クラレスが苦い顔をする。
それを横目に、
「ディアスさん、久しぶりに剣を握ってみませんか。」
ランシールがディアスに笑いかける。
「今後、子供達に武術も教えなければなりません。たまには剣を握らないとその腕が錆び付きます。」
ランシールは意味ありげにもう一度ディアスに笑いかけた。
「木剣でいいかな。」
ディアスもまたそれに笑いで答え、一本の木剣をクラレスに投げ、自身もそれを手に取った。
「シーナもどうだい。」
そしてシーナにもそれを促す。
三人が外に出る後ろを皆がついて行く。ネルも、外にいたアファリもディアスが剣を手に人に対するのを初めて見る。
「寸止めでいこうか。」
ディアスがクラレスに声を掛ける。それを皮切りに二人の剣が交わった。
カンカンと堅い木が触れ合う音が暫く続き、その音が止まった。
「どうかな。」
クラレスの額に木剣を宛がったディアスがランシールに目をやりニコッと笑う。
「疲れているとは思いますが次はシーナさんの相手を。」
ランシールが声と眼でクラレスを促す。
それから暫く、シーナもまたクラレスの喉元に剣先を突きつけた。
「強い。」
ネルとアファリが異口同音に口走る。
その声の向こう、大きく肩で息をしてクラレスが喘いでいる。
「如何ですか・・どこで命を落とすか解らない。
それよりこの村の一員としてここで暮らしませんか。
その手始めとしてさっき私が言った件、引き受けて頂けませんか。」
「死ぬよりマシか。」
クラレスは膝に手を置き、大きく息を継ぎながらそう言い、
「もう一人、ローコッドさんにも手伝って貰います。」
と続けた。
「お前にも行って貰うよ。」
ディアスがその横から言う。それはネルの意向を受けたものだった。
まずは一月の予定で四人は旅立った。
その夜、残ったディアス、ノルトン、シーナ、カトリンの四人はカトリンの館に集まった。
「村の名を考えねばならんな。」
先ずノルトンが声を発した。
「ディアスに考えて貰うのが一番でしょう。」
そう言ってシーナがディアスの顔を見、他の者達も同意した。
そうだなぁ・・・ディアスは暫く考え、
「俺の故郷の村のでいいか。」
と言った。
「モングレトロスか。」
ノルトンが言い、
「いや。」
ディアスがそれを否定する。
「その名は重過ぎよう。」
「じゃあ・・・」
「ああ、ロニアス。
新たにここから始める。」
シーナの声にディアスが続いた。
「この館の名は。」
もう一度ノルトン。
「カトリンの館。ではどうですか。」
シーナがそれに応えた。が、
「その名は止しましょう。私が死んだ時名ばかりが残ります。」
「それでいいんじゃないの、あなたの意志だから。」
「いいえ、当初の意志は私だとしても今はみんなの目標。私の名だけが残るのには反対です。」
「では・・・」
「“永久の館”・・永久に子等の成長を見守る。」
「カトリンがそう言うならそれでいこうか。」
ディアスが肯定の意を告げた。
「ところでなぜクラレス達にランシールを付けたのだ。」
ノルトンが話題を変えた。
「ネルの意向を考えた。」
「ネルの意向・・・」
「あの時ネルは自分はアファリの目付役と言っただろう。」
その言葉に皆が肯く。
「俺は以前にネルからこう聞いた。“アファリに男を近づけてはいけない。にもかかわらずアファリはランシールに恋心を持ち始めているようだ”と。これはくれぐれもと頼まれた。
で、ランシールを旅に出したという訳だ。」
「またアシュラ族の掟ですか・・・」
シーナが苦い顔をする。
「と言うだけではないようだ。ネルは旅に出る前にアファリにカトリンの元で魔術の修行をさせてくれと言っていた。」
「それではアファリは明日から私が預かるとして、詳細はネルが帰ってから聞きましょう。」
カトリンはそう言ってその集まりを閉じた。