第四章 齟齬(15) 村造り(1)
妖精達の力で村は着々と出来上がっていった。大きく木塀を張り巡らせ、その中に木造の家が何軒か建っていき、それぞれの住居となっていった。
「石造りの大きな家が欲しい。」
そんな中でカトリン・ル・フェイが言い出した。
「政治を司る所か。
この村は共同体・・そんなものは要らないと思うが。」
ディアスの声にカトリンが首を横に振る。
「それではあなたの家か。」
「そうとも言えます。」
「あなただけが大きな家に住むつもりか。」
「私だけではありません。」
「あなただけではないというと。」
「この大陸ではまだ争いが絶えません。その災禍の孤児達、それにアシュラ族の売られていく男の子達・・それを少しでも助けられれば・・・」
「そういうことか・・ならば・・・。」
「書物を集め、その子等に教育を行う。生活の方法を教え、武を練ることも必要となるでしょう。
その為に大きな館が必要です。」
「死んでいった者達の霊を弔うことしか頭になかったが・・・あんたのおかげで俺にもそれ以外の目的が出来そうだよ。
そうとなれば畑も大きくしなければならんし、村自体もな」
ディアスの瞳に嘗ての精気が戻ってきた。
当初造った木塀よりも広い範囲に木柵が造られ、その中に広大な畑が計画された。
村人は当分の間ディアス達六人と手伝いの妖精達。
そして男達が住む所でありながら交流を解禁されたアシュラ族の女達がたまに手伝いに現れる。特にアファリはしょっちゅうディアスの村を訪れていた。またディアスはその戦闘の経験を、ランシールはその戦術眼を買われ、月に一度アシュラ族の村を訪れ講義を行っていた。
アシュラ族の村は女王が住む村も含めて五つ。
女王が居る要塞のような村には五千人が住み、砦を思わせるその下の村と一番西の村には二百人ほど、他の二つには百人程度が住んでいる。それぞれが農耕を行い、狩りを行っている。
傭兵に出る時にはその需要に応じ、四つの村から選抜され遠征に出る。その武力は鮮烈だが、その戦術は稚拙。そこでディアス達二人の力を借り、主だった者達に戦術を教えることになった。
そんなある日、ディアスはアシュラ族の女王メアリの館に呼ばれた。
「羅刹族、亜人、若しくは他の者達が攻めてきたらどうする。」
そこでアシュラ族の女王メアリが突然そうディアスに問いかけた。
「私はもう血は見たくない・・・」
「と聞いています。それに孤児を育てるとも。
そこで・・・」
メアリは思わせぶりな眼をし、ディアスはその後の言葉を待った。
「私達が男児を捨てているのは知っていよう。」
それにディアスが改めて頷き、
「なぜ女ばかりで。」
と、逆に質問をする。
「男とは野蛮なもの・・些細なことで諍いを始め、女を取り合って反目し合う。女共もまた、少数の男が居ればその男の為に騒ぎを起こす。
全体を上手く回すには一つの性・・女に限る。
今もそう・・お前とランシールがこの村に入ることでお前達にその気が無くとも一部の女共が騒いでおる。」
ディアスは少し苦い顔をし、
「それでは子孫が途絶える。」
と、続けた。
「だから年に三度、十日間ずつ一番西の集落に男を入れ、その種で子をなす。」
「交わるだけ・・契らないのか。」
「そう・・女達は目隠しをし、毎晩男を変える。
そうすることで男に情を移すこともなく、子供の父親も解らなくする。」
「なぜそこまでする必要がある。」
「ここの平和を守る為。
我が一族は昔からそうやってここの平穏を保ってきた。」
ディアスの顔が苦々しく歪み、そっぽを向いた。
「先ほどの男児の話・・・」
その声にディアスの眼がもう一度メアリを見る。
「その子等の何人かをお前の村に送る。」
「子供はどうやって選ぶ。それに選ばれた児の母親とその他の・・・」
「差別が生まれる・・ことは無い。
男児は生まれるとすぐに一所に集められ、母子の面会はない。
故に、どの子の母親が誰であるかは解らない。」
「あまりにも・・・」
「ひどいと思うであろう。
しかしそれがここの掟だ。」
ほんの僅かでもこの地の男の児を助けられる。そう思いディアスは渋々ではあるがメアリの提案に頷いた。
「それと女児、これも何人かを預ける。」
「なぜだ。」
「お前達がここに来ることで女達の気が乱れている。
そこで、女児をそちらに送ることで将来の指導者を育てて貰いたい。
その見返りとして外敵との闘いは我等が一手に引き受ける。」
「こちらにも条件があります。」
それまで黙って話を聞いていたランシールが横から口を出し、その顔をメアリが見た。
「条件をお話しする前に教えて欲しいことがあります。」
メアリが軽く頷く。
「私達の所に送る男児はどうやって選ぶのですか。」
「巫女達の中に数人の“目利き”と言われる者が居る。その者達が選ぶ。」
「“目利き”・・・」
ディアスがその言葉を鸚鵡返しにする。
「もう知っていようが、我等は傭兵と魔物狩りで生活を立てている。
戦士になる者、魔物と戦う力を持つ者、そして次の主になる者を見定める。
それが“目利き”だ。」
「次の主・・・」
ディアスが聞き返す。
「そう、我等の主は世襲ではない。
戦士の能力を持ち、魔物と闘える力があり、その上魔法が使う力がある者、それを選び出し、次の主として選ぶ。それが“目利き”の仕事だ。」
ランシールは頷くとすぐに、次の質問をした。
「その“目利き”となる者も解るのですか。」
「当然だ。」
「“目利き”と呼ばれる能力を持つ人達はどれ位の頻度で生まれるのですか。」
「年に三人から五人。」
「その人達全てが“目利き”に・・・」
「にはならん。その内から能力の高い者達を三年に一度選びその能力を高めさせる。残った者達は一部は巫女、そのまた残りは戦士と魔物狩りに分かれる。」
「そこから毎回一人、私達の村に頂けませんか。」
「何の為に。」
これにはディアスも驚いた。
「私達の村といっても住民は僅か六人、そこにここの男の児を迎え入れるとなれば人が足りません。つまり外から人を入れなければなりません。その際の選別の為、それによってあなた方に迷惑をかけない村にする。
如何でしょうか・・・」
「解ったそれでは手始めに今年生まれた男児十二人、その乳母五人。それに“目利き”候補のネルを付ける。」