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第四章 齟齬(12) 妖精の国(3)

 ドラゴを取り巻く環境はその日から変わった。強力な魔物を斃した男として金にも食にもそれ程困らなくなっていた。

 その上、タム・リンがドラゴ達の宿を訪れ、オベロンが呼んでいると伝え、それをドラゴが断ったと聞き、町人の態度は前にも増してドラゴに尊敬の念を抱いた。

 だがドラゴとルシール、二人の生活は今までと同じ、ルシールの踊りと、ドラゴの大道芸で生計を立てていた。だが、その実入りは格段に多くなっている。

 「なんだか住みにくくなってきたなここも。

 他所(よそ)へ行くか。」

 それから一ヶ月ほど経ち、突然ドラゴはルシールに言った。

 「こんな生活を望んでいるわけじゃないしな。」

 ルシールがこくりと頷く。

 「こんなに恵まれていちゃあ、死んでいった者達に申し訳が立たない。」

 その言葉を聞きルシールも遠くを見つめ、寂しい眼をした。

 「さて、あと一週間ほど稼いで・・・

 全ての稼ぎの半分は町に残して・・・」

 「どこに行きます。」

 「そうさなぁ・・・静かなこぢんまりとした森でも探して・・畑を作って、狩りをして、炭でも焼いて・・二人で暮らすか。」

 「そうですね、私達にはたっぷり時間はありますから。」

 ルシールが悪戯っぽく笑う。

 「その為にはまず仕事・・仕事。」

 ドラゴは大道芸の道具を抱えて宿を出、ルシールがその後を追った。

 そのルシールの耳に何処かで赤ん坊の声が聞こえた。

 「待ってドラゴ。」

 ドラゴの後ろ姿をルシールの声が追いかける。

 「どうした。」

 その声に何を感じたのかドラゴが慌ててルシールの元に走る。

 「赤ん坊の声が・・・」

 「そんなもんどこででも聞こえているだろう。」

 「違うの・・・」

 ルシールは自分の下腹を押さえ、

 「ここが違うって行っているの。」

 「なんだいそりゃぁ・・だが・・まあ、お前が違うって言うんなら探してみようか。」

 二人は泣き声のする方、泣き声のする方へと歩いて行った。すると人と亜人が共存する薄汚い市場の奥、川魚を売る店の奥から確かに赤ん坊の泣き声がする。

 「大方、母親が配達かなんかに行ってその寂しさに泣いているんだろうよ。」

 「違う。」

 ルシールは言い切り、店棚の奥に入った。

 そこには生まれたばかりの赤ん坊と、衰弱しきった身体で吾と子供を繋ぐ臍の緒を口に咥えたドワーフの女が倒れていた。

 大変・・とルシールは慌てた。

 女の息は絶えていた。だが赤ん坊を生かす為、自身とその児を繋ぐ緒だけはしっかり噛み切っていた。

 「私が育てます。」

 赤ん坊を抱き上げるドラゴの眼を見据えルシールは強く言った。

 「ああ、そうするがいい。」

 その顔にドラゴはニコッと笑った。

 二人の間に子供は出来なかった。その理由は二人にはわかっている。バルバロッサ、あの悪夢の日々をルシールが思い出さないように、ドラゴは子供のことには一言も触れなかった。

 そこへドワーフの赤ん坊。ルシールは神の贈り物かと、その児の母親には悪いと思いながらも狂喜し、それが言葉となって出ていた。

 ドラゴにはそれが解っていた。だから軽く受け流すことによって、ルシールの気持ちを和らげていた。

 その日からルシールはウィーゴと名付けた子供の面倒を見、ドラゴは大道芸に精を出した。

 ある日のこと、ルシールがちょっと目を離した隙にウィーゴがいなくなった。ルシールは狂ったようにウィーゴを探し回った。が、その行方は解らない。ルシールはドラゴが仕事をしている空き地へ走った。


 何人かの観衆を前に大道芸を披露しているドラゴの眼にちらっと見たような産着が見えた。

 「ウィーゴ。」

 ドラゴが子供を抱いた男の方に走る。

 道の右側からは猛烈な速さの荷馬車が走って来ている。

 男はその前に赤児をぽいと投げた。

 「ウィーゴ。」

 ドラゴは吠えるように叫び、荷馬車の前に飛び出した。

 それを見た荷馬車の御者は力任せに手綱を引いた。馬が竿立ちになりその後ろから止まれぬ荷馬車が突っ込んでくる。

 車輪に・・・

 危うくドラゴは間に合い荷馬車を抱え上げた。

 そこへ、

 「ドラゴ。」

 ルシールの声。

 「ウィーゴは大丈夫・・・」

 言葉を返そうとしたドラゴの胸から鋭い槍の穂先が突き出た。

 「貴様・・・」

 「何時ぞやのお返しだよ。」

 そこにいたのは女を襲おうとしてドラゴに叩きのめされた男。

 槍が引き抜かれ、もう一度・・・その時にはルシールはウィーゴを抱き上げていた。

 「あなた・・・」

 見上げるルシールの顔を迸り出るドラゴの血潮が染める。

 「あの大爆発でさえ生き残った俺が・・・こんなことで・・・」

 ドラゴは崩れ落ち車輪の下敷きになった。その姿を目の当たりに見たルシールもまたその場で気を失った。


 ぼんやりと誰かの顔が見える。

 二人の男の顔・・

 徐々にはっきりと・・・

 「ワーロック様。

 アレンも・・・」

 徐々にはっきりとしてくる記憶・・・

 「ドラゴは。」

 飛び起きる。

 ルシールの顔にワーロックが首を横に振る。

 「町の人々が荼毘に付したいそうだ。」

 「そう・・・・・」

 ルシールは惚けたような顔をして答えた。

 「大丈夫か。」

 アレンがその顔に声を掛ける。

 「ドラゴの遺体は向こうの部屋でティアが護っている。」

 「ティアも・・・」

 全く抑揚のない声がルシールの口から出る。

 「ルシール。」

 アレンがルシールの肩に手を掛け揺さぶる。

 「もういないのね・・あの人は・・・」

 焦点の合わない眼が中空を彷徨う。

 「危ないな。」

 ワーロックがアレンに耳打ちをする。

 「ティアと替わろう。」

 二人と入れ替わりにティアが部屋に入ると女性二人の号泣が聞こえた。


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