第四章 齟齬(11) 妖精の国(2)
× × × ×
カーター・ホフ。森の前の町はそう呼ばれ、森の名は“カーター・ホフの森”と呼ばれた。
町は妖精達の加護により大いなる発展を遂げていた。
当初、邪念のない人間だけを入れていたはずの町が、大きくなるとそうとばかりとも限らなくなっていた。
中にはならず者のような者までが住み着いていた。夜中になればたまに街中に女の悲鳴までが聞こえたりした。
「兄ちゃん、止めとけ。」
女を襲おうとする男の腕を捻上げる者が居た。
「邪魔すんなよ。」
その男が立ち上がるとその胸にも届かない髭面の小男がそこにいた。
ふざけんな・・殴りかかる男の拳を軽々と躱し、男の腹に軽く当て身を入れその男を悶絶させた。
「喧嘩は相手を見て売れって言うんだ。」
毛むくじゃらの男は倒れ伏した男の胸ぐらを掴み、もう一度拳を振り上げた。
「もう止しなさいよ・・」
その後ろから若い女の声。
「・・ドラゴ。」
「解ったよ、ルシール。」
顔中毛むくじゃらのドワーフ、ドラゴはその場から立ち上がった。
ドラゴとルシール、あれからどこをどう歩いたのか・・つい先頃、カーター・ホフに着いていた。
「あんな奴らが大嫌いでね。」
ドラゴは親指の先で後ろを指した。
「相変わらずね。」
二人の声の後ろでカツンと金属音がした。
「危ないですよ・・やる時は徹底して叩き伏せないと。」
振り向く二人の目の前にさっきのならず者が倒れ、若い優男がにやけた顔で立っていた。
「ロブロイと申します。」
男はルシールに優雅に頭を下げた。
「行くぞルシール。」
ドラゴはその男に見取れるルシールの手を強く引く。
「何か、臭いが好かん。」
「でも、助けて・・・」
ドラゴは強引にルシールの手を引きその場を離れた。
「ガンコナーだよ。
左顎にほくろがあったろう。」
逃げるようにその場を去ってドラゴは言った。
「気付かなかったわ。」
「そうか・・それならいい。」
「何なの・・・」
「元々は妖精だったガンコナー。若い女を見れば言い寄り、薄い髭に覆われた左顎のほくろを見たら最後、その女は恋に堕ちる。」
「それで・・」
「だが奴に恋心なんて無い。女の躰を楽しみ、貢がせるだけ貢がせると不意に消える。
本当はその女の近くに現れたりもしているのだが、捨てられた女は顔を合わせても絶対にそれとは気付かない。
にもかかわらず、女にはガンコナーへの恋心だけが残る。それが募るだけ募ると死ぬこともあるとか。」
「怖いのね。」
「今度会っても顔は見るな。
こればっかりは俺にもどうしようもない。」
そうこうするうちに最近常宿にしている木賃宿に着いた。
「明日から商売だ。さっさと寝るぞ。」
ドラゴはベッドに入り早々といびきをかいた。
そんな日々が幾日か続いたある日、朝早くから外が騒がしかった。ルシールに揺り起こされ、ドラゴは眠い目をこすった。
「何の騒ぎだ。」
「町外れに魔物が出たらしいの。」
「なんて奴だ。」
「それは解らないけど火まみれの大男とか・・・町の中に入ってくれば大火事に成ると町人が騒いでいるわ。」
「イフリートのはずはないよな・・あいつはカミュと共に・・・
とにかく行ってみよう。」
ドラゴは宿を飛び出した。
町外れに着くと町の兵士達が矢を射、槍で突いている。が、大男の身体に届く前にそれらは燃えている。
そこに現れたのがディーナ・シーの一団。
「まず水をかけろ。」
その一団の隊長らしき男が町人に命令する。だがいくら水をかけても、それは蒸発するばかりで炎の勢いはいっこうに収まらない。
一人斬りかかる。が、その戦士は火まみれに成って倒れた。町人が慌ててその躰に水をかけその炎を消し止めた。
「俺に水をかけろ。」
分厚い毛布を頭からすっぽりとかぶったドラゴが町人に大声をかける。
「俺が闘っている間、俺に大量の水をかけ続けろ。」
ドラゴはサスカッチを手に炎の魔物に迫った。
「熱チッチッチッ・・・結構熱いな。」
近くに寄れないドラゴはサスカッチを伸ばそうとした。そこに、
「どけ・・こいつは邪霊インフェルノ。そんな斧では倒せないぞ。
命を粗末にするな。」
馬に跨がった美しい戦士。
「タム・リン様。」
戦士ディーナ・シー達が頭を下げる。その間にもタム・リンは美しい槍をインフェルノの胸に伸ばした。それとほぼ同時に、飛び上がったドラゴのサスカッチがインフェルノの頭を断ち割っていた。
「お前・・何者だ。」
タム・リンが馬上から誰何する。
「見たとおり、ただのドワーフだが。
そう言うあんたは。」
その物言いにドラゴは馬上の騎士を睨んだ。
「亜人の居住区はもっと北のはずだが。
それにその斧、魔物を倒せる武器を持つドワーフを私は知らない。」
「俺はあんたは何者だって聞いているんだよ。」
騎士の周りにいた戦士達にサッと緊張が走る。
それに向けドラゴが右手を差し出す。
「止めておけ、お前達じゃあ、俺は倒せない。」
ドラゴの眼がそれを威嚇する。
「速過ぎます。」
緊張の中ルシールが走り込んで来て、その場の雰囲気にはたと立ち止まった。が次の瞬間、
「何をやっているんですかあなたは・・・」
とドラゴのもじゃもじゃの髭を引っ張った。
「いてててて・・・話してるだけだよ。」
どうなることかとその場を見守っていた町人がクスッと笑い、それでその場が救われた。
「我が名はタム・リン。」
それだけを言い残すと真っ赤な馬に跨がった騎士は疾風のようにその場を立ち去り、ディーナ・シー達もその後を追うように町から消えた。
「何者だい、あいつ。」
ドラゴは近くにいた町人に尋ねた。
「タム・リン様、ディーナ・シーの長にして、この妖精の国を護るお方。」
「妖精の国・・ここが。
じゃああんた達は妖精なのか。」
「まさか私達はただの人。この町には亜人も住み、妖精王オベロン様に護られています。その対価として我々は妖精に貢ぎ物をし、悪しき人族を妖精の森に入れぬようこの地を護っています。」
「オベロンがここに居るにしたってつい最近だろう。」
ドラゴが怪訝な顔をする。
「百数十年前、この国を創り始めたのは女王ティターニア様です。」
「またあの二人が一緒か・・・」
ドラゴは溜息をついた。
その夜、カーター・ホフの森の中、宮殿に帰ったタム・リンはオベロンにその日起きたことを話した。
「柄の長さが伸び、光る双刃の斧。それに間違いないか。」
はいとタム・リンが返事をする。
「ドワーフの男だったな。」
それにもタム・リンは頷いた。
「ドラゴか・・・懐かしい。」
タム・リンがオベロンの顔を覗き込む。
「機会があったらその男・・ドラゴという・・そのドワーフをここに連れてきてはくれぬか。」




