第四章 齟齬(7) 時と共に(2)
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サルミット山脈を越えるかと思われたカイはモタリブスから東に道を変えていた。
裂け谷。そこをカミュが越えていったとドラゴに聞いていたからだった。以前聞いた話に誘われるように裂け谷を目指した。
ローヌ川の上流はくねくねと曲がりあちこちで深い谷を成している。その川縁を苦労して登っていく。
「カイ・・・」
突然自分の名が呼ばれた。それは空の上からの声だった。
見上げるカイの眼に二頭のペガサスが舞い降りてくるのが見える。
「カイ。」
すぐ近くに着地した一頭のペガサスから若い女が飛び降り、そのままカイに抱きついた。
「やっぱり、カイ。」
その女を見る。
「カチュ・・どうして・・・それにお姉さん達は・・・」
カイはもう一度空を見上げた。そこには低い所を飛ぶもう一頭のペガサス。
「私の仲間よ。」
カチュはそのペガサスに向け手招きをした。
「仲間って・・どっちのお姉さんです。」
「お姉ちゃん達とは別れたの。」
話している間にそのペガサスは二人の前に舞い降りてきた。それに跨がっているのは十六・七歳の少女。
「シルマです。」
少女は乗馬のまま名を告げた。
「降りなさいよ。私の仲間カイよ。失礼でしょう。」
カチュは形ばかりの怒った顔を見せた。
シルマはペガサスの背から降り、頭を下げた。
「私と同じ巫女よ。」
「飛馬騎士です。」
シルマはカチュの言葉を足下に否定した。
「でも貴方もワーロック様のあの苦い薬を飲んだんでしょう。」
シルマが頷く。
「だったら巫女よ。」
「いいえ私は騎士です。」
シルマが言い張り、カチュがそれを否定しようとする。その光景を見てカイが笑う。
ワーロックと別れて以来・・どれ位ぶりだろうこんなに笑ったのは。その笑い声の間に言葉を挟む。
「お姉さん達は・・・」
また同じ事を聞く。
「だからぁ・・別れたって・・
だって考え方が会わないんだもん。」
「考え方・・・」
「だってお姉ちゃん達はいつまでたっても死の谷ばかりを探して・・」
「探すって・・何を。」
「ミネルヴァ様。」
「お亡くなりに・・・」
「・・ってお姉ちゃん達も考えてぇ・・遺体だけでもって、探しているんだけど、何も見つからないの。鎧もよ。
だから私はミネルヴァ様は生きているって思ったの・・だから元々龍騎士が住んでいたって言うここに来たの。
ここに来ればミネルヴァ様に会えるかもって思って。」
「で・・見つかったのかい。」
カチュは悲しげに首を振った。
「目の前で見たことを信じられない。現実を直視できず、儚い望みに身を任す。
信じられない愚かな行動です。」
その横からシルマが声を発した。
「生意気でしょう、この娘。
これで私より年下なのよ。」
カチュが頬を膨らます。
「ではなぜあなたは・・」
カイはシルマの眼を見る。
「カチュさんと一緒にいるのですか。」
「そ・・それは・・・
そう・・この人が頼りないから、私がついていなければ・・それに・・・」
そこでシルマは言葉に詰まった。
「それに・・・」
カイが言葉の先を促す。
「若い娘さんをあまり苛めないがいいですよ。」
そこへ若い男の声。
カイ達にサッと緊張が走る。
「誰だ。」
すかさずカイが誰何する。
「シドと申します。
そこの岩陰で休息をとっていましたが・・申し訳ありません。盗み聞きをしてしまいました。」
顔の右半分を白い仮面で覆った男がのんびりした様子で三人の前に現れた。
敵ではない。カイは直感的にそう感じた。
「ご一緒させて頂けませんか。私はやることもなく、退屈していますので。」
「退屈しのぎですか。」
カイがその言葉に不快そうな色を見せる。
「それもありますが、私もちょっとこの先に用があります。あなた方と一緒であれば心強いかと。」
シドと名乗った男は仮面に覆われてない半分の顔でにっこりと笑った。
「道連れですか。」
「そうですね。
テアルまでの。」
シドはもう一度笑顔を見せた。
「うーん・・でも私達はここら辺でミネルヴァ様を探そうと思っているし・・・」
「ミネルヴァ様というのは。」
「龍騎士だったの・・それがお兄様との闘いで・・・」
「亡くなったのですね。」
カチュが悲しげにコクッと頷く。
「でも金龍の死骸も、武器も防具もないの。
だから私は生きいるって・・・」
カチュが涙を零しそうになる。
「ひょっとすると記憶を無くし何処かにいるかも知れませんね。
ここいらだけでなく、あちこちを探したら如何でしょう。」
「そうよね・・あれだけの闘いだったから、記憶を無くして・・・」
カチュは本当は解っていた・・だがそう思い込まずにはいられなかった。姉二人は野末にミネルヴァの遺体を晒すのはやるせないと言って、遺体を探し続けている。だが自分は・・・
「カイはどこに行くの。」
「どこと決めているわけではありませんが・・・」
「それなら一緒に行く。
いいんじゃないこの人も一緒に・・いっぱいの方が楽しいし。」
カチュはカイを飛馬に乗せ歩を進めた。




