7 第四章 齟齬(6) 時と共に(1)
ワーロック達と別れたカイは船の中に居た。 揺れる船の中でもう一度ワーロックに言われた言葉を考える。“自分の道”・・だがその前に・・・・
カイには幼い頃の記憶がほとんど無かった。母の顔も父の顔も記憶に無い。
“道”の前にまず自分・・カイはそう考え、ミッドランド行きの船に乗った。
行き先は自分の記憶の中にある最初の町テアル。
そこから“自分の道”を探すことを始める・・と考えた。
ルキアスで船を降り、ロニアスの村があった所に向かった。するとそこは町の建設が始まっていた。
「たまに魔物が出るんだ。」
フィルリアから来たという人夫が洩らす。
ここは元々モングレトロスと呼ばれた聖地のはず。しかも邪神が倒れた今も・・・カイは不思議に思った。
「ここの監督をする方はどこに。」
その人夫は全体を見下ろせる山の中腹を指さした。
魔物を退治する代わりに携帯の食料と、幾ばくかの金を貰い、取るに足りない魔物を斃した。
なんだかアレンさんみたいだな・・フと笑いを漏らした。
フィルリアからロマーヌネグロン、そしてモタリブスまでやってきた。そこはハーディが治める町。先の大戦で荒れ果てた国土が僅かの間に復興している。
カイはハーディを知らない。だが、ここの復興ぶりを見るとその実力の程がうかがい知れる。
モタリブスの城壁を見上げるカイの前を三人の騎馬兵が城門を潜った。
× × × ×
「ハーディ将軍、レジュアスからの使者です。」
従者の声にハーディは執務室に三人の使者を通した。
使者はまずアーサーからの手紙を手渡し、ハーディがそれを開く前に話し出した。
「その書面に認めてありますこと、先にハーディ殿に伝えよという我が王のお言葉でしたので、先に簡潔に伝えます。」
ハーディが頷くのを見て使者が話し出す。
「王のお言葉で私達はこの国、モアドスの復興を見、その結果でお伝えします。
一つ目は今年いっぱいでモアドスはヘンリー王子に譲り、貴方はランドアナを治める。」
「約束は三年だったはずだが。」
「確かに・・しかし王はこの国の復興を聞き及び、我等に視察と使者を兼ねこの国に送り出しました。」
「それで・・・」
ハーディが浮かぬ顔をする。
「素晴らしい。既に戦争の傷跡は消え、農耕は安定し、税収も上がっていると聞きます。」
「あんたらの目にはそう見えるかい。
まあいい・・続きは。」
レジュアスからの使者三人は少し鼻白んだような顔をする。
「僅か何ヶ月かで・・・」
「その話しはもう良い。次は・・一つ目と言うことは二つ目も、三つ目もあるんだろう。」
「我等はレジュアス王の全権をになって・・・」
「いいから続けろ。」
二度までもハーディが言葉を被せた事で使者達の顔に怒りの色が浮かんだ。が、それには構わずハーディは先を促した。
「二つ目はヘンリー王子の貴方の元での勉学、これを年に三度では無く、四度にして貰う。」
「ああ・・」
ハーディはこの件には生返事を返した。
「三つ目はランドアナは独立。」
「何・・・」
「独立です、一つの国家として。」
「独立・・か・・・考えてなかった。」
今度はハーディが困惑の顔を見せる。
「ところで、つかぬ事を伺いますが、貴方はフィルリアに家族は・・・」
「居ない・・が、なぜ。」
「妃を。と我が王が仰っていました。」
「妃ィ。」
ハーディは驚いた。
「アーサー王の王女エラ様を貴方の妃にと。」
「か・・考えんでは無いが・・・」
ハーディは慌てた。ログヌスに入る馬車から顔を出したのを見たとき、美しいと思った。
城内で見たときには気がそこまでは回らなかった。
「エラ様は二十八歳、ヘンリー様と三つ違いのお姉様でいらっしゃいます。
婚期は遅れていましたが、アーサー王は貴方ならと見込んで・・・」
ハーディの耳には長々と続く使者の話が遠くに聞こえた。
「ハーディ殿・・・」
異変とも言ってよいハーディの状態を気にしたか、使者が立ち上がった。
「返事は明日・・・」
はっと我に返ったハーディがそう告げた。
最後の話しは動揺していたな。と笑いながらその日は三人の使者は宿に帰った。
ハーディは珍しく自身の寝所に早めに退きとっていた。
娶る・・・今まで考えたことは無かった。三十を超える今まで・・・。
父親が死に、ファルスの宮城に出仕したのが十六の時、まだ子供だった目に、自分より五つ年下の王女ミランダを見た。当時の王からそのミランダの親衛隊に取り立てられた。それから武を練り、教養を治め、将来女王となるミランダの片腕となることだけを考えた。
そしてその翌年、王は亡くなり僅か十二歳でミランダは女王の座に着いた。それを補佐するものギルサス将軍、そしてミランダの乳母の夫である政治学者ヒルタント。軍と政治がこの両輪で動くはずだった。それがヒルタントの専横により国は乱れた。そんな時一介の親衛隊員でしかなかったハーディを取り立てたのがギルサス将軍。二十四でギルサスの推挙で若き将軍となり、その後は国のこと、女王ミランダを護ることだけを考えてきた。
女は知らぬ訳ではない。結婚を考えたこともある。だがそれ以前に乱れた政治をどうするのか、弱体化した軍をどうするのか。ハーディにとってはその方が大事なことだった。
それが邪教の軍との戦いが終わり、ほんの少しではあるがホッと肩の力を抜いたこの時に・・・しかも大戦の勝者を自負するレジュアス王の娘・・・
ハーディはベッドの中に身を横たえて、アーサー王の書簡を読んだ。その中には王女エラとの婚姻の件が最も細かく書かれていた。子を思う親の気持ちがひしひしと伝わってきた。
あれだけの美形、ハーディも好意を持てた。しかし、ミッドランドの現状・・まだ危うい均衡を保っているに過ぎない。それに祖国フィルリア・・・悩んだ。
窓の外が明るくなってくる。一睡も出来なかったハーディーの眼をその明るさが焼いた。
「お答えは。」
三人の使者は含み笑いを洩らしながらハーディの顔を見た。
だが、ハーディの顔は昨日と同じ、それどころかいささか不機嫌そうにさえ見える。
「さて・・・どう答えたものか・・・
その前にこの国モアドスの現状を知って貰おうか。」
使者達は怪訝な顔をする。
「この国はまだ治まりきってはいない。
まず経済面、元々この国は肥沃な平野部を抱え農耕で生計を立てていた。それがサルミット山脈の南端に青銅の鉱山が見つかり古くはそれで武器防具を造り、今はその細工物を他国に売っている。それが先の大戦で農地は荒れ、現状、鉱山は閉鎖されている。僅かばかり税収は上がったと言えども、まだまだ経済の立て直しが必要である。」
何かを言おうとする使者達を手で抑えハーディは続ける。
「次に政治。
戦死した嘗てのモアドス王スクルフは自分の欲望を追うばかりで、政治、軍事にはとんと無頓着だった。それによってロマーヌネグロン、ロンダニア、ザルタニアの台頭を許し、政は乱れ、カルドキア帝国の侵略を招いた。その為民の怨嗟をかい、未だ民情不安定である。」
ハーディは更に続ける。
「軍事的には、西に勢力を伸ばすストランドス侯国を抱え、何時その衝突が起きるかも解らない。
幸いフィルリアとはミッドランド南部の国造りで手を結ぶことにより事を起こすことはなくなり、ダルタンが統治するネオロニアスと共にストランドスに当たることが出来る様になり、その点の不安はいささか和らいだ。」
三人の使者はハーディが指し示す現況に聞き入った。
「アーサー王の一つ目の申し入れは承知しよう。だが、以上話した状況を考えれば、この国はまだ危うい状況に置かれている。
よって、まずロンダニアと同盟を結んで貰う。また、今後ここモアドスを治めるヘンリー王子にはより一層の学習が必要となる。
そう考え、アーサー王の二つ目の申し入れも当然飲まざるを得ない・・いや、このミッドランド全体の安泰を考えれば当然そうして貰わなければならない。」
「ランドアナの独立は。」
「独立・・そこまでは私も考えていなかった。それは彼の地に私が就き、周囲の状況を見てから考えよう。」
「最後の一つ・・・」
「それは・・それは、私が考えもしなっかった事である。
その件に関してはもう少し考えさせてくれ。」




