第四章 齟齬(4) 二つの出産(3)
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人の目に見えぬ所で宮城とティアの産屋を兼ねた奥の宮殿は急速に完成に向かっていた.特に奥の宮城は完成間近となっていた。
その速度の拠り所は僅かの期間に七賢者の宮殿を造り上げた召喚の魔物、凶鳥マルファスとそれに使われる妖精達の力。
宮殿の完成前にもかかわらずヨゼフとホンボイはティアを奥の宮殿に移した。
「安全の為、これからはここで暮らして頂きます。」
ヨゼフの言葉に産み月を一ヶ月後に控えたティアはほとんど幽閉状態になった。
ティアが幽閉状態になった宮殿には彼女の世話役として五人の巫女を称する者、三人の産婆、それに三人の乳母を含めた二十人の女達が傅いた。それを守る兵士は二十人ずつが四交代、夜を徹して警戒に当る。
ヨゼフとホンボイはティアに聞こえない所で神の使い“光の子”がタンカにあることを声高に喧伝し、それに救いを求めるのか周りの国からまで人が押し寄せた。
「ティアに会わせろ。本当に彼女がこんな事を望んでいるのか。」
ラルゴがホンボイに迫る。
「ティア様は既に産屋に入っておられます。よって私もティア様に会うことは叶いません・・会えるのは女だけ。ティア様に傅く巫女の口に依ってだけティア様の意志が伝えられています。」
ミッドランドからの仲間が来たときはホンボイがその相手をし、元々タンカに住んでいた者が来たときにはヨゼフが相手をした。
「そんな事よりティア様を渡せと近隣三国の兵が動き、それを知ったティア様が怖がっておられるそうです。
あなたは遠征軍を創りそれらに対処してください。
これはティア様の願いでもあります。」
ティアの願いとあれば・・・ラルゴは仕方なく退き下がった。
ラルゴが遠征軍を率い各地で闘っている間にティアの命を持って“光の子”を頭に頂くメサイア教の創設が発表された。
遠征軍をクルセイダーと呼び、聖地を守る軍として新たに聖教騎士団、テンプルナイトが創設された。それらはホンボイを中心とする枢密院の下に置かれた。
そしてタンカの村を指導する枢機卿の会合により政治が行われると宣言された。
枢機卿の長はホンボイ、十二人の枢機卿の中には元レンジャーのヨゼフ、コーキー、マサン、そしてラルゴの気を和らげる為かボルスの名もあった。
そうする内にティアの産み月が来た。
「メーレ。」
ティアは最も信頼する乳母を呼んだ。
「外の世界はどうなっているの。」
メーレはティアの耳に口を止せ、ホンボイとヨゼフに口止めされている事実をひそとティアに告げた。
「私は・・・宗教などと・・・そんな事は望んでいません。」
思わず声が大きくなるのを一人の巫女が聞いていた。
シッとメーレが口に指を当て、ティアが辺りを見渡した。その時には既に盗み聞きしていた巫女はその場から消えていた。
七賢者の宮殿。
「ティア・・元、光の子・・・邪魔になりますね、私達の為だけの王国を創るのに。」
ペルセポーネが他の賢者達を見回す。
「ティアの腹の児は双子とか。」
と、デメテル。
「もう一度、洗脳せねばならぬか。」
と、ラグラが続き、
「双子を妊った者を獣腹と呼び、その子は災いをもたらす・・と、ですね。」
ダナエの言に皆が肯く。
「それでは早速。」
「儂が行こう。」
ルヒュテルの言葉にラダが立ち上がった。
「私も一緒に。」
デルポイもまた立ち上がった。
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ヨゼフは西の森を目指していた。巫女・・いや七賢者に会う為に。だが既に巫女の祠は崩壊し、そこには誰も居なかった。
森を大きく迂回し、更に西を目指した。それは耳の奥に響く声に誘われたものだった。
(森の中に村があります・・ロジーノと言う名の村。
そこまで来なさい。)
頭の中の声はそう言っていた。
だがその村に行き着く前に水も食料も持たぬヨゼフはバッタリと倒れた。その傍らに立つのはラダとデルポイ。
「マルファスの使い魔、外道ブロッブを憑けるには丁度良かろう。元々一番やっかいなラルゴの仲間でも在り、弁も立つ。」
「村長ホンボイのほうが宜しいのでは。」
「あの男は歳をとりすぎている。
後のことまで考えればこの男が適任。」
ラダは醜く頬を崩した。
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「双子だってな。」
「獣腹だそうだ。」
「何も起こらなければ良いが。」
町行く人々がそう噂し会う。
この町タンカでは人は一人ずつしか妊らず、二人以上を同時に妊るのは妊る時期に複数の男の相手をし、その数だけ妊る、獣と同じ邪淫の証拠とされた。
昔、双子を妊った女が居たという。その女は会う男、会う男に腹の児の父親だと言い、出産と共に女は獣の本性を現した。次々と腹の児の父親と思われる男を襲った。その上生まれ出た児は自身と同じ姿形をした者を屠る為生まれてすぐに争いを始めた。それでも村に住む高位の巫女が全霊を込め育て上げた。が、その巫女が死ぬとすぐにまた二人の争いが始まった。もう一人の自分を殺す為、家に火を放ちその火は村の大半を焼き尽くしたという。
「何も無ければ良いが・・・」
タンカの人々の不安は頂点に達していた。 そんな中でのティアの出産であった。
いかに神の使いとは言え母親は追放すべきだ。そんな声が高まった。反論が無かったわけでは無い。せっかくの神の使いが。とか今は遠征に出ているラルゴ将軍が帰っってからとか、双子はどう育てるかとか・・・・
その一つ一つに枢機卿の長ホンボイが答えを出した。
一、ティアは左肩にしか太陽の紋章を持たず、しかもそれは色あせ、ただの痣でしかない。
一、故に我等はティアを“光の子”では無く“神の使い”として敬ったが、彼女は二人の子を産んだ。その子等は胸の中央に太陽の紋章を持ち、新たな“光の子”が生まれ出た。よってティアの役目はここに終わった。
一、ラルゴ将軍はティアを信奉し、彼が我等にその武力を向ければ、それは大いなる脅威となる。よってしばらくはティアをこの国に置くが、時期を見て追放。ラルゴ将軍は新たな“光の子”を守護するように仕向ける。 一、災いをもたらす双子は早い時期に二つに分ける。
これらはホンボイの口から出たが考えたのは全てヨゼフ。彼は既に他の枢機卿への根回しも済ませていた。その為ボルスも仕方なくそれに従った。
「ティアの子は。」
ゴーセス侯国の攻撃を退け、遠征から帰ったラルゴが底抜けに明るい大声を上げる。
「おお・・ラルゴ将軍。」
それをホンボイもまた明るい声で出迎えた。
「ティア様と二人のお子様は今産屋に居ます。」
「二人・・・」
「そうです・・双子です。
今ならティア様の御加減も良く、お会いになれます。」
双子・・・。今度は小さな声で呟き、ラルゴはホンボイの後に続いた。
ラルゴもここいらに伝わる話は知っていた。
(双子・・獣腹・・・)
ティアの出産を楽しみにしていたラルゴの気は曇った。
出産直後のせいかティアの顔色は青白かった。
「大丈夫か。」
ラルゴが心配そうに声を掛ける。
「どうにか・・・」
ティアが細い声で答える。
「二人だそうだな。」
「男の子と女の子です。」
タンカに伝わる話を知らないティアは何気なく答える。
(なぜ・・・)
ラルゴが拳を握り締めるのにティアは気付かない。
「ラルゴ将軍、ティア様のお体に触ります・・長くは。」
ホンボイがラルゴを促した。
「ああ・・・」
生返事を漏らし、ラルゴはホンボイが開く扉を潜った。
「子供達の胸を見せて。」
男二人が出て行くと、子供の乳母としてその場に付き添っているメーレにティアは声を掛けた。
メーレが二人の赤児の産着を開きティアのに見せた。
「これが・・・キュアの最後の呪い・・・」
それを見てティアが絶句した。
「男の子はセフィロ、女の子はセイラ・・・名前はそう付けると伝えて・・・・」
ティアは産褥のベッドの上からそう告げた。




