第四章 齟齬(2) 二つの出産(1)
「もう産み月じゃな。」
ついたての影から声が掛かる。
「よくもまぁ、この月まで魔物と戦ったもんじゃ。」
その声はアシュラ族の産婆の声。
仲間を待つアシュラ族の南東の集落でシーナが下腹を押さえ、そこに住む産婆が呼ばれていた。
「今のところ赤子は元気・・じゃが・・・」
産婆は後の言葉を濁した。
「何か問題が・・・」
シーナが不安げな声を上げる。
「逆子じゃ・・しかも触った感じでは首に臍の緒が巻き付いている・・難産になろう・・あんたの体力が持つかどうか・・・」
「というと。」
シーナの声が大きくなった。が、産婆はそれ以上答えない。
「まぁ・・安静にすることじゃ。」
産婆は手を拭きながら衝立の裏から出てきた。
どうなんだ。と騒ぐ男達を家の外に連れ出し産婆は状況を話した。
難しい・・母子共に助けるのは・・・
普通に生めば喉を臍の緒が締め付け、子の命はない。
子を助ける為には母親の命を犠牲に腹を裂き子を取り出すしかない。
両者を助ける方法はない。
産婆は悲しげに首を振った。
どうにか・・・男達が食い下がったが産婆は首を横に振るばかり。
どちらかを選ばねば・・・だがどちらにしてもシーナになんと伝えるのか・・・
男達の顔に苦悩の色が浮ぶ。
誰が伝えるか。それも男達を悩ました。
「儂かな・・・」
ドリストが暗い声を上げた。
どう伝える。男達が迫る。
「ありのままじゃ・・ありのまま伝えシーナの判断に任せる。
それしかなかろうて。」
衝立の向こうベッドに横たわるシーナの啜り泣きが聞こえる。
そして・・・
「私のお腹を切ってください。」
決意したシーナの声が聞こえた。
「それは・・・それはならん。」
狼狽したドリストの声も。
その声に引き摺られるように男達が衝立の向こうに走る。
なんで・・。とランシールが床を叩き涙に暮れる。
「シーナ・・子は又・・・」
苦しげな表情でディアスが言う。
「いいえ、この子はったった一人、今は亡きサムソンの子。彼の血を絶やすわけには・・・」
「そう言うあなたも一族最後の者・・その血も・・・」
ローコッドも声を絞り出す。
「・・・」
シーナはそれには応えないが頑としてその決意は動きそうにない。
「決まりましたか。」
そこへカトリン・ル・フェイが入ってきた。
「貴女の決心が付いたのであれば早いほうが良いでしょう。
苦痛に対する覚悟が出来た今が。」
その冷たい声にディアスがカトリン・ル・フェイの胸ぐらを掴む。が、何ごとも無いように彼女は続ける。
「貴女が生きたまま腹を裂きます。それは死をも凌駕する苦痛でしょう。腹の児を救う為、貴女はそれに耐えられますか」
耐えます。と、シーナが頷く。
「であれば貴女は貴女の児がこの世に生まれ出るのを見られます。」
「お前は・・・」
ディアスが喉を締め付けるほどにカトリン・ル・フェイのドレスの胸ぐらを締め上げる。
それにもかかわらず、
「苦痛に耐えられなくなったら言ってください。その時は中断します。但し、貴女も腹の児も命はないものと思ってください。
それで宜しいですか。」
「一目でもサムソンの子供が見られるのであれば・・それで・・・。」
シーナは真っ直ぐにカトリン・ル・フェイの眼を見た。




