第三章 躍動(4) 師とその弟子
「助かったぞ。」
アレンは大声を上げ、そして続ける。
「だが、なぜここへ。」
「魔物が棲むこの森が騒がしいと聞いてな・・さてはと思い来てみた。」
「案の定、アレンさんが居ました。」
ワーロックとカイが口々に告げる。
「とにかく助かったぞ。」
アレンはワーロックとカイの手を交互に握った。
ワーロックとカイ、この師弟は早々にミッドランドから旅立っていた。
修行と称しワーロックはこのゴンドルス大陸のあちこちとカイを引き回していた。魔物を倒すこともあれば、未開の部族の中に住むこともあった。
カイの成長は素晴らしかった。既に数カ所の部族の言葉を話し、また魔物を斃すことにより、その精も増大していた。
「お前の権能・・私も図りかねている。
人であるお前に備わるのは霊力のはず、その上限は魔物の階位で言えば中位の辺りまで・・と思っていたが・・・
お前はそれを遥かに凌いでいる気がしてならない。」
「人にも階位があるのですか。」
「階位ではないがその権能を魔物に換算することは出来る。それによって扱える召喚魔の階位が決まってくる。」
「権能によってどんな魔物でも。」
「相性はあるが、基本的にはそういうことだ。」
「相性・・・例えば俺だったら。」
アレンが横から口を挟む。
「お前は鬼女ランダの子、当然鬼族との相性が良いはずだ。」
「どれ位まで扱える。」
「それは解らん。今後もお前が魔物を斃し、目的の数に達したときお前の権能がどこまで上がっているのかは私にも想像が付かん。
つまり、お前とカイ、修行次第でお前は権能が伸び、カイは元々持っている権能が覚醒していくと思う。」
「俺とカイ、二人があんたの弟子という訳か。」
「遠い昔にそう思ってくれていれば成長はもっと速かっただろうがな。」
ワーロックが笑い、それに釣られアレンが苦笑いを洩らした。
「では、三人で魔物退治を。」
カイが少し困惑の表情を見せる。
「修行というのは魔物を斃すだけではない。精神修養もあれば教養を身につけることもその一つだ。」
教養と聞きアレンがチェッと舌を鳴らす。
「それに魔術の教練。」
それには構わずワーロックが続けると、
「俺も魔術が使えるようになるのか。」
アレンが自分の鼻を指す。
「無理だ。」
ワーロックは言下にそれを否定した。
「お前にその素養はない。」
またアレンが舌を鳴らす。
「だが、お前の精の許容量は高位の魔物と変わらぬほど大きい。従って召喚できる魔物の数が他人よりも遥かに多くなる。
お前は魔物を斃し、使える召喚魔を増やすことだ。」
よし。と意気込むアレンを横目に、
「但し魔物の能力のバランスを考えてな。」
と、釘を刺した。
「これからどこへ・・・」
カイの心細そうな声。
「北へ行く。
北方の森にも魔物が居るらしい。そこでカイ・・お前と共に行く者を探す。
お前もそろそろ一人歩きしなければならない。」
「私は・・・」
「その弱さがいけない。
私はお前と別れる。お前は独りで歩かなければならない。
それがお前に課せられた使命だ。」
「なぜ・・・」
「自分の道を見つけるんだ。
いつまでも他人に頼ってばかりではいけない。」
それから三人で北西に向け何日も歩いた。
目の前に拡がるのは広大な森。
「どんな魔物かは解らないがここで魔物を手に入れたらカイには別れて貰う。」
「そ・・」
「それがお前の為だ。」
カイの声にワーロックが被せた。
大きな山地の麓にその森は拡がっていた。その南の端に足を踏み入れる。
「アレン、魔物の臭いはするか。」
その成長と共に魔物の臭いを嗅ぎ分ける力が強くなったアレンにワーロックが尋ねる。
「多分中位の魔物。
その他にも・・・が、下位、それに低位の魔物。」
「魔物の階位まで解るか。」
「何とかな。」
アレンは得意げに鼻を動かした。
三人の前にまず現れたのは先に長い鞭を付けた身の丈ほどの竿を肩に担いだ肌の色が黒い女、ベス。彼女はピエロのような格好をした女フーリーを配下に従えていた。
「あんまりやりたくないな・・弱すぎる。」
アレンが吐き捨てる。
「カイ、アレンの修行には成らないそうだ。どう倒す。」
ワーロックが笑いかける。
「土蜘蛛。」
カイは召喚魔を呼び出した。
「現れた魔物と力が違いすぎはしないか。
力が違い過ぎるものばかり相手させると、徐々に制御できなくなっていくぞ。」
カイは仕方なく土蜘蛛を呼び戻した。
それを隙と見たのかフーリーの掌から発せられた炎がカイを目指す。ワーロックはそれを吹き消し、
「お前の魔術は・・・ここは森。であれば・・・」
と叱咤する。
カイが土に祈る間、アレンのクナイが数多く居るフーリーを倒し、
「俺の訓練じゃぁないんだぞ。」
笑う。
そしてワーロック。カイに伸びるベスの鞭をことごとく弾き返す。
「その程度か。」
ワーロックの怒声が森に響く。
「声が大きすぎたんじゃ無いか。魔物がもっとやって来るぞ。」
アレンが笑いながら注意する。
一体の頭にトリの羽根を付けた赤い肌のイクティニケが数体のコンスを連れて現れ、その側には一体のジンと、四つの青い目を持った細長い魚の姿をした低位の龍神ピュトンが数体現れた。
「どれを選ぶ。」
「三体です。」
と言う間にフーリーの身体が大地から突き出た木の根にドスドスと貫かれ、イクティニケは木の枝に絡み穫られた。
「後は・・・」
ワーロックの言葉の間にピュトンは土に飲まれ、ベスはカイが放つ衝撃波に粉々に砕け散った。
残ったジンとカイが睨み合う。
ガックリと土に手を突いたのはジン。
カイはジン、イクティニケの順で自分の召喚魔とした。
「二体か。」
からかうアレンの目の前に土が盛り上がる。
腰のナイフに手をやるアレンに、
「斬らないで。」
と、声を掛けカイが近づいた。
「大した力だな。」
そこへ森中に響き渡るような大きな声。
「幻魔ヴァルナ。」
ワーロックもまた声を上げる。
その時にはカイは土の中から盛り上がるピュトンを自身の召喚魔としていた。
「いい獲物が来た。」
アレンが舌なめずりをする。
「カイに任せろ。」
それをワーロックが制止する。
「こいつは実体化し、命を持っている。それを倒せばお前は・・・」
「チッ・・・俺の獲物には出来ないか。カイ、一緒に出てきた魔物は全て俺が叩き伏せる。
こいつを服従させろ。」
「どうすればいいんですか。」
ワーロックの顔を見る。
「いつもと同じだ。戦って勝つ。但し命は奪わぬ事。」
ヴァルナが右手に生えた曲がりくねった剣を威圧するようにビュッと振る。
カイがそれに気をとられた瞬間、左手の甲から腕にかけて生えた銀色の二本の長い爪がカイの身体をかすめた。
「この幻魔の元素は。」
魚のような頭の周りにヒレを鎧のように生やした幻魔の攻撃を水晶の杖で受けながら、カイがワーロックに訪ねた。
「これだよ。」
ヴァルナはワーロックが答える前に細いが高圧の水をカイに向け飛ばした。
「危ない。」
声と共にアレンがカイの前に立ちふさがると、細い水鉄砲はアレンの腹の一部をそぎ落とした。
その光景にカイの眼が怒りに欄と光る。
土壁が聳え立ち、水の力を吸収する。
そして風・・・猛烈な風では無い。鋭い風がヴァルナを包む。
そして、ヴァルナの苦痛に歪む口に手から滴るを血を零した。
「カイ、私の召喚魔を与える。お前はもう独り立ちしなければならない。
私はアレンの傷が治るまでこの森に留まる。
お前は自分の道を行け。」




