第三章 躍動(3) 残った者達(2)
「騎馬兵二百、弓兵百、歩兵七百か。」
ギルサスの声に、はい。とティルトが返事をする。
「出しっ放しとなるとなぁ。」
ギルサスは困った顔をした。
「我が国は住民の数の割に兵士が少ない。
バルバロッサはオービタス山地の西、つまり我が国の領土にも脚を伸ばしている。その上レジュアスの動きも解らん。
そこにこの兵数は・・・」
「もう一つ、ハーディからの提案があります。」
ギルサスの困り顔を前にティルトが切り出す。
「もう一つ・・・」
「そうです。」
ティルトは簡単な地図を広げた。
「ロニアスの村があった辺り・・」
ティルトの指が地図の上に円を描く。
「港町ルキアスも含め国を創る。
首都はロニアス。ハーディが言うには地形的に堅固な町が作れる。」
ギルサスが首を傾げる。
「その国を造るのにレジュアスと共にフィルリアも出資する。」
「何・・・」
ギルサスが驚いた表情を見せる。
「その国を媒介とし、期せずして二つの国に同盟関係が出来上がる。」
「だがその話し・・レジュアスが乗ってくるかどうか。」
「ルキアスは今よりもっと栄えます。それにあの一帯は肥沃な土地。税収も上がりましょう。そのうちの一部を上納金としてレジュアスとフィルリアに納める。取り分はレジュアス二にフィルリア一。
軍事面からではなく経済面からの同盟を結ぶ。」
「それをハーディが考えたのか。」
「そうです。
今レジュアスにもハーディからの使者が行っています。その吉左右が解るまで私はこの町に滞在いたします。」
それから遅れること三日、リュビーはレグノスの王宮でアーサーとハンコックを前にしていた。
「如何ですか・・この考え。」
「だがなぁ・・・」
「確かに空白地であるこの一帯にレジュアスの勢力を伸ばせば済むことでしょう。」
リュビーもティルトがファルスでしたと同じように地図を指先でなぞった。
「ですが間にバキニア砂漠とバルモドス山を抱え、その東端で事が起きた場合、間に合いますか。
その動きがバルバロッサであればなおのこと、富を生むであろうルキアスにまで危機を及ぼす。」
「お前が言うようにバルモドス山の懐に町を造りバルバロッサに備える。」
「ここレグノスとホリンその上もう一つ・・離れた地の大きな町の経営を行う・・得策とは思えません。出費が大きすぎる。
それより、そこに集まる者達で国造りをさせ、それに出資した方がよっぽど得になる。」
「では我が国だけの出資でその国を造る。」
「フィルリアが黙っていますかな。
この国の版図の一つネオロニアスが自国のすぐ北まで勢力を広げ、その上南にも・・となれば・・・ひょっとすると好餌でバルバロッサを釣り、それを使って戦を起こすかも・・・」
「フィルリアと我が国、国力の差は歴然として居る。叩けば済むこと。」
「それは幾多の戦いを勝ち抜いてきたアーサー王のお言葉とも思えません。その際、動くのはフィルリアだけではありますまい。モアドスにはハーディが座り、自分の出自の国の危機に黙っていましょうか。かつモアドスの東にはかつての盟友ハルーンが治めるロンダニアがある。それと手を結べば・・・」
「脅しているつもりか。」
アーサーがそれを一括する。
「脅しているつもりはございません。確実に起こるであろう事実を申し上げているだけです。」
「お前は・・・」
アーサーが唇を振るわす。
「それにホリンの権益を欲しがっているストランドス・・戦となれば彼の国も手を拱いていましょうかな。」
リュビーはアーサーの目を見つめニヤリと笑った。
「・・・・と、危ない橋を渡るより・・」
口調を変えリュビーが続ける。
「如何でしょうか・・フィルリアと共に新しい国造りに出資してみては。」
「考える・・・追って沙汰する。それまで待て。」
アーサーは苦虫をかみつぶしたような表情でリュビーを玉間から遠ざけた。
リュビーの姿が見えなくなるとすぐにアーサーは溜め息混じりにハンコックを見た。
「仕方ないでしょうな。彼の言葉には理があります。後は条件次第でしょう。」
「後は任せる。
儂はどうもあの男は好かん。」
リュビーとハンコックの交渉の結果決まったことは・・
一、出資金はレジュアス二、フィルリア一。
一、上納金の取り分は出資金の割合に従う。
一、バルバロッサに対する兵力はフィルリ アが賄い、兵力の不足はその都度レジ ュアスが与力する。
一、新国は共和制とし、十二人からなる元 老院を創成する。
一、両国の調印はネオロニアスの首都ロマ ーヌロンドで行うものとし、この件の 発案者であるハーディの裏書きを求め るものとする。
以上であった。
ロマーヌロンド、ダルタンの肝いりで会談が始まった。
レジュアスを代表する者、執政ハンコック。フィルリアを代表する者、将軍ギルサス。
調印はあっさりと済むかと思われたが新国の元老院の人数の振り分けで紛糾した。お互いが自国の権益を争い論争が続いた。
「私に任せてもらおうか。」
その論争を割ってハーディが声を上げた。
「共和制の先進国と言えばヴィンツとホリン。そこより中立な者を招聘する。
ヴィンツより八人。ホリンから二人、そしてレジュアスとフィルリアからはそれぞれ一人ずつ。
行く行くは新国の住民が自分達で元老を選ぶとし、それまでの暫定策として。」
「ちょっと待て。それでは我が国の権益が・・・」
横からハンコックが口を挟む。
「私は個々の国の権益の話しはして居らぬ。
このミッドランドの南部、ひいては全体の平穏の為の話をしている。
私の言が入れられないのであれば、私は祖国の権益の為全軍を率いフィルリアへ帰る。」
ハンコックの顔が苦しげに歪み、言葉を無くす。
「現在モアドスにある我が兵力約二万、ここに居るリュビーはダミオスに一万五千の兵力を持つ。それにランドアナに供出している兵力、そしてロンダニアのハルーンと語らえば総数ざっと四万超。それがフィルリアの兵力一万と合わされば、私からの進言でレジュアスに奪われた旧ドロミスを復活し、その上大陸の南部に勢力を張るのはたやすいこと。」
ハンコックが円卓の上で拳を握りしめる。
「フィルリアのギルサス将軍は女王ミランダに全権を委任されその誓詞をここに差し出している。
それに対し・・・あなたが全権大使であれば返答を貰いたい。」
「我が王は・・・」
言葉に詰まるハンコックにハーディがたたみ掛ける。
「アーサー王はここに居るリュビーを嫌った。こいつの舌鋒は鋭すぎる。故にあなたをこの場に送った。」
ハーディは尚も続ける。
「どうしてもアーサー王の決断が要るのであれば急ぐことだ。
我が北の主将リュビーはこの地に在り、今、ロゲニアの妄動なり、現在は空白地となっている旧ザクセン、ケムリニュスの辺りが騒げば彼の地は混乱し、ヘンリー王子は孤立する。
急ぐことだ。」
ハーディはそう言い切り、一時の散会を宣言した。
すぐに早馬がレグノスを目指した。
それでも二週、ロマーヌロンドにおける会議は止まったままだった。
そして・・・
「あなたの提言を呑む。」
再会した円卓の前でハンコックが苦そうな顔で告げた。その後ろにはハンコック以上に苦い顔をしたアーサーが透かして見て取れた。
署名はアーサー王の名代としてのハンコック、フィルリアの全権大使ギルサス、それと見届け人としてのハーディとダルタン、四人の名が並んだ。




