第三章 躍動(2) 残った者達(1)
「ルミアスからの使者です。」
モタリブス王宮の奥ハーディーの執務室に従者が飛んできた。
そうか。と応えハーディはニコニコと笑いながら使者を通すように伝えた。
「お前が来たか。」
ハーディはルミアスからの使者ティルトと堅い抱擁を交わした。
「手紙を見た。それで相談に来た。」
「実は俺も相談があるのだ。」
「あんたが・・・」
「ああ・・
明日にはダルタンも来る。
相談はそれからだ。」
その夜はワインを酌み交わすだけに終わり、ティルトは遅くに自分に宛がわれた部屋に引き取った。
翌日、朝からハーディーとティルトは地図を見ていた。
先ずはティルトが持参した月の谷の地図。そしてミッドランド全体の地図。
「ダルタン様がお着きです。」
そこへ従者の声。
「どうだ各国の動きは。」
「おっ・・ティルトか・・・」
ダルタンはハーディの声に応えるより先にティルトの手を握った。
「どうして残った。」
「月の谷にまだ仲間が居たからな。」
ティルトはニコッと笑った。
「さて・・・これからだが。」
二人の会話を切るようにハーディが地図を見るように促した。
「まずアーサーだが・・・」
ハーディはダルタンの顔色を見た。
「ヘンリー王子への溺愛が過ぎる。」
「それだけかな。」
もう一度ハーディはダルタンの顔を見た。
「まあ・・・」
ダルタンは苦い顔をし、
「わが・・・」
言い淀み、そして・・
「アーサーは・・覇道を征く・・・己とその眷属の為だけに・・・このままでは収まらん・・と思う・・・」
と、搾り出すように言った。
「その時、あなたは。」
「儂が思う道とアーサー王が考える覇道とは違う。」
それを聞きハーディは大きな机の上に地図を広げた。
「サルミット山脈の北には版図を広げたロゲニアとヴィンツ。その二国の牽制の為リュビーに任せたダミオス。それにカルドキア帝国から名を変え、今はヘンリーが座るランドアナ国。この四国だけになった。」
ハーディの言に二人が頷く。
「ランドアナへはいずれ俺が行く。それに勢力を伸ばしているダミオスのリュビーがそれまでは何とか押さえるだろう。」
「それにしても穴が大きすぎる。」
「確かに・・旧ケムリニュス、ザクセン辺りには新しい勢力が起きる可能性がある。それにロゲニアの動静も不安だ。
それよりも不安なのが、俺がランドアナに行ってから・・・フィルリアを盾に、覇道を狙うアーサーに北の制圧を命じられる可能性がある。
フィルリアとの間にヘンリーが座るであろうモアドス、それにあなたの国ネオロニアスが挟まり俺は動きに窮する。」
しんとその場が静まる。
「そこでだ・・」
ハーディがもう一度地図に目を落とし嘗てロニアスの村があった辺りを指さす。
「フィルリアから援助を与え港町ルキアスを含めたこの地に国を創る。
「首都はここ。」
ハーディはロニアスがあった所を指さした。
「元のロニアスの村。地形的に最適だ。」
「復興させるのか。」
ダルタンの目が輝く。
「そうとも言える。が、新しく創るつもりの方が良かろう。」
次にハーディはティルトを見る。
「ダルタンにも月の谷の地図を見せてもいいかな。」
ティルトが頷く。
「今、人はどれ位。」
「残ったエルフが千人ほど。また兵士は二百程度。それにディアスから貰った兵士九百。捕虜にしたバルバロッサ六百と言う所だ。
フィルリアからの援軍千は母国に帰した。」
ハーディの問いにティルトが答えると、
「いびつだな。」
一言でハーディが斬り捨てた。
「ああ・・あなたの手紙を読んで僕もそう思ったよ。住民が少なすぎる」
「移民の件は。」
「承知している。捕虜にしたバルバロッサは三つの集団に分けた。」
その言葉を聞き、ハーディはティルトが持ち込んだ地図を広げた。
「砦二つを経て宮城、そしてその奥にもう一つの砦か。」
ティルトが頷く。
「ここをどうするつもりだ。」
「まず一番南で、そして奥、この砦は我々エルフ族だけで経営する。
次に宮城、ここにはエルフ族と善良なる人を入れる。
中の砦、当座の間ここは放棄する。
そして下の砦、ここには主に人を入れようと考えている。」
「血が混ざるぞ。」
ダルタンが横から声を発する。
「仕方が無い・・純血のエルフ族はブリアント王とイシューの新しいルミアス王国が守ってくれるはずだ。
我々の国はノヴァ・ルミアス・・エルフ族を中心とした共和制とするつもりだ。」
「いいんじゃないか。
だが移民を入れる為には月の谷の北の台地、今ではバルバロッサが蔓延ろうとしている。移民を迎え入れるとすればそれをどうするつもりだ。」
「それは・・・」
ティルトは言葉に詰まった。
「そこでだ・・もう一つ国を創ってみてはどうだ。」
「なに・・」
ティルトが躰を乗り出す。
「エルフ、人、と言わず全てを受け入れる。
例えばドワーフ、コボルト、オーク、コロポック・・等々、亜人までも受け入れ、人族のるつぼのような国を創り、その後押しをお前等ノヴァ・ルミアスがする。そしてその国がロニアスを首都とした新しい国と共闘する。」
珍しくハーディが唇を歪めて笑う。
「それによってアーサーの野望を押さえる。」
長い沈黙の時が流れ、その後にティルトが頷く。
「と、ここまで話したがダルタンあんたはどうする。この話はレジュアス王アーサーに楯突くことにもなるが・・・」
ここでまた沈黙・・・そして・・
「儂の願いは・・平穏だ。
危ういかも知れぬがそれでこの世の平穏が保たれるのであれば。」
ダルタンもまた頷いた。
「となればもうしばらくは戦いだな。
俺はヘンリーに手渡せるまでモアドスを確固たるものにする。ダルタンはその間にストランドスの牽制。ティルトはフィルリアの援助を受けバルバロッサの討伐。援助については俺がギルサス将軍と話を付ける。
アーサーの動きはホリンの扱い方で知れるはず。もしホリンを残すようであればまた我等で話し合おう。」
ダルタンは翌朝、ネオロニアスへ帰った。
ハーディは同じように帰ろうとするティルトをまだ話したいことがあると引き留めた。
もう一度ハーディの執務室に二人で入る。
「俺は早速レジュアスとフィルリアに使者を送る。」
「早くも動くか。」
「ああ、情報では既にバルバロッサはオービタス山地を南に降りている。つまりお前の帰り道もない。」
ティルトが困り顔を見せるのに、
「この手紙を持って行け。
ギルサス様宛に千人の兵を借りられるように認めてある。
その兵を持って月の谷の北の台地に陣を敷き、バルバロッサを叩く。そしてある程度の地域を制圧したら建国を宣言し全ての人族を受け入れると宣するのだ。」
「急ぎすぎればアーサーが・・・」
「だから俺の方も早急にアーサーに使者を送るのだ。」
「その役・・難しくないか。」
「今日の昼にはリュビーが着く。こういった仕事はあいつには打って付けだ。」
「北の護りは。」
「不安ではあるが、北はしばらくは動かん。」
頷くティルトに、
「実はもう一つ頼みがある。」
と、ハーディがもう一通の書簡を取り出す。
「アーサーの所へリュビーをやるのはいいがフィルリアへの使者が居ない。これは同時進行でなければ上手くいかん。
そこでだ・・フィルリアへの使者を兼ねてくれんか。」
ティルトは二つ返事でそれを受け、フィルリアの首都ファルスへと向かった。




