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TS薬と保安官気取りの女


 地下室。椅子に縛られた男たち。

 まとわりつくのはメイド服を着た美少女の群れ。

 彼女たちはクスクス笑い、きわどいエリアの周辺をすりすり触る。


「や、やめろぉ。近寄るんじゃねえ」

「あっ、ちょっ、ほんとダメ、許してっ!」


 耳元でささやかれるのは蠱惑的で淫靡な声。


「ふふっ、大人のオスがこんな情けない声で鳴くんですね……?」

「いけないんだぁ……お仕置きしなきゃ♡」

「勘弁してくれぇーーー!」

「なんでもしますから!」


 囚人たちは、わりと必死にガチ泣きしていた。

 その泣き顔を尻目に、ミコはおもむろに薬品を取り出す。


「助手ちゃん、カモン」

「はい、お姉さま」


 一匹の助手メイドが進み出てきた。ミコはその顎をクイッと持ち上げて薬品を流し込む。助手メイドは液体を口に含んだまま男に近づく。


「やめろぉおおおーーー!」

「……♡」


 ぶちゅうぅぅぅ。


 熱いベーゼが交わされ、助手メイドから男へと口移しで液体が送り出される。激しく首を振っていた男はつうっと涙を流し、絶望を表しながら虚空を見つめた。


 どくん! その目が大きく見開かれる。


 苦しそうに暴れたかと思いきや、虹色ややピンク寄りの霧が全身から発された。

 ぼやけた空間の中、徐々に男のシルエットが縮んでいるようだ。

 やがて霧が晴れて視界良好になっていくと――。


 そこには、美少女が座っていた。


 亜麻色の髪をだらんと垂らした姿で。

 大きすぎる長袖シャツの襟首から肩が露わになり、萌え袖が指を隠している。


「はわわ、俺の体がぁ」


 口みたいな栗から流れるのは甘やかで愛らしいボイス。


「T、TSしたー!?」


 ほようぃは思わずのけぞって叫んだ。

 放心している男、もといTS野郎をメイド軍団が囲む。


『いらっしゃーい! ()()()()へようこそー!』


 きゃいきゃいと抱き着いて頭を撫でるメイドたち。

 椅子の前には姿見が設置される。


「うそ……これが……俺……?」


 TS野郎は鏡に映る己の美少女ぶりに言葉を失った。

 メイドたちはそんな彼?彼女?を着せ替え人形にしている。


「チョーかわいいー!」

「似合ってる似合ってる。こっちとかもどう?」

「うう、そんなヒラヒラな服なんかムリ」


 うつむいたTS野郎。

 その頬に手を添え、顔を上げさせるのは助手メイドちゃんだ。

 彼女は真剣な目で()()を見つめた。


「自信をもって。あなたは最高にかわいい女の子。いつだって自分は自分の味方でいなくっちゃ」

「そうなのかなぁ」


 他の()()たちも便乗する。


「そうだよ! ほら、鏡を見て。どこに男がいるわけ?」

「輝きたいって心が泣いてるの、わかるでしょ?」

「素直な気持ちで前向きに、だよっ!」


 いともたやすく行われる洗脳。


「そっかぁ……ほなオシャレしなきゃダメかぁ……」


 TS野郎は目をそらし、人差し指をツンツンしながら言った。


「と、とりあえず、試すだけなら」

「フッ、堕ちたな」


 ミコと助手メイドはガッツポーズを交わした。


 メイド隊へ薬品が配布される。彼女たちは拘束されて悲鳴を上げる男たちへと、次々に口移しで薬品を飲ませていった。ぽん、ぼん、ぽしゅうーっと新たな美少女が量産されていく。ミコはひとりずつ確認してから深くうなずき、リリオに向けて得意げに親指を立てた。


「我が渾身の傑作、ここに成れり!」

「成し遂げたか、ミコの字」


 腕組みしながら感心するリリオ。ほようぃがシャツをゆすった。


「リリちゃん、これは?」

「ミコ特性のTS薬だ」

「TS薬?」


 リリオは解説する。


 黄泉ノ国には穴がある。サーバー、クライアント、通信の関係がへんてこであり、内部からのハッキングに対してとても脆弱なのだ。その特性を利用して悪いことを始めるやつはたくさんいる。


 ミコもそのひとりだ。


 彼女の周辺は人よりちょっとだけパソコンに詳しい。データ通信のプロテクトがしょぼく、ほとんど丸裸同然という状態に目を付けた彼女たちは、漁ったデータを徹底的に分析。欠陥を利用してユーザーのアバターを強制的に変更する手段を作り上げたのだ。


「それって違法行為なんじゃ?」

「やだなあ、MOD(モッド)ですよ、MOD」


 MODとは修正や改造を意味するモディファイの略だ。ネット界隈では主にPCゲームをユーザー間で改造して遊ぶときに用いられることが多い。文化として定着している一方、場合によっては当たり前のように違法なのだが……。


 ほようぃには違いがよくわからなかった。


 賢そうな眼鏡のメイドたちがなんてことない風に語る。


「お上の作るシステムなんて経験人数1000人のアソコよりもガバガバ。ハックしてMODを適用するのも朝飯前なんです」

「とにかく仕事が雑。黄泉ノ国じゃなくて新卒ノ国に改名すべき」


 ほようぃは訝しんだ。


「それって違法行為なんじゃ?」

「やだなあ、アドオンですよ、アドオン」

「あっちもこっちも皆さんやってますから~」


 彼女たちはふわりと微笑んで調教、もとい洗脳の作業に戻る。

 実際、黄泉ノ国にはMODや改造ツールが大量に出回っているし、それらの多くはユーザビリティを向上させるアドオンとして気軽に使われている現実があった。


 リリオは深く嘆息すると静かに拍手した。


「最初は地獄のダッチワイフみたいなバケモノが出来上がっていたんだが……いやほんと、よくぞここまで仕上げたな」

「ネバーギブアップ、ドリームカムトゥルー!」


 ほようぃはジト目で尋ねた。


「リリちゃんはそれでいーわけ?」

「男の子だってプリキュアになれる。ならオッサンが美少女になってもおかしくはない。そしていずれは完璧なトラップちゃんが生まれ出ずる。何も問題はない」


 トラップとは男の娘の英語訳のこと。


 美少女だと思って油断していると男の証がついている。最初はがっかりするものの、次第についてないケースのほうが物足りなくなってくる。気づいた時には後戻りが不可能。まさに罠というわけだ。


 海の向こうの同業たちも上手い単語を当てはめたものである。


 そしてリリオは男の中の男――二次元トラップ(男の娘)愛好家だった。近年ほど男の娘がブームでなかった時代から、ずっとだ。その趣向と態度ゆえに、ほようぃとの交友も長く続いてきた面がある。


 リリオは助手メイドへと指を鳴らした。


()()()()()。例のものは?」

「確認します」


 彼女はTS野郎たちのズボンを引っ張り、堂々と中を覗く。


「残念、ありません」

「そう簡単にはいかねーか」


 リリオは咥えていたココアシガレットをかみ砕いた。


 結局のところ、こういう話だ。


 リリオは暴徒を捕まえている。ミコは怪しげな薬品(MOD)を研究している。そんなふたりが出会ってひらめきが生まれた。捕虜をあたシコ喫茶へ連行して、怪しげな薬の実験台にする。改造された哀れな生贄たちからデータを取る。さすればアバターをトラップ化する新薬開発への夢が広がり、失敗に終わっても既存のTS薬の精度向上には役立つのでは、と。


 ついでに副産物のTS美少女たちを喫茶の従業員として働かせればなおよし。

 副収入まで得られる。なんと幸せなプランなのでしょう!

 完璧な作戦はすぐさまリリオとミコを結託させた。


「それって人身売買なんじゃ?」

「人聞きの悪い。紹介派遣と呼んでくださいな」

「技能実習でもいいぞ」


 従業員化してから辞めた人数は脅威のゼロ。少なくとも、治安維持活動の一環にはなっている。リリオとミコは悪びれることなく胸を張った。


 落ち着いたところで、リリオは「ほれ」と手を差し出す。

 ミコは小首をかしげ、雷に打たれたように背筋を伸ばした。

 恭しくリリオの手を取り、嬉しそうにステップを踏もうとする。


「しらばっくれるな。仲介料」

「うっ。さすがに騙されませんか」


 腕を捻られ、苦しげな声を上げるミコ。

 ふたりで捨て台詞を吐き合っていると、地下室の扉が勢いよく開かれる。


「お姉さま、たいへんよ!」

「どうしました?」

「怖い人がガサ入れをさせろって!」


 警察の強制捜査? 黄泉ノ国にそんな存在がいただろうか?

 リリオたちはゆっくり顔を見合わせた。



  §



 あたシコ喫茶の従業員を引き連れて階段を上がる。

 長い廊下の左右にはずらっと個室が並んでいた。


 それぞれの覗き窓からは、従業員と客たちがイチャイチャしていたり、ポーズを取って見抜き大会をしていたり、コンセプトに沿った撮影会を開催している姿がチラッと見える。


「どうです。皆さん幸せそうな顔をしているでしょう?」

「ああ。生きてるって感じだな」

(ふふん。絶対にほよのがカワイイもんねー)


 プレイエリアからロビーに出ると、あちこちのソファとテーブルで客と従業員が歓談していた。その堂々たる姿は見事だと感心するがどこもおかしくはない。


 しかし、ひとりだけ青筋を立ててキレている人物がいた。


「アンタたちねえ! 当局の取り締まりよ? 少しは緊張したらどうなの!?」


 彼女は桃色がかった紅髪をポニーテールにまとめており、シックながらゴージャスさも失わない制服をキッチリと着込んでいる。


 腰に手を当てた前傾姿勢がやたらと似合う女だ。

 どこか少年漫画のヒロインっぽさが漂っていた。

 そんな不穏な侵入者と相対すべく、ミコがずいっと前に出る。


「当局だかなんだか知りませんが、うちの喫茶で横暴はやめてくれますか? 紳士淑女の皆様が怖がっています」

「これのどこが怖がってんのよ」


 客たちは乱入者をガン無視して従業員を口説いている。

 まんざらでもなさそうな美少女たち。ほとんど全員がアバターTSした連中だ。


「ともかく。通報に基づき、規約違反がないかの立ち入り調査を行わせてもらう」

「お断りです。そもそもあなたは誰なんです?」


 ミコがつっけんどんに断ると、紅髪ポニテ女はIDを提示した。

 居合わせた人々が注目する。

 そのIDは彼女が公務員である事実を保証していた。


「あたしはスピネル・セレナーデ。長いからスピナでいいわ。美咲(みさき)市役所で黄泉ノ国の現地担当職員をしているの。よろしくね」


「はあ。これはご丁寧に」


 バーチャル名刺を受け取ったミコは頭をかく。

 スピネルは腰にこぶしを当てて、人差し指を立てた。


「現在、こちらの建物には複数の通報が寄せられているわ。店内の奥で乱交セ……おほん。いかがわしい行為が行われているとか。誘拐グループの拠点になっているとか。妙なアイテムの製造元になっているとか」


「ひどい! 事実無根です!」


 何もかも事実です。


「でしょうね。今からそれを確かめさせてもらう。濡れ衣なら問題ないわよね?」

「警察じゃあるまいし。お役所の人が勝手に動く権限はないのでは?」


 スピネルは鼻を鳴らした。


「動きを縛る法律もない。ここでは自由裁量なの。それに権限があろうがなかろうが、人々が困ってるなら様子見ぐらいするのが公務員ってもんでしょうが」


 どうやら彼女はマジメで堅物。それも突っ走るタイプのようだ。制止するミコを振り払い、プレイエリアのほうへずんずん進んでいく。


「その必要はない」


 リリオは、スピネルの行く手を遮った。


 彼女の語った通報内容はすべて事実だ。バレたら色々と大惨事になる。

 のみならず、貴重な副収入まで失われてしまう。


 否、ぶっちゃけそこはどうとでもなるのだが、トラップ薬の夢が絶たれる展開はリリオにとって看過できるラインを越えていた。


「やだイケメン。でもごめんなさい。仕事に私情は持ち込まない主義なの」


 ツーンと顎を上げるスピネル。その眼前にIDを提示する。


「俺の名はリリオ。鷹宮市の担当職員だ」

「鷹宮? 県内のご近所さんね」

「この施設には先ほど立ち入り調査を行った。結果は問題なし。この期に及んでの強行は訴訟問題に発展するぞ」


 スピネルは訴訟、というワードに顔をしかめる。


「でも、苦情が山ほど入っていて」

「おいおい、黄泉ノ国は初めてか? 嫌がらせの虚偽通報なんて日常茶飯事だ」

「むむむ……」


 彼女は眉間にしわを寄せ、納得いかない様子でリリオと奥の通路を見比べている。どうしたものかと思っていると、ほようぃが腰を叩いてきた。


「リリちゃん、リリちゃん」


 手招きに応じて中腰になる。

 ほようぃは彼の耳元で何かを吹き込んだ。


「ええー、やだよ」

「ひとまず試してみよ? 薬のため! 皆を守るため!」

「しゃーねーな。今回だけだぞ」


 リリオは気怠そうに肩を回す。それから深呼吸すると、「なによ」と警戒するスピネルにしなだれかかり、壁際まで追いつめてドンと手をついた。


「あっ」


 ふたりの目と目が見つめ合う。スピネルは顔を赤らめて視線を背けた。


「ねえ、邪魔なんだけど?」

「つれないお姫様だな。郷に入っては郷に従えっていうだろ?」


 彼女は指で横髪を巻く。


「郷って言われても。こっちには来たばっかりでよくわかんないし」

「お互い肩の力を抜こうってこと。ほら、座りな。俺が幸せにするよ♡」

「そ、そうねえ……こーいうのも悪くないかなー……」


 スピネルは困ったようにエスコートされ、急停止していきなり振り返った。

 虚を突かれたリリオは胸倉を掴まれて引き寄せられる。


「なぁんて言うとでも思ったか! ど~せ中身はゲロ吐きそうなキモいグロメンでしょ!? イケメン気取って壁ドンなんかすんなーーー!」


 投げられる。リリオの体は宙を舞った。

 テーブルを巻き込みながらソファへと激突。


「まあいいわ。権限や許可が必要なのよね? だったら上に申請を出して、改めてお邪魔するだけよ」


 パンパンと手を払って立ち去るスピネル。


「壁ドンって、本来そういう意味じゃないんだが」


 ソファからずり落ちたリリオは不服そうにつぶやいた。

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