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古都ブルンネン

「1分間、目を閉じたまま歩いているとする」


 スーツ姿の男が壇上でプレゼンをしていた。


「キミは何を感じている? 最初の2秒は何も感じない。だが5秒から10秒が経つと急に不安が押し寄せてくる。まっすぐ歩けているだろうか? 障害物にぶつからないだろうか? 足を進めるごとに猜疑心と下っ腹の震えが強まっていく。薄目を開きたくなるかもね」


 ホールの入口から壇上へ。

 目隠しをした部下がヨタヨタと歩く。


「20秒が経過……混乱がピークに達して心が折れそうだ。しかし30秒を過ぎると徐々に慣れてくる。不安、安堵、未知への恐怖と興奮……相反する感情がないまぜになった奇妙な感覚」


 聴衆は話に釘付けだ。

 男の言葉にも熱がこもる。


「37秒を回ると心が落ち着きを取り戻す。不安は決して消えないものの、この先には確かに道がつながっているのだと信じられる」


「45秒。このチャレンジを乗りこなしている実感がわいてくる。どこかおかしくて笑いそうになりながらも歩みは止めない」


「52秒。結末が近づいてきた。一抹の寂しさと名残惜しさに背を押されながら力強い足取りで進む」


 部下はなおも歩き続ける。

 そして、ステージへ到着した。


「やがて1分。キミは立ち止まり、知ったかぶった期待を胸に、ゆっくりとまぶたを開く。そこには想像とはかけ離れた――それでいて納得できる――驚きの光景が広がっているんだ」


 男は胸を張った。


「我々が提供する電子の旅とは、つまりはそのようなものだ」


 部下が目隠しを取ると聴衆は歓声と拍手を送った。

 プレゼンの成功を感じた彼らは固く握手を交わしている。


 ロバート・アンダーソン。科学者で起業家で発明家。人類史上トップクラスの天才だった彼も、まさか己の切り開いた未来がクソまみれになるとは予想できなかったに違いない――。



  §



 ろくでなしのゴミ箱、古都ブルンネン。


 黄泉ノ国でも大きめの町で、多種多様なゲーマーたちが集まっている。黄泉送りされたプレイヤーは己の経験や経歴に沿った特殊技能を発現しやすい。それを活かして一山当てるべく、雑多なヒト型の産業廃棄物が寄ってくるわけだ。


 そんなブルンネンの外部に設けられた検問所にて、リリオたちは守衛のチェックを受けていた。この守衛はボランティアのMMO民。いわゆるロールプレイヤー。


 守衛はIDを提示させて、リリオたちと見比べる。


「はいはい、リリオリリオ」

「これ毎回やんのか?」


 リリオはうんざりしたようにハンドルへ額を乗せた。


「別にいいだろ。俺はNPCになりきるのが楽しいんだよ。そっちの嬢ちゃんは……ほようぃっく、ねぇ」


 名前を呼ばれた美少女もどきがこてんと首をかしげる。


「ほよよ? ほよ、女の子じゃないよ?」

「だろうとも。こんな可愛い子が女の子のはずがない」


 だが男だ、と言われるまでもなく守衛は納得顔。


 ほようぃっく。縮めてほようぃ。

 ちょっと前までVチューバー界の一部で天下を取っていたバーチャル男の娘だ。

 声のウザさと見た目の愛らしさに定評がある。

 リリオのネット歴において最初期からのフレンドでもあった。

 友人知人には、ほよ、ほよ子などと呼ばれている。


「両方とも問題なし。古都ブルンネンへようこそ」


 もういっていいぞ、と軽く手をひらつかせる守衛。ジープはゆっくりと進んで近くの駐車場に向かった。ボロボロの囚人たちを引きずりながら。


 ふたりは車を降りた。囚人の尻を蹴り上げながら歩かせる。古都ブルンネンにはいくつかの通用門があり、最も人通りが多いのはここ、西口だ。門の手前、邪魔にならない程度に離れた人だかりが騒がしい。


「エンヘイおねええええええ!」

「ブレエビよろおおおおおお!」

「oi misu ミス おい ふざけんな 俺が先だろ」

「サボってないで早くしろやカスゥー!」


 ロン毛のウィザードに向けて叫び散らかす粗末な連中。


「なにあれ?」

「そういや、ほよは初ブルンネンか。あれはだな……」


 あれは民間企業と契約した労働者の群れ。モンスター狩りで資源を稼いでいる。現地がゲーム的なシステムである以上、エンチャントなどの強化魔法ありで戦うほうが圧倒的に効率がいい。そのためボランティアの支援魔術師が現れるとデモ隊もかくやという勢いで殺到するのだ。


 人呼んで西口のエンヘイ乞食。

 その姿はいかにもみっともない。


「エンヘイおねええええええ!」

「エンチャントとヘイストをかけてください。お願いします」


 ライバルと差をつけるため、丁寧に言い直す者まで現れる。


 ふと手を止めたウィザードはこれみよがしに寝そべった。発狂する乞食どもを眺めてニヤリと笑っている。声を枯らした乞食どもがすごすごと離れた瞬間、立ち上がって支援魔法を再開。


「エンヘイおねええええええ!」


 悪態をついていた連中は舞い戻ってきて土下座を始めた。


「ほよ知ってる! あれぞまさに愉悦っ!」

「エンジョイしてんなあ……」


 バーゲンセールじみた怒号を聞き流して町の中へ入る。


 ごみごみした通りを進んでいたら〝キィィィィン〟と耳をつんざくハウリング。リリオたちは思わず耳をふさぐ。続けてあちこちに設置されたスピーカーからやかましい音割れボイスが鳴り響いた。


『皆さん、聞いてください。卍タクヤ卍は横狩り野郎です! 人気下げよろー!』

『は? 横師は炎殺王邪竜帝のほうだし! 注意&人気度ダウンよろ!』


 横狩り……あるプレイヤーが戦っていた敵を、横から攻撃して奪うバッドマナー行為。昔のMMOではこの問題がしばしば喧嘩の種となっていたものだ。


「うるせええええー!」

「どうでもいいわそんなの!」

「まとめて死ねぃ!」


 くだらない論争が垂れ流され、街のあちこちから非難囂々の罵声が上がる。リリオたちが縄から手を離したのをいいことに囚人が脱兎のごとく逃げ出した。


「あっ、こらー!」

「待て、そっちはダメだ!」

「バーカバーカ! 誰か待つかよクソ公僕!」


 囚人たちは振り返り振り返り、煽り散らかしながら走る。

 そして通りを曲がろうとした瞬間、何かにぶつかって弾かれた。

 清楚で幼気(いたいけ)な美少女たちのようだ。


「いてえ! なにしやがる!」


 与しやすしと見た悪党たちは美少女に踊りかかった。

 しかし――。


「ああん? 最近の若いのはごめんなさいも言えないのか?」

「これは教育が必要ですなあ」


 彼女たちの口から湧き出てきたのは、どこに出しても恥ずかしくない中年オヤジの声だった。キックは軽々と受け止められ、逆に腹パンや膝蹴りを喰らって地面とキスする悪党たち。


「ガキが……舐めてると潰すぞ」

「腹から声出せ、ふにゃオスがよぉ」


 ぺっ、と唾を吐きかけ、美少女(?)たちはぞろぞろと立ち去る。


「メタバース民を侮るな。駄弁ってるだけでレベルが上がる連中だぞ」

「ってか、黄泉ノ国で人の見た目を信じちゃダメっしょ~」


 リリオとほようぃは縄を持ち直し、えっちらおっちらと囚人たちを引きずった。




 ゲームを模した黄泉ノ国ではアバターもわりかし自由だ。それなりにお金はかかるものの、大半の人々は本来の自分とはかけ離れた理想の姿でこの地に降り立つ。


 もちろん例外もいる。

 リリオのような、地元の自治体の募集に乗って転職するタイプだ。


 自治体ごとに予算がまちまちのため、貧乏自治体では準備不足のまま電脳ライフを送るケースがある。鷹宮(たかみや)市は大半が山のド田舎であり、リリオが持ち込めた電脳装備はあらゆるゲームの初期アバターもかくやというほど貧相だった。


 つまり、容姿は完全に現実のまま。


 端々がほつれた黒い長袖も、ミリタリー系のズボンとブーツも、美形だがダウナーで感情に乏しい顔も、すべて生身のリリオをスキャンした結果である。Vチューバー活動用のアバターを転用したほようぃとは雲泥の差だ。


 それでも彼はこの生活に前向きだった。以前の職業は猟師ときどきフリーター。持たざる生き方には慣れっこだし、元がネットゲーマーだったので現地のノリにも違和感はない。


 だが、何よりも。


 ――もう一度、リアルと切り離された別世界へ行ける。


 かつて現実とは一線を画すネットの海に魅了された者として、これ以上に心躍る誘い文句はなかった。


 社会全体にスマホが広まり、ネットをのけ者にしていたリアル人たちが押し寄せてから久しい。パソコンはキモいオタクの集会場とか言ってたリア充どもが、今ではお外のあちこちで板切れとにらめっこしている。TPOもわきまえずに。


 そんなネット中毒の()()()()どもの、慣習ガン無視な、我が物顔で暴れている様にうんざりして、一度はネットから離れた身。


 そんなリリオにとり、黄泉ノ国とは、心機一転して遊ぶハイクオリティなネトゲのようなものだった。


 ここ、ブルンネンには似た考えの者が多い。

 人は粗雑で、民度は低く、混沌としており、そのくせなぜか奇妙な調和がある。


 どこかから風に乗って、銃声と兵士の挑発が耳に届く。


「ファッキンNoob!」

「CAO NI MA!」

「一発ぐらい当てろよヘタクソォ! ぶっ殺すぞ!」


 裏通りでは、いかがわしい服装の美少女が陰キャに崇められている。


「あの、お願いが」

「見抜きしてもいいですか?」

「え~? えっちー。しょうがないにゃあ・・。いいよ」


 交わされるやり取りはどことなく古い。

 リリオも興味なさげに素通りしていく。

 しかし、その口角はわずかに上がっていた。


「治安の悪いインターネッツだな」


 黄泉ノ国の日常は、今日もイカれた奴らの事件と対立に満ちている。



  §



 リリオたちは中心地から外れた一角へやってきた。


 ブルンネンの通りという通りには、何かしらのコンセプトを決めて店や空間を運営するプレイヤーたちが暮らしている。中心地にもほぼ無法地帯の露店広場などはあるが、街路(わき)はショバ代を支払って店舗を持つような商人たちがメインだ。


 裏通り沿い、建物と建物の間。

 あるバーの裏口から中へ入ると管理室の扉を開く。


「あっ、ああっ♡ リリオさん、リリオさんっ! そんな浅いところばっかりねちっこく♡ 奥! 奥もお願い! はぁ~、あのダル顔のまま鬼畜調教されてえ~。んっ、ちょっ、ムリっ♡ イグッ、もうイグ……ひぎましゅう~~~♡♡♡」


 リリオは静かに扉を閉めた。


「と、取り込み中みたいだね~」

「撤収。別の候補を当たろう」


 ふたりが回れ右しようとすると、今しがた閉めた扉が勢いよく開いた。


 姿を現したのは、わりとあられもない姿の美女だ。

 ロリ体系のほようぃとは何から何まで真逆だった。


 薄いピンクの髪型は、片目が隠れたショートカット。

 クールでミステリアスな青い瞳から大人の色気が漂っている。

 上背があるリリオと相対しても違和感のない高身長。

 グラマラスなのに、すらっとした印象でスタイルがいい。


 ボタン全開のノースリーブシャツは脱げかけており、ノーブラの生乳が薄い生地を名山のように盛り上げている。ズボンの役割を果たしていない丈のショートパンツ。そのチャックは半分ほど開き、サキュバス風の下着が顔をのぞかせていた。


 美と肉付きのバランスが完璧なふともも。

 そこから伝う水分が、今しがた執行されていた()()の名残を示している。


「あら、いらっしゃい。今日は何用で?」

「……エロ淫魔。知り合いをオカズに使うのはやめろ」

「はて? 何をおっしゃっているのやら?」


 彼女はすまし顔で小首をかしげた。

 まるで何事もなかったかのような態度で。

 しかし、無自覚に、悪魔のしっぽを己の足に巻き付けている。


「とりあえず服を直せ。取引がしたい」

「ふむ。とんだ大型新人の面接かと思いましたが……」


 着衣を正したエロサキュバスの視線がほようぃに向く。


「ほよ。こいつはミコ。脳内どすけべピンクカラーのヤベぇ女だ」

「初めまして。ご紹介に与りました、巫女(みこ)すり半蔵(はんぞう)です。この紳士淑女の社交場『あたシコ喫茶』の支配人をしていますよー」

「ほえぇ。なんかすごい人きちゃった……」

「ふふふ、エロって最高だと思いません?」


 屈託のない瀟洒な笑顔。

 あまりに無邪気なオーラを前に、ほようぃは気圧された。


「リリオさん。そちらはひょっとして」

「こいつは俺のフレンドの――」

「ほよちんぽ?」

「ぽ、は余計だ。知ってるのか?」


 巫女すり半蔵、もといミコは、リリオの質問に黙り込んだ。

 ええと、その、と言いづらそうに眉をひそめる。


「原始人にビッグニュースを教えてあげましょう。そのちんぽはですねぇ」

「ちんぽ言うなし」

「ここ数年のネット界隈じゃ常識レベルの有名人でして――つまり、なりすましとかもそれなりに……」

「んなっ! ほよは本物だよっ!」


 憤慨するほようぃ。

 ミコは胸の下で腕を組み、困ったように頬へ指をあてる。


「あいにく、アバター鑑定士の豚さんは雇ってなくて」

「ぐぬぬ……! 屈辱……! オリジナルなのに!」


 リリオはがるがるしている相棒の頭を掴んで引き離した。


「真贋なんてどうでもいい。それよりも取引を」

「ああ、そうですね。今日は何人ほど?」

「16人。どれもイキのいいオスだ」


 縄を引っ張り、囚人たちを蹴り飛ばす。

 ミコは抗議する彼らの顎をクイッと持ち上げ、うっとりしながら言った。


「素晴らしい! これだけいれば、実験には十分ですよ」


 興味を惹かれたリリオが身を乗り出す。


「ってことは?」

「ええ、ついに完成したんです。おニューのクスリ……♡」


 キレイな顔から飛び出す物騒なワード。


「クスリ!?」

「噂は本当だったのか……!」

「やめろ、離せ、今すぐ開放しろ~~~ッ!」


 本能的に長寿タイプの囚人たちは、身の危険を感じて恐れおののいた。

シュティグ? 知らない子ですね…

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