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電子資源採取用サーバー 黄泉ノ国<ヨミノクニ>


 人は同じものを見て別のことを考える。

 そんな懐古と架空と日常の記録――。



  §



 技術の進歩ってのは目覚ましい。

 あるとき、どこぞの天才が偉大な発見をした。


 我々がバーチャルだと思いこんでいた空間には確かな実体が存在している。原子やらなにやらに特殊な変換方法を適用すれば、現実世界――つまり我々が暮らしているリアルな世界へ具現化させることが可能である、と。


 しかもバーチャルから実体化する際、既存のあらゆる粒子に変質可能。

 つまり、ありとあらゆる可能性を持つ夢のような資源になる、と。


 そんな大発見が公表されちゃったから、も~たいへん!


 各国政府はすぐさま飛びついた。

 人口爆発にともなう各種資源の枯渇・価格高騰に悩んでいたからだ。


 頭のネジが宇宙のかなたへ旅立っている変態、もとい天才たちも飛びついた。いつもなら非合法、非人道と攻撃される研究をやりたい放題のチャンスだからだ。


 結果、政治の黙認の下に脳やメタバースの研究が加速度的に進み、人権思想なんて鼻紙にして焚き火へ投げこむような代物が完成。


 人間の脳にチップや電極をアレしてアレします。

 スキャンした脳内の情報だけを吸い出します。

 すると主観的な意識を電脳世界へ移すことが可能になります。


 めでたしめでたし。


 より突っ込むと、コピーした内容を演算用の機器に貼りつけ、転送先で生まれた記憶は専用のハードディスクに保管しておく。これにより、脳本体に負荷の少ない形で電脳空間における活動が可能になった。


 らしい。

 詳しいことを知っている人はいない。

 気にしている人はもっと少ない。


 大体そんな感じ。


 ここにフルダイブ型VRの構想やらなにやらを闇鍋ちゃんぽんして作られたのが、時代をパラダイムシフトさせる訳の分からない超技術の塊。


 ヒトを電脳空間へ送りこみ、えんやこーらと資源を集めさせるのだ!


 『レプリカント計画』。有名なゲームの設定にちなんで名付けられた一連の実験は、途上、全世界で4000万人の死亡者を出しながらも成功にこぎつけた。


 この惨状に向けて、心ある人は言った。

 第三次世界大戦は、国と国ではなく、人と狂気の戦いだった、と――。




  §




 人の頭が生えている。澄んだ青空の野外にて。地面に、首から上だけ、ひょこっとお出しされた頭が、ズラリと等間隔に並んでいる。


 要するに、彼らは首から下を埋められているのだ。


 そのいかにもな悪党顔は例外なくボコボコにされており、青タンを作り、涙を流し、せめてもの抵抗に、血ヘド交じりの唾をペッと吐き出したりしていた。


「カスがよぉ」

「リリちゃーん! こっち、唾吐いたー!」

「ちがっ、違うんです、ごめんなさいっ!」


 ほんのりウザくて陽気な声が指摘する。

 と、声をかけられた黒髪の青年が反応した。


「教育が足りなかったようだな」

「嘘だって! ごめん、やめて、許して!」


 必死の懇願を無視する青年。彼は乗っていたバイクをふかすと、大根みたいに生えている頭をコーン代わりに何度も八の字を描いた。


 煽るようにエンジンがうなりを上げるたび、埋められた男女が泣き叫ぶ。


「ひ、ひとでなち!」

「やめろぉ、やめてくれぇ!」

「強盗に言われてもね~。人のモノを奪いに来といて被害者ヅラするのはダブスタっしょ?」


 ケラケラ笑うのはピンク髪の美少女。美少女?

 ポップコーンを食べながら阿鼻叫喚の図をニマニマ眺めている。


「ほよ様、こちらを」


 忍者装束の少女が現れ、美少女に手紙を差し出した。

 彼女はそれを一読するとバイクの青年に声をかける。


「へーい、リリちゃん。新手の目撃報告きたよー」

「また? 今日はエサが多いな」

「とりま見に行こ! そんじゃ、ひとまず撤収ねー」

「後処理はお任せあれ」


 恭しく礼をする忍者に見送られ、青年と美少女はその場を去る。




 ところ変わりて、なんてことない野外のバザー。安穏とした平和は突然の終わりを告げて、辺りに悲鳴がこだまする。強盗団は武器や角材を振り回しながら周囲の人々を威嚇した。


「ヒャッハー! 強盗だァー!」

「金にアイテム、素材品。資源になるものは全部もらってくぜぇ!」

「もちろんテメェらの経験値もな!」


 悪党どもが暴れ始める。


 露店は壊された。商品は奪われた。罪なき生産職の人々は次々に倒された。


「誰か、だれか助けてーっ!」


 そんな絶叫に呼応するかのように。

 遠方からやかましい重低音が鳴り響く。

 強盗団は背後を振り返った。


「あぁん? なんだァ?」


 音の正体は謎の軍用ジープだ。爆音をふかしながらバザー会場へ乗りつけたかと思ったら、減速なしで強盗たちを撥ねていく。


「うおっ、危ねえ! なにしやがる!」

「ひき逃げ、ひき逃げだー! おまわりさーん!」


 黒いタイヤの跡を残し、ドリフトしながら急停止するジープ。乗り手の二人組はひらりと飛び降りた。黒髪の青年とピンク髪の美少女だ。


 青年は車体に括り付けていたバールを引っこ抜いて肩に担いだ。


「リアルで〝わからせる〟と罪に問われるが――ここでは死ぬまでぶちのめしてもいいんだ。黄泉(ヨミ)(クニ)ってのは最高だな」

「なんだテメェ」

「怪我する前に帰ったほうが身のためだぜ?」


 強がって吠える強盗団。

 青年はゆっくり近づきながら退屈そうに答えた。


「気にする必要あるか? ()()()()()()()()()のに」

「それもそうだな……やっちまえ!」


 強盗団が叫びながら青年へと突撃する。

 場に居合わせた誰もが悲劇を想像して目をつむった。

 だが、予想に反して重い打撃音が止むことはない。

 人々が目を開けると、そこには倒れ伏す悪党たちの姿が。


「な、なんだこいつ。おかしいだろ! 俺たちの平均レベルは380だぞ!?」

「アニキ、あの旗……!」

「ああん? 旗がどうした」


 強盗団の下っ端はジープに立てられたのぼり旗の紋章を指さす。


「ありゃあ鷹宮(たかみや)市の市町村旗です! つまりあの野郎は――」

「公務員か!? ってことは、あいつが噂の激ヤバ変態紳士」


 悪党たちの目がさらに剣呑になった。

 対する青年はバールの釘抜きで背中を掻いている。


「クソ公僕! どのツラ下げて有権者さまにたてついてやがる! 政府の犬なんざお呼びじゃねえ!」

「国民の血税でたっかい給料をもらってるくせによぉ!」

「……時給300円のバイトだが」


 空気が凍りついた。一陣の風がぴゅーっと通り過ぎていく。


「あ……そうなんか」

「ごめんて」

「お互い、強く生きような。……って、そうじゃなくて!」


 強盗団は怒気もあらわにキレ散らかす。


「黄泉ノ国にまで眠たいリアルのご都合を持ち込んでくるんじゃねえ! ここでは力だけが絶対のルールだ!」

「そちらの主張にはおおむね同意だが――」


 青年は首を回し、襲い掛かる強盗団へ無感情に告げた。


「そのルールだとノーチャンスだぞ、お前ら」


 風切り音。鈍くて痛そうな音の嵐。無慈悲な暴力が強盗団を沈めていく。30秒後、顔や全身を青あざだらけにした悪党たちが地面のあちこちに散らばっていた。


 ピンク髪のちっこい美少女が、悪党たちを縛り上げながらドヤ顔する。


「こっちのレベルは800越えなんだよね~。これに懲りたら、もー悪いことしちゃダメだよ?」

「待った。そのセリフはNG」

「え、なんで?」

「俺たちもやるから」


 青年は強盗団の腹を蹴ると、おもむろに懐を漁る。やがてめぼしい物品を奪い終えたらしく、人々には目もくれないままエンジンをふかして去っていった。


 数珠つなぎにした強盗たちをジープで引きずりながら。



  §



 拡張領域フラジラント。


 というのは国際的な学術名で、日本だともっぱら〈黄泉(ヨミ)(クニ)〉と呼ばれる架空の電脳エリアがある。


 ここは変換用の電子資源を採取するため、一定の演算領域をばっさりトリミングして開発した空間だ。一計を案じた政府の策により、いわゆるゲームの世界を模し、ゲーム的な法則が適用されるように設計されている。


 のどかな風景も、流れる小川も、ぽつんとたたずむ庭付きの家も。

 すべてが幻影……電脳情報を基に作られた偽物である。

 これらすべてに実体があるなどにわかには信じがたい。


 しかし、そこに住まう人々は多くが正真正銘の人類。

 彼らが知覚する感触や情報は、主観的には本物のそれだ。

 そんな〈黄泉ノ国〉の郊外にて、とある一軒家のドアが開かれる。


「リリちゃ~ん。ゆうびんきてたよー」


 ピンク髪のちっこい美少女もどきが、ぶんぶんと手紙を振り回す。

 小柄な体を動かすたび、ゆるふわロングなツインテールもふりふりと揺れた。


「中身は?」

「ん-とねー……市役所からのお手紙みたい」

「燃やしとけ」

「りょ!」


 返事をしたのは黒髪で蒼眼(あおめ)の青年。美形ながらダウナーな雰囲気が漂っており、伸ばした足を組んで机の上に乗せている。


『ちょ、ちょっと待ちたまえ!』


 手紙がひとりでに浮遊し、ソファに座る青年の前にやってきた。


『困るよ~鳴神(なるかみ)くん。一応は官公庁の仕事なんだからさ、もっとマジメに働いてもらわないと……』

「課長さん」


 青年はカタログを机に置く。

 と、ふよふよ漂う手紙を鷲掴みして、ぐしゃぐしゃに握りつぶした。


「次にリアルネームで呼んだら、テメェの家と家族を燃やすぞ」

『わ、悪かった! 悪かったって! ()()()くん、冗談はよしてくれ!』


 青年――リリオは手紙を放り捨てた。


「だいたい、時給300円のバイトに責任感を求めるなよ」

「そーそー。官公庁の契約がさいてー賃金を割ってるってどーなの?」


 ぐっ、と手紙から発される声が返答に詰まる。

 正確にはバイトではなく契約職員だが、まあ扱い的には大差ない。


 ヨレヨレになった体を自力で直すと、手紙はふたたび宙へ浮いた。


『黄泉送りには経費がかかるからね。稼働しっぱなしの電気代。転送中の世話をさせる年次の介護職員。夜間対応の臨時増員。そのくせ市議会は民業圧迫、バラマキだのと予算を削りにくる。フルタイムの最低時給なんてとてもとても――』


 リリオたちはジト目になっていく。


 ふたりの視線は壁へ。そこには物体化した画像データが貼ってある。課長らが、削った費用で回らない寿司屋へ突撃している姿が。

 役所に勤める同級生(スパイ)からの密告で、悪行はとうにバレバレだった。


『って、それはともかく! 頼んだ仕事はちゃんとやってるんだろうね!?』


 ごまかすように翼を動かす手紙。


「それはともかく?」

「責任のがれだー」

『まったく減らず口ばかり。これだからネット廃人どもは』


 リリオは無言で手を伸ばし、ピンク髪の美少女もどきからライターを受け取る。そして無言のまま手紙に着火した。


『こちらからは中の様子まではわからない……ん? なんだね、この音は』


 リリオは無感情に答える。


「例の件なら心配いらない。俺たちにとっても他人事じゃないし、あいつには聞きたい話もある」

「人探しはバッチリやるから安心してよね~!」

『いやいや、通常業務のほうもしっかり…………おい! なんだこの音は! ちょっと待ちたまえ、通信が――』


 黒い燃えカスになった手紙が床に落ちる。ピンク髪の美少女もどきがホウキとちり取りでささっと掃除。そのまま庭へ捨てにいく。


 リリオはソファに頭をもたれてココアシガレットを咥えた。



――――――――



 技術の進歩ってのは目覚ましい。


 電子資源の採掘にはいくつかの方法がある。日本の電脳採掘に関連する組織は、SDGsが流行したご時世も相まって、大半が持続性の高い方法を採用していた。


 生命エネルギーとの等価交換だ。


 脳をスキャンするだけでなく、人体にチューブをつなぎ、謎技術によって熱量などを送りこんでいる。要は人間がそこに存在していて、生命力を維持していればOK。自動的に資源が引き出されるわけだ。


 さらに、電脳活動によって取得された資源も回収すれば倍々でおいしい。

 デメリットはたまに死亡事故が起きることぐらいかな~。


 ただ悲しいかな、日本は電脳界への投資額がしょぼい。死亡事故のリスクを忌避して人も集まらない。海外のIT先進国に太刀打ちできない本邦が打ち出した苦肉の策――それは人命リスクをガン無視で、ネット廃人を電脳世界へじゃんじゃか送りこむ人海戦術だった。


 そのためのゲーム的な設計である。


 幸せいっぱい、夢いっぱい。ゲームの世界で暮らせます!と銘打ち、たとえ死んでも別天地に行きたいやつらをかき集めた。


 死んでも誰も気にしない人間。世間が怒らない人間。すなわちニート、引きこもり、低賃金労働者など、いわゆる底辺カーストの比率が高めなゲーマー層……特にネットゲーマーを狙い撃ち。金に頓着しないのをよしとばかりに違法な価格設定で使っている。


 ゲーマーたちも条件なんか気にしない。念願の異世界だぜー、とばかりに喜び勇んでダイブを敢行。リアル予定が……なんて躊躇するやつはひとりもいなかった。世間では産業廃棄物――産廃のリサイクルとか、命がけの生活保護とか、言われたい放題である。


 そして社会がゴミ扱いしている者たちを投棄しまくった結果。

 黄泉ノ国の民度や治安はとてつもなく乱れた。


 黄泉送りされた大多数はPC時代からのネットユーザー。

 純粋培養のネット戦士に自由を与えて解き放ったのだ。

 残念でもなく当然の帰結といえる。


 そんな大参事に頭を抱えた政府は、毒をもって毒を制すとばかりに取り締まる側で二次募集をかけた。こうしてリリオたちは黄泉ノ国へやってきたわけだ。


 表向きは。


 パーソナルデータに基づく特徴から、ふたりは別の仕事を持ち掛けられた。


 裏向きの任務は行方不明者の捜索。こちらの奥地で消息を絶った重要人物、リリオたちにとっても共通の友人の、ある男を見つけ出すために日夜奮闘している。



――――――――



 扉が開き、ピンク髪の美少女もどきが戻ってきた。


「まだゆうびん残ってたー。けど宛名がないや。パーティーへの招待状だって」

「それも捨てとけ」

「おっけー。今日はどうするの?」


 リリオは彼女の頭を撫でて立ち上がる。


「フリマ。戦利品を売りにいこう」

「人探しは?」

「いるべきところにいる。そのうち勝手に出てくるだろ」


 ふたりは友人を探すべく、日夜奮闘している……かのように見せかけつつ。特に明確な目的もなしに、この奇抜で独特な世界をブラブラ漫遊していた。


作者が黒労働従事者につき不定期更新となります

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