婚約破棄された傷心令嬢です。
王立学園のお昼休み。
食堂では、寮での飲酒がバレて退学処分となった男爵令嬢のマデリーヌ様の話題で持ち切りでした。
皆の視線がチラチラと私のテーブルに向くのに気付かないふりをして、ひたすら昼食をいただきます。
私はコレット・ルイバー。子爵家の長女です。
私の前の席には、婚約者のフランツ様。私が言うのも何ですが、見目麗しい青年で、裕福な伯爵家の長男という事で性格も鷹揚で親切、女性なら誰でも心を惹かれるタイプの男性です。
フランツ様の隣には、私と親しい男爵令嬢のカタリナ様。華やかな美人で、男性の注目を浴びていますが、政略で決まった6歳年上の婚約者がいらっしゃるそうです。
そして、カタリナ様の向かいで私の隣の空席……。昨日までは、ここにマデリーヌ様がいらっしゃいました。
「マデリーヌ様は、飲酒を否定されていたそうですけど……」
私が言うと、カタリナ様が強めに
「でも、いつも『領地ではお酒を飲んでいた』って言ってましたわ。王都でも飲みたくなったのでしょうね」
と、断言する。
「部屋の中に酒瓶が倒れていて、ベッドの下には空の酒瓶が何本も隠されていたそうですわ!」
「まあ、酒瓶が何本も……」
詳しいですわねカタリナ様。
「酒瓶と言えば、この前行ったレストランにも沢山の空の酒瓶が飾ってあったよね。カタリナが『綺麗なので譲ってもらいたい』なんて言うから、オーナーも『どうぞどうぞ』って笑っていたっけ」
あら、カタリナ様とお出かけしたのですね。婚約者として一応言っておかないと。
「行ってませんわ、そんなレストラン」
「あれ? あの時はカタリナと二人だったっけ」
「コ、コレット様が用事があるって言ったからっ!」
気にもしてないフランツ様と対照的に、カタリナ様は焦っています。
……私に用事があるからと言って、私の婚約者と二人で出かける必要は無いという自覚はお有りなのですね。
「心配なさらなくて大丈夫ですわ。フランツ様ったら、この前はマデリーヌ様と一緒に街に行きましたのよ。私にお土産の髪飾りを買って来てくださいましたの。フランツ様にはよくある事ですわ。カタリナ様の友情を疑ったりいたしません」
なんて、マデリーヌ様もカタリナ様もフランツ様を狙っている事など気付いてますわ。
今回の真相は、そのレストランに後日カタリナ様が一人で訪れて酒瓶を譲っていただき、「無料なんて申し訳ない」とか言ってお礼にお酒を購入、というところでしょうか。
そして、マデリーヌ様が登校した後に寮の彼女の部屋に酒瓶を隠し、お酒を床にこぼして、舎監に「マデリーヌ様の部屋が酒臭い」と告げた、というところでしょうね。上手くやったものです。
などと思っていたら、いきなり三人の女生徒がテーブルを囲みました。
「もう、許せませんわ!」
「コレット様が気付いて無いと思ってハレンチな!」
「なんて面の皮が厚い人たちなのかしら!」
ふむ……、どうやら私に見えないようにフランツ様とカタリナ様が手でも握ったのですね。
でも、別のテーブルにいた人たちからは丸見えだったと……。「秘めた恋」をするには迂闊ですわね〜。
と言うか、皆さんが気付いてるなら「秘めた」じゃありませんわ。
なんだ、つまらない。
ダン!と、私は両手をテーブルに叩きつけて立ち上がると、食堂を飛び出しました。
傷ついた少女のように。
中庭のベンチに一人で座っていると、二人がやって来ました。
なんと言って切り出したらいいのか分からない二人に、こちらから
「婚約破棄でよろしいですわね?」
と、言うと、嬉しそうなカタリナとは対照的に、フランツはしょんぼりと
「うん……。ごめんね。コレットには十分な賠償をするように、父上に伝えるよ」
と、言いました。あー……、私が彼に惚れてて、とても傷ついたと信じてますわね。でも、ここでは否定しないでおきます。
「では、我が家への婿入りの話も無しと言う事で」
「うん。僕はカタリナと結婚するよ」
私たちの会話に、顔色が悪くなるカタリナ様。
「な……、何よ婿入りって」
「私の家に婿に入って、子爵になる私を支えてくれる予定でしたの」
「何で? フランツは伯爵家の長男でしょう?」
「伯爵家は、優秀な次男が継ぎますわ。フランツ様、話してませんでしたの?」
「うん、聞かれてないから。弟はすごい優秀なんだ!」
「………」
「それでは、ごきげんよう。フランツ様」
私は、少し寂しそうに言います。
「今までありがとう。君にも良いご縁があるように祈ってるよ」
上機嫌なフランツが、無言になったカタリナを連れて去って行くのを見送りながら、笑いが堪え切れない。
ついに、婚約破棄できた!
私とフランツの婚約は、フランツの無能さをカバーするためのものだ。
家柄が良く、経済的にも容姿にも恵まれて生まれたフランツは、周りの人たちの溢れんばかりの愛情に包まれて育ったため、人の悪意や害意というものにとても疎い。というか、そんな物は物語の悪役にしか無いと思っているのでは。伯爵家当主になどなったら、食い物にされるのが誰の目にも明らかだった。
そんな男が出来る仕事は…と周りが考えついたのが「爵位を持った女性の夫」だ。頭脳はそこそこ有るし、あの容姿が社交用になら使えるのではないかと。
後は妻に手綱を握ってもらおう、と他力本願この上ない。
そして、姉妹しかいない子爵家を見つけ、婚約を結んだ。もうこれで王立学園に入学しても女性問題の心配は無いだろうと、さぞ安心しただろう。実際、私という婚約者の存在を知ってもアプローチするような女は、マデリーヌとカタリナだけだった。
しかし、当の本人がせっかくのお膳立てをあっさり捨ててしまった。まあ、彼には愛情もお金も与えられて当たり前なのだから、ありがたみ何て分からないのだろう。
さて、伯爵家はどう出るか……。もう関係無いからどうでもいいけど。
新しい愛を掴んだと思っているフランツは、カタリナが政略結婚の相手が嫌で自分に近づいたなんて、夢にも思っていないだろう。彼女が政略結婚用に引き取られた庶子という事すら、調べていないに違いない。
政略結婚の相手より条件のいい男性を見つけて婚約破棄してもらおうと思ってたカタリナは、思い通りに行くのやら。
私から婚約者を奪った女と知れ渡るでしょうから、他の男性に乗り換えるのはもう無理でしょうし……。
二人の姿が見えなくなったのを見計らって、
「あーあ、やっと片付いた!」
と伸びをする。
「はしたないぞ」
振り返らないでも分かる声が聞こえた。幼いころから一緒に野原を転げまわって遊んだ、領地が隣の男爵家の三男だ。今は私と同じく王立学園の寮に入っている。
「誰のせいだと思ってるの。『コレットが子爵になるなら、僕がお婿さんになって守ってあげる』なんて言ってたくせに、いつまでたっても結婚の申し込みをしないからフランツなんかを押し付けられちゃったじゃない」
振り返って、彼を睨みつける。
「お父様に言っても、フランツの実家と繋がりができるメリットがあるから、『嫌なら、自分の力で相手有責で婚約破棄しろ』だもの。仕方ないから、『フランツ様は私のものよ』演技でマデリーヌとカタリナを必死に煽ったわよ。あ~気持ち悪かった」
彼、レオンの表情が慌てて変わる。
「好きじゃなかったのか?」
「好きなわけ無いでしょ。あんな顔だけの男」
「いや……、だって……、いきなり女らしくなるし、俺なんかじゃ……」
「それはお父様の命令。『実際に領地を運営してるのは海千山千の男たちなんだから、男勝りの女が命令するより、か弱い令嬢がお願いした方がスムーズに行く』ってことで、子爵になるには令嬢らしくならないと認めてくれないのよ」
猫かぶりは頑張って続けないと。どうやら本性が変わる日は来なさそうだから。
「で? レオンはどうするの?」
ベンチから立ち上がり、レオンに向き合う。
「え?」
「もたもたしてると、あっと言う間に他の縁談が届くわよ。いいの?」
とても令嬢らしからぬ振る舞いだが、のんびりレオンの気持ちが向くのを待ってられない。思いっきり圧をかける。
「い、今すぐ父様に手紙を書くから!」
レオンが走り去った。
そして、私はゆっくり教室に向かった。
婚約者を奪われた傷心の令嬢として、ハンカチなどを握りしめて。
2024年9月11日
日間総合ランキングで6位になりました!
ありがとうございます!
夜になったら4位になってた…。
ありがたい(*´ω`*)