邂逅
初投稿です。よろしくお願いいたします。
アルプスの水面に揺蕩う朧月
「はぁ~、極楽、極楽やぁ~。」
ここは日本でも指折りの高地にある秘境の露天風呂。都心から遥々、電車とバスを乗り継ついでようやく辿り着くことが出来た。眼下に広がる絶景は雪化粧に染まり、山河が月影に揺れて居る。
源泉掛け流しの熱い湯に身体を浮かべるとその成分が五臓六腑に染み入りよる。
ウチの名は黒須 珠緒。
学生時代から温泉に嵌まり、今ではこうして秘境の温泉郷まで足を伸ばすに至った。
この国には千年よりも前に開湯した温泉地が全国に十五ヶ所点在している。(内一つは根拠が曖昧)
太古の時代よりこの地層の遥か下でマグマの熱に晒され醸造されたその源泉は、幾星霜のときを超え、今尚、我々に大いなる恵みとしてこんこんと湧き続けとる。
火山や温泉地は日本百名山、百名水、百名森、ジオパーク等とも関わりが深く、その成り立ちを紐解けば、この島国の形成の歴史とも繋がっていく。
4つのプレートが重なり地殻変動と火山活動を繰り返した複雑怪奇な地層と地盤はその土地毎にまったく様相の異なる生態系を産み落とした。
固有種三千種以上の動植物が織り成すこの島国の生命の螺旋はいくつもの奇跡が重なり合い、育まれ、脈々と受け継がれて来よった。
“自然には神が宿る”を旨とする信仰心を持つ人々が住まう土地だからこそ、これ程の雄大で多岐にわたる生命体の保全を為せたことは相違無いやろう。
そんな連綿と受け継がれゆく、大自然の営みにおもいを馳せながら秘湯を堪能し、生命の洗濯を…となる筈が、何をどう間違えたのか、もはや風前の灯火になってもうた…。
遡ること一週間前。
「なにがアカンのや!」
「こんな奇を照らったネタ、まだ時代が追いつかねぇってんだ!」
相方の名前は稲荷 いりえ。高校時代からの付き合いで、漫才について語る内に意気投合し、漫才コンビを組んではや四年。慣れ親しんだ古典漫才からの脱却を計り、自分たちのスタイルを確立させようと日々もがき、苦悩しながら舞台に立っていたがお客さんの反応は芳しく無く、お互いの目指す方向性もズレ始め、暗礁に乗り上げていた。
「アカン、このまま話し合っていても平行線や。一旦冷却期間おかへん?」
「是非も無ぇ、ちょいと互いの考えまとめてから、改めて話し合おうじなぃかぃ!」
方向性の違いで解散…どこぞの売れっ子ミュージシャンやねん…。
もちろん今までに無い形何てすぐに受け入れられる筈も無く、結果を急いでも致し方無かったが…自信があっただけに、どう改善案を出せば良いのか答えが出せずにおった。
「それで答えは出たのかい?」
「ファッ!?稲荷!?なんでここにおるん?」
「わからいでか?」
気付けば相方が後ろに立っとった…。
いや、ウチがここに居ることを稲荷が知っているのは当然やった。休みの日にどこに行こうかいつも話していて、ここは真っ先に候補に上がっていた。
彼女は湯浴みを済ませたあと、静かに湯船に浸かり、ウチの隣に腰を降ろした。
「はぁ~、なんとも言葉にならないねぃ」
深呼吸をしながら力を抜いてゆく相方にゆっくりと話し始めた。
「あー、そのな、まだ上手く言語化出来てへんとこがあんのやけど、結論急がず聞いて欲しいねん。」
「あぁ、わかってらい。最初からそのつもりでぃ」
相方の気遣いがなんとも身に染みりよる。彼女の振る舞いから、何とく多分彼女自信もまだ明確な答えを出せていないんやろう…。
「漫才の方向性を考える上でな、まず考えたのが、今の日本に訪れている海外の方たちの間で何がバズるのか色々考えてみたんやがな…」
「お、おう…!?」
「何となく温泉街来そうやなぁ…と。」
「中々、大胆な予想じゃねぃかぃ…と、いうか温泉の良さは既に海外の方々もよく存じてんじゃねぇのかい?」
「ああ、言い方が悪かったな…もっと凄い勢いでバズる気がすんねん。」
「それは自分が嵌まったからじゃなくてかい?」
「正直それもあんねん。コロナ禍とか震災とか色々大変やったし、もっと盛り上がって欲しいなぁとも思うねん。けど、それ以上に、今の若い人たちにもっと温泉地の価値と存在意義について今一度考えて欲しいねん。」
「ほう、それじゃちょいと語って貰おうじゃねぃかい。」
「あぁ、よく日本は資源が無いゆうとるやん。」
「まぁ、石油産出国からすれば、なんとも脆弱そうに見えてしまうのも仕方あるめぇ。」
「そうやなぁ。ただなぁ、石油とミネラル水どっちが高いと思うねん?」
「そりゃ、お前ぇ、今時、500mlで200~300円はざらだからなぁ。ミネラル水だろがい。」
「せやねん。元々、地下水自体がこの星の水の総重量の0.6%しか無い稀少資源やねん。それがこの国では湧き水も温泉水も川なって溢れるくらい湧いとんねん。」
「水資源の乏しい国々からすれば何とも贅沢な話しじゃねぃかい。地下水汲み上げ過ぎて地盤沈下まで起こしてる国まであるってんだからよぉ。」
「そうやねん。そんな大自然の恵みが毎分何千リッター、多い所なら何万リッターと湧く温泉郷や湧水地が全国各地にあるおかげで、あ○み野のわさびや魚○ま産のコシヒカリが育ち、極上のウイスキーが醸造できる環境がととのうねん。」
「なるほどねぃ。様々な要因が絡み合って出来た奇跡ともいえるこの環境の有り難み…もっと噛みしめようって話かい?」
「そう言う事やねん。さらにゆうとやな、古くから続く温泉地はその源泉を守り、そこに根付いた文化や伝統を伝え、紡いできた…いわば歴史の生き証人やねん。」
「そうかい…温泉地自体が神代の時代から続くこの国を物語る存在だってぇ訳かい。」
「せやねん。その辺りの有り難みをどうすれば伝わるのか、改めて考えてみたいと思うねん。」
「う~ん、そうさなぁ、遥か昔、天の○家が認めた効能がある温泉地が三御湯と云われ、一般の人は利用出来なかったっらしいなぁ。ただ、地元の人たちも盛り上げようとして、色々試してんだろがい。」
「あぁ、もちろんその辺り踏まえて、どうするか提案していこうかなぁと。」
「おう、ところで漫才の話はどこ行きやがったんでい?」
「それな…遠回りやけどこれが最短ルートやねん。」
「…そうかい。それじゃその提案とやら、聞かせて貰おうじゃねぃかい。」
「まずは〈祭り〉やな。」
「おう、地元の文化や伝統、旨い飯を手軽に体感できるイベントといやぁ、祭りだよなぁ!ただ、温泉祭りと言ったら古くからあるだろがい。」
「そやな。だから、もう一捻り入れんねん。」
「ほう、そいつぁどんなでい?」
「名前のインパクト勝負って所やな。例えば、札幌雪祭りみたいな札幌=コレといった印象を与えるものやねん。」
「言いてぇこたぁ解るが、祭りにゃあ、歴史や文化みてぇな“箔”が大事だろがい。」
「まぁ、そこは地元の方々が積み上げてきたものを全面に押し出して行けばええやん。それに、日本人とっては、それが何よりも響くんやろうけど、海外の方々からすれば、その地域が盛り上がって、そこに参加している感が何よりも大事だと思うねん。」
「う~ん、そりゃそうかい。それでインパクトのある名前ってなぁどんなのがあるんでい?」
「まずは、分かりやすいとこで〈伊豆の踊り子祭り〉とかやな。古本市とか並べて文豪について語る会を主宰して、踊り子たちの舞いを楽しんでいただく…みたいな感じかやなぁ。」
「確かに、読書家にはこれ以上ないイベントだなぁ。でもそれ、海外の方には伝わらねぃだろがい」
「まぁ、そうやけど…
海外の方々は浴衣着て出店回るだけでも楽しいと思うねん。」
「…主旨何でもいいじゃねぃかい」
「そうは言うけど、まず日本人のお客さんたちが盛り上がってないと説得力ないやん?」
「ちげぇねぃ。それで他にはどんな案があるんでい?」
「そやなぁ、箱○峠の紅葉めっちゃ綺麗やし箱○紅葉祭りとかどうや?」
「おう、いいじゃねぃかい。箱○山が赤や黄に染まる光景が目に浮かぶぜぃ。だけど、箱○山といやぁ、マラソンとか紫陽花じゃねぃかい?」
「もちろん、それもええねん。ただ、ドライブやツーリングシーズンに紅葉の絶景や祭りで盛り上げてお客さん取り込むのは理にかなっとると思うんや。」
「首都圏近いし、富士山も近い。この時期の印象アップは確かに集客力に効果てきめんだろうなぁ」
「個人的には、登山鉄道でゆっくり山々を眺めながらってのも乙やなぁと。」
「全国でも有名な路線があるならそこ盛り上げるのは必然てぇヤツだな。で、他にはどんな案があんでぃ?」
「そうやなぁ、信げ○餅有名やし、信げ○公祭りとか、東北なら政む○公祭りとか。実際に、どうする家○すで盛り上がったし、あのときもっと市町村が全力で乗っかっておけば…とも思うねん。」
「まぁ、コロナ禍の影響もあって余裕無かったろうし、仕方あるめぇ」
「あと何気に温泉祭りと将棋や囲碁大会って相性ええやないんかと。」
「温泉入って日がな一日、将棋や囲碁楽しんだ後、祭りでってぇ話かい?」
「せやねん。バズるの狙うならイベント重ねるくらいしてもええんとちゃうんかな。」
「対費用効果考えたら効率良いのは間違いねぃなぁ」
「全国でも名の知れたイベントがあるなら全力で乗っかればええねん。浜○湖とか浜○つ城や掛○わ城みたいにお金掛けて整備したなら、浜○つ祭り期間に祭りして、バズる可能性を考えるべきだやろう。」
「ゴールデンウィークに色々見て回れるのは有り難てぇが、混雑し過ぎて身動き取れねぇのもな…」
「せやな。さすがに無茶振りが過ぎたわ…ほな、祭り意外のイベントも提案させて貰うわ。」