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蒸気の中のエルキルス  作者: 上津英
第5章 それは追い詰められた蒸気のように

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2-47 「……この生活、気に入ってたんだけどね」

 不意にノアの声が受話器から離れた。どうやらドミニクに何か聞いているらしい。


『そうだけどケチらず地下鉄乗れば済むっしょ。会ったら? まあお邪魔虫も着いて行きますけどー?』


 受話器の音を一緒になって聞いていたかのような至近距離で、ドミニクの声が聞こえてくる。あまりにハッキリ聞こえてくるので、思わず苦笑してしまった。


『んじゃ学校終わったら僕らが教会行くわ。今日は霧が出んだってさ、そんな日に女子が出歩くのは危ねーだろ。17時前くらいで大丈夫か?』

「うん! 気を遣ってくれて有り難う〜ノアさんって……優しいね。じゃあクッキー準備しておくね! いっぱい作ったから、ドミニクさんもドミニクさんのご家族も良かったら食べてー」


 時間を決める際壁掛け時計を見たが、もうすぐ牧師館を出ないといけない時間だった。もう少し話していたかったが残念だ。


「じゃ、もう出るから切ります、ごめんね」

『ん、わざわざ有り難うな。気ぃ付けて、またなー』

「うん、ばいばい〜ドミニクさんも有り難うね-」


 別れの挨拶を口にし、名残惜しいけれど受話器を置いた。


「また、か……」


 また、って言葉が嬉しい。受話器を置いて急いで牧師館を出た。

 お天気キャスターが言うに、今日は夜から霧が濃くなるらしい。

 空を見る。ノアと会う時霧は大丈夫だろうか。この辺りは一段と霧が濃い。

 出来たら澄んだ時に会いたいな、と青い空を見ながら思った。


***


『スケアリー・メアリーへ。


 返信と写真有り難う。

 実はスケアリーに謝りたい事があるんだ。

 実は僕……ううん、私は本当は女なんです。

 騙すような真似して本当にごめんなさい! 男の子の気分になって話せるのが楽しくて、ずっと男の子のフリをしてました。前送った写真は、勿論私じゃなくて友達なんです。

 だから変に言い訳をしてスケアリーと会うの断ったんです。それであわよくば今まで通り関係を続けられたら、って調子の良い事を……本当にごめんなさい、最低でした。


 でもそれじゃあ駄目だと思ったんです。

 嘘を吐く人間になりたくなかったし、スケアリーとのやり取りは楽しいから嘘を吐いてつまらなくしたくないなって思った。それに……スケアリーの写真を見て胸が痛くなったから。だから正直に言おうと思ったの。

 ただ、全部が全部嘘だったわけじゃ無いよ。エルキルスに住んでるし、高校生なのも本当。

 それでね……もしスケアリーが許してくれるなら、スケアリーともう一度出会い直させてくれませんか? 嘘を吐いていない私と、もう一度友達になって欲しいんです。それで改めてオムライス食べに行こう?

 今まで本当にごめんなさい。返信くれるの、何時までも待ってます。


 ノイ改めイヴェットより。」


***


 ティナ・ホアンは今、河原に張ったテントの中でノイ──イヴェットからのレシレタを読んで目を丸くしていた。


「……まさか謝られるなんて」


 口を半開きにしてしまう程、イヴェットが正直に打ち明けて来た事が雷に打たれたように衝撃的だったのだ。

 レシレタなんてぷっつり途絶えさせてしまえば済むのに、イヴェットはそれをしなかったのだ。


「良い子だな」


 思わず呟いていた。

 周囲から愛されて育ったのだろう。アンリだってイヴェットの事を聞いた時警戒していた。


「どこかの嘘つきとは大違いだよ」


 黒い天然パーマの大学生の顔を思い出し、吐き捨てるように言った。

 何も知らない、どうせ分からない、と思って、エンリケ殺しで嘘を吐いたのだろうか。そしてサポートだけ求めるつもりだったのか。

 こんな手紙の後だから余計思う。イヴェットのように正直に認めてくれたのなら、まだ許せていた。


「イヴェット君とオムライスを食べられたら素敵だったろうなあ」


 12歳離れているけれど、それが何だと言うのだろう。大切なのは年齢ではない、波長だ。

 寧ろイヴェットが自分を許してくれるかの方が心配だ。自分だってヴェンツェルだと偽っているのだから。


「……」


 目を伏せて、イヴェットとオムライスを食べて笑い合ってる光景を思い描く。

 ──でも。


「でも、ごめんね。返事はもう書けないや」


 顔を上げて呟く。

 イヴェットとこうなって丁度良かったのかもしれない。

 踏ん切りがついた。自分にはやる事があると言うのを思い出させてくれた。


「……この生活、気に入ってたんだけどね」


 色々な人が居て面白かった。少し寒かったけどそれも新線だった。でももう終わりだ。

 名残惜しいとばかりに呟いた後、ティナはスケアリーになる為の準備を始めるべく、テントの床上に散らばっているジャンヌから貰ったチラシを拾い撤収の準備を始めた。

 まずはジャンヌと会う約束をしよう。


***


 ──今日ノアを誘拐しなければ。


 そう心に決めると、後は面倒臭くなってヴェンツェル・ラグナイトは午後の講義をサボる事にした。一度家に帰ってキャリーケースを準備する時間も作りたかった。

 スケアリーに家を用意されてから約2週間。

 この辺りの道にもすっかり慣れた。薄い霧の中何時もより慎重に走るバス馬車が横を通り過ぎて行く中、青いマンションまで歩いていく。

 昨日言われた通りポストに入っていた金を回収して5階まで階段で行き、家に戻ってバイト先の工場からくすねた大きめコンテナとキャリーケースを引っ張り出す。


「ノアは今日ルイリーフの床屋に直帰するから、あの道通るかな……けどオレは郊外行かなきゃだし、エルキルスのが死角は多いし……」


 ぶつぶつ言いながら弁当を食べメスや注射器の準備をしていく。

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