2-44 「ち、違う……違うよ、スケアリー」
「あっとー……ヴェンツェルさんのカリキュラムについて、なんだ」
この間はなんだろうか、と訝しみながら調べて欲しい事の詳細を伝える。口にすると本当にヴェンツェルが怪しいか分からない些細な事に思えた。
『それは調べる、けど……調べた方が良さそうだし……でも、回答は明日の朝、になるかな。それでも良い?』
「んー、いや良いよ今回はしなくても。ただのヴェンツェルさんの趣味かもだし?」
『うーん……それは流石に無い、と思うよ。俺が知ってる限り、2年生でそれはしない、から』
クルトにしては随分とはっきり言う。クルトもヴェンツェルに、もしかしたら何か思うところがあるのかもしれない。最初はこんな事でと思っていたが、クルトの態度から笑い飛ばせなくなっていた。
「やっぱそうかー……」
『うん……お言葉に甘えて、電話しないかもだけど……今ってドミニクの家、だよね? 気を付けてる?』
「ん、ルイリーフのバーバーエルティボってところ。登下校は一緒だし、最近1人になんねぇよ」
自分の話題になったのが分かったのだろう。すぐ近くに立ってそわそわしていたドミニクが、ちらりとこちらを向いたのが分かった。
『なら良かった……そのまま警戒しててね。あの……切り裂きジャックっぽい死体が、出たから』
「ん。あ、ニュースで言ってた奴か? それ。身元不明の男だって」
『うん、それ……赤毛でも、ミトズロッドの人でも無いんだけど。……一応ね』
ふーん、と相槌を打つ。なら模倣犯なのだろうか。
確かヴィクトリア朝の切り裂きジャックも、数件模倣犯を疑われている。ああいう猟奇的な殺人には、どうやら模倣犯を呼び寄せる魔力があるらしい。
でも模倣犯で良かったかもしれない。この事件に切り裂きジャックとの関連を報じられていたら、自分はヴェンツェルを怪しく思わなかっただろうから。
『あ……そろそろ切るね。情報提供、有り難う。じゃあ』
「ん、じゃあな。聞いてくれてこっちこそ有り難う、仕事頑張れよー」
刑事課の人間を捕まえて長電話が出来るわけがない。そんな事分かっているのですぐに受話器を置く事が出来た。
「ヴェンツェルさんって……切り裂きジャックじゃなかったら、まー随分良い趣味してらっしゃいますね」
顔を上げた自分に、ドミニクがぼそっと呟いた。その顔は何時もよりもムスッとしていて、怒っているように見える。
「いやー……医学生って案外そういう良い趣味の集団かもしれねぇぞ?」
「あっは、それは医学生への凄まじい偏見だよ」
自分の言葉に、親友はおかしそうに目を細めて笑った。
お互い楽しく話す気分でも無くなり、この後ドミニクは口数少ないまま浴室に向かい自分ももう寝てしまおうかと思った。
***
『18日に見付かった遺体の身元が、先程確認されました。遺体は住所不定のエンリケ・コールソン56歳の物であり──』
自分が行った殺人についてのニュースがラジオで流れると、ヴェンツェル・ラグナイトの機嫌は一気に良くなる。
自分のした殺人が人に影響を与えている──その事実に、何時だって鼻歌が零れるのだ。11の時にした殺人では、ラジオは聞けなかったから。
「んー……っわ!?」
しかし、それはけたたましく鳴り響いたコール音によってかき消されてしまった。
「こんな時間になんだよっ」
今は寝ている人の方が多い深夜だ。こんな時間にセールス電話が掛かって来るわけがない。
スケアリーだと確信し、苛立ちをぶつけるように乱雑に受話器を持ち上げた。
「はいっ!?」
『エンリケを殺したのは君かっ!?』
こちらの苛立ちがおままごとに感じてしまうような、挨拶も無い鬼気迫った怒号が飛んできた。
「っ」
何でそんなに怒っているんだ──反射的に肩がビクッと飛び跳ねた。
「な、なんだよスケアリー……。いきなり、さ。そんな。連絡、当分良いって言ったのに……」
『良いから、答えろっ!』
「エンリケってホームレス──」
「彼を知っているって事はやっぱり君なのか! 君に頼んだのはミトズロッドの件だけだ! 犬くらいは良いけどな、人間はやり過ぎだっ!」
「な──」
「で、君なのか!?」
開こうとした唇の動きが止まった。
なんでそんなに怒るんだ。
もしかして、あの何時も定位置に居たホームレスとスケアリーには何か接点があったのだろうか。そんな接点が何処にあるか皆目見当が付かないけれど。
緊張で知らずに体が強張っていた。受話器を握る手に力が入る。
「ち、違う……違うよ、スケアリー」
『本当に?』
スケアリーの声は明らかに疑っている。前から考えていた通り、知らないフリを貫き通そうとしようと口を動かした。
「本当だよ……。名前を知ってたのは、さっきラジオで言ってたから、だし……」
早くこの電話を切りたい、と思いながら応えていく。
先程偶然ラジオで報じておいてくれて助かった。おかげで違和感がない。
『……エンリケも肝臓を持ち去られていたようだが?』
スケアリーも自分の言葉に矛盾が無い事は分かっているのだろう。先程よりも語調は弱い。が、詰め寄って来る姿勢は変わらない。
「っだから知らないってば! 模倣犯だろ、そんなの。切り裂きジャックが肝臓を持ち帰るのだって知ってる人は知ってる情報だろ! なんでもかんでもオレのせいにしないでよっ!!」
自分に何を言わせたいんだ――そう思うと苛立った。返す声も大きくなる。吸音シールが無かったら確実に近所迷惑になっていただろう。
『だけどね………………いや、もう良いよ』
何かを言いかけたスケアリーは、しかし途中で諦めたように呟くと態度を一変させて大人しく謝って来た。
『そうだな、すまなかったよ』
「う、うん……分かれば良いよ……」
先程まで烈火が如く怒っていたと言うのに、こうも殊勝になられると調子が狂う。どういう風に返したら良いのか逆に分からなかった。
『…………』
「…………」
模倣犯だと思ってくれたようなのでそこは良かったのだろうが、何も喋らない時間が続いたのは苦痛だった。




