2-39 「……ロイコクロリディウム」
自分だって偽名を使っている上、ノイの真実を知ってて話を切り出した身だ。知っているのに、会いたい、と書いた。試した、とも言える。
人をつい試してしまうのも、壊れる前に壊したくなるのも自分の悪い癖。勝手に期待した自分が身勝手で、一番悪いのは重々承知している。
でも。
性別詐称をしていたと正直に言ってくれれば、自分もティナ・ホアンとして手を握るつもりだった。なにせノイ――イヴェットとはあんなに話が弾んだのだから。
だから余計、自分の事を棚に上げて悲しく思ってしまうのだろう。嘘を吐かれた、と。
「残念だな……嘘つきは嫌いなんだよ」
目を伏せて呟いていた。自分でも何が残念で、誰が嫌いなのかは分からない。
ただ、もうノイとの終わりが近い事は分かった。
こうなったら自分も違う誰かの写真を同封してやろうと思い――鞄の中に丁度良い写真があった事を思い出す。
アンリに頼まれて用意したヴェンツェルの写真だ。
彼に渡す分と自分で持っておく分とで、2枚現像しておいたのだ。
あれを入れよう。そして一言「自分は殺人鬼だ」と悪戯に添えるのだ。
「どうなるだろうね」
イヴェットは先月事件に巻き込まれているとは言え、女子高校生に変な写真を送ったくらいで何かが変わる気もしない。
ただ運命の歯車は気まぐれだから、何かの弾みでこの程度でも変わる気もする。
目を伏せたその時。
「──っ」
「──?」
外が何時もより騒がしい事に気が付いた。
ミトズロッドの検査対象者を殺害する根回しをする為、コーマス川沿いで春からホームレスごっこをしている。
一度やってみたかったのだ。自分のように日中居ない者も多く、思ってた以上に心地が良かった。自分が義足だと知っても詮索しないから嬉しい。みな心優しいし物知りで、夫の暴力から逃げて来たシングルマザーなど驚くくらい色々な人がいた。
広い家で暮らしていた自分にはこの狭いコミュニティが楽しかった。河原生活が長い人を先輩と呼び敬うくらいに。
「どうしました?」
テントから顔を出し、霧の中立ち話をしている中年ホームレス達に質問する。
「あっこの声はティナちゃんか? それがエンリケの奴が昨夜から見当たらなくてさ。定位置にも居ねぇし、1杯やる約束してたのによー。何か知らねえ?」
「エンリケ先輩が? いえ……ばったり人と会ったのでは?」
首を横に振る。
エンリケは定位置から河原に戻って来たら、真夏の太陽のようなムードメーカーになる。初めて自分がこの河原に来た時も、エンリケは誰よりも親切にしてくれた。思えば彼が「お世話になってる人が困ってる」と困っていたから、自分はアンリに「弱味を握りたくて」とか何とかうそぶいて手を貸したのだ。
「だと良いんだけどな〜。最近切り裂きジャックがどーとか世間が騒いでるからさ。あの人昔、ゴロゴロ居る娼婦とか狙っただろ? だったら俺達が対象になっても不思議はないし心配でなー」
「それは心配しすぎだと思いますよ。でも心配ですね」
切り裂きジャックの正体も目的も知っている為笑って返し、特に問題は無さそうだと判断しテントの中に戻る。
イヴェットへの返信を書き、ヴェンツェルの写真を同封する為だ。近所だし、郵便局員が精を出してくれるので有り難い事にきっと半日で届くだろう。
空気が入り込んだ影響か、テントの中は先程よりも寒かった。
***
リチェ・ヴィーティが昨日久し振りに家で休めたように、昨日は黒髪の後輩も家に帰っていた。
しかし後輩は途中大家に叩き起こされ、大家の姪から秘密裏に相談を持ち掛けられたと言う。
「家に女の子上げて? 話を聞いた? お前が? はっは偉い! 良く頑張った! 今度焼肉奢ってやるよ! ってか次から俺呼んでくれよ!」
夕日差し込む刑事課の隅。進展があったという捜査状況を後輩から聞きながら、喜劇を見ている時のように笑っていた。
「死ぬかと思った…………香水キツくて怖かった…………」
「何時か良い匂いに感じるから安心しろ。にしてもミトズロッドの下水とはなー。その女の子も思った通り、タイミング的に切り裂きジャックと関係ありそうだ」
「やっぱさ、切り裂きジャック……本当に赤毛の男子生徒、狙ってるんじゃない? だってさ、下水情報から得られるのって……主に遺伝子情報……だし」
無表情ながら何時もより疲れて見えるクルトが、ぽつぽつと呟く。
「可能性はあるな。赤毛の男子生徒を狙って肝臓を抜き取る理由ってなんだよ、って疑問は残るけど」
「うーん……珍しい肝臓の人が赤毛の男子生徒の誰かだった、とか……?」
「そしたら切り裂きジャックは肝臓マニアってか。はーっ世の中には何にでもマニアが居るな。俺の友達には寄生虫マニアが居るぞ、カタツムリを洗脳する寄生虫が可愛くて好きだって言ってた。ロリクロ…………なんだっけ?」
長ったらしい名前だとは覚えているが、その寄生虫のフルネームが思い出せない。助けを求めるように後輩に視線を向ける。
「……ロイコクロリディウム」
「あ~それそれ、有り難う。本当世の中って変なマニア居るよな。肝臓マニアが居ても案外不思議は無いのかもなあ」
スッキリした。
寄生して生きていく弱者の強かさについて、居酒屋で延々と語っていた友達の顔を思い出す。一緒にエルキルスに出て来た高校からの長い友人だ。
「…………肝臓マニア?」
ふと、自分で自分の言葉に引っかかりを覚えた。
昔、その友人の前で肝臓マニア、と口にした記憶があるのだ。
「…………」
突然黙りだした自分に、後輩が困惑したように視線を泳がせ同じように黙り込んでしまった。
『うへ、とんだ肝臓マニアの小学生が居たもんだなー……』
あれは9年前。
自分が15歳の高校生で、まだ湖水地方に居た頃。
地元で、11歳の少年が友人である10歳の少女を殺害した事件が起きたのだ。犯人が少年だった為、全国区の報道では一部分しか報道されていなかったが、地元民である自分の耳に入って来る噂は少し違った。
「えーっと……」




