2-35 「最近イヴェットさんが楽しそうなんですよ」
姿勢が良い事もこの青年の特徴である為、無駄遣いのような容姿の端麗さも相まって残念な事にすぐ分かってしまう。
「ユスティン!?」
意外な客にこちらも思わず反応していた。
「っなんでノアさんがここ居るんですか!? ここルイリーフですよ!?」
「生きてればそりゃエルキルス以外も行きますけど!?」
どうやらこの牧師は、自分をエルキルスにのみ棲息している生物だと思っているようなので否定する。
この青年がバーバーエルティボに居るという事はイヴェットからあの格安クーポンを貰ったと言う事だが、ここがドミニクの家で自分がお世話になる事は言っていないのかもしれない。
「どしたのクリストフさん?」
順番を待っている客も4人居るので、出入り口でぎゃあぎゃあ騒いでいた自分達が気になったらしいドミニクが声をかけてくる。
「あっ……悪ぃ、この人顔見知りなもんでさ。ほら昨日イヴェットが言ってたろ、髪を切りたい叔父が居るって」
「え、いやいやご冗談を~この人お兄さんでしょ?」
姪が叔父の話題を出していた事が嬉しかったのか何なのか、ユスティンはピタリと大人しくなってしまった。
ドミニクは青い垂れ目を細めて、行儀良く椅子に座ったユスティンに笑いかける。
「こんにちは、お兄さん。イヴェットさんの友達のドミニク・クロスです。わざわざルイリーフまで来てくれたんですか? 嬉しいなぁ。順番来たら呼びますんで、ごめんなさい、それまでお静かにお願いしますっ! お兄さんお名前は?」
「ユスティン・スティグセンです。ドミニクさん、うるさくして申し訳ありませんでした」
別人のように愛想良く言うユスティンに嬉しそうに笑ったドミニクは、次に自分を見て「ノアも静かにね」と唇を尖らせたので少し腑に落ちない。
「お客様、申し訳ありませんでした」
順番を待っている他の客にも謝り、後は大人しく仕事をした。ユスティンもこちらを見ないようにしている。
突風が吹いた後の店内は静かで、仕事をこなしている内にユスティンが順番を呼ばれていた。ラジオから海外の曲が流れる中、レジを打ち終えユスティンの席回りを片付けに向かう。
と。
「あの。イヴェットさん、こちらをノアさんの友達の床屋だとは言っていましたけど……どうしてこちらに貴方が?」
ラジオに掻き消されそうな程小さな声で、ユスティンは嫌そうに話しかけて来た。思った通り、イヴェットは店を手伝いに来るかまでは分からない自分の事は言っていなかったらしい。
「ドミニクの家に今お世話になってるんだよ。今親留守にしてて一人暮らしだから、男子高校生大好きな切り裂きジャックに万が一にも狙われたくねぇから外出ねぇで避難してんの。だからバイトってかお手伝いだよ、ただお世話になってんのも悪ぃだろ」
「はあ。それは立派なんじゃないんですか」
雑に相槌を打って来たユスティンは、理由を聞き終えるとすぐに正面を向いてしまった。チラリと横顔を盗み見たが、イヴェットに叱られた時のように不貞腐れて見えた。
何なんだ……と思いながら、慣れてきた床屋の仕事に戻る。何時の間にか剃刀の消毒は自分の担当になっていた。
髪を入れたゴミ袋を勝手口に置いてくると──いつの間にか雨が降り出していた──ドミニクの父親にレジを頼まれた。
はいはーい、とレジに行くと台の前に立っていたのは、クーポン券を取り出していたユスティンだった。
「……有り難うございましたー」
青年を見ないように事務的に対応していく。向こうも特に何も言って来なかった。
淡々と支払いをしていた時。
ふとユスティンが呟いた。
「最近イヴェットさんが楽しそうなんですよ」
その青い瞳はこちらを見ていないが、確かに話し掛けられた。意図が読めず、何回か瞬いた後小声で返す。
「良い事じゃんか」
「そうですね、きっと友人に恵まれているのでしょう。高校以外にも、貴方やドミニクさんみたいに外部の方にも。思うところは山どころか星の数ほどありますが、これからもイヴェットさんと仲良くして下さい」
ボソボソと言う内容は姪馬鹿にしては随分と真っ当で、らしくないように思った。
「……」
意外に思って見ていたら、こちらを見ないようにしていた碧眼がギロリとこちらに向けられた。
「…………口にしたらやっぱり凄い嫌になりました。前言撤回です仲良くしないでください! 有り難うございました!」
今まで大人しくしていた牧師は一転してむすくれだし、声を荒げて店の奥にいるドミニクの父親に礼を言うと、一度自分を睨み付けてから店を出て行った。
突風が再び吹き良く分からない難癖に唖然としていたら、ドミニクが肩を揺らしながら話し掛けてきた。
「イヴェットさんのお兄さんって、もしかしたら物凄ーく面倒臭い?」
「もしかしなくても面倒臭ぇよ」
「あはは! お前もお兄さんも大変だ! あ、クリストフさん1回裏下がってお茶飲もー?」
目を細めたドミニクは傘入れを拭いた後、笑いながら店の奥に戻って行った。
「ん」
今日雨が降るなんてラジオで言っていなかったのにな、と思いながら客足も落ち着いてきたので一度休憩をする事にした。
***
何でこうなったんだ。
数日ぶりに1人で暮らしているアパートで就寝する事になった6時間後。
14時と言う中途半端な時間に、大家に叩き起こされたのはまだ良い。大家はクルト・ダンフィードと言う人間が、警察官である事を知っているのだから。
でもこれは、ちょっと――いや、かなり嫌だ。
「お休みのところ申し訳ありません。堂々と警察署に行くのは嫌だったので。かと言って公衆電話から通報と言うのも。いざとなったら警察はカードから私を特定するでしょ。それは困るんです。ですからクルトさんに内密にお話したくて」
「あっ……い、いえ…………はい………はい………………」
1Kアパート故本棚のせいで狭い部屋。
テーブルで向き合っているのは、大家に紹介された姪っ子だった。何でも、こっそり情報提供したい事があるらしい。
エルキルスの下水道局で働く、自分と同じ夜勤明けの20歳の女性。
薔薇の香水をつけたフルメイクの女性、と言うだけで女性らしくて怖いのに。その上この姪っ子は、見るからに気が強そうで恐ろしかった。
大家が去り際「クルトさんは無口だから貴女がリードするのよ」と、仲人のような釘の差し方をしていたのも変に緊張する理由だ。




