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蒸気の中のエルキルス  作者: 上津英
第4章 それは止まれぬ蒸気のように

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2-32 「あー……本当、肝臓って人によって違うよね……面白いなあ」

「暫く人殺せなさそうだし……」


 こうイライラした時、昔は良く人や野犬を殺した物だった。湖水地方からルイリーフに行く旅費と、進学後の学費を稼ぐついでにではあったが。

 少年院を出た後、保護観察官を騙す為表向きは大人しくしていたが、強盗も兼ねて登山者を殺していたのだ。

 肝臓を摘出し、重しをつけて湖に捨てると言う行為を繰り返していた。こうすると気分が晴れたし懐も潤ったが、登山者の行方不明届けが増えるのは良くないと判断して止めた。


「ノアの返事は微妙だし……」


 どすどすとベッドを殴りながらボヤきを続ける。

 これが一番の誤算だったかもしれない。

 警察の様子を見ている間ノアの採血をしておこうと思ったが、それも断られてしまった。ノアは自分に礼を言ってくる良い奴だ。難なく出来るだろうと思っていたから、まさか断られるとは思わなかった。


「ノア帰って来ないし……」


 夜にもう一度会いに行こうと思ったが、隣の角部屋の窓はずっと暗い。金曜日だからどこか行ってるのだろうか。それとも、聴取室で言っていたように何処かに避難したのか。


「なんだよ今日っ」


 スケアリーと取引をしてからは万事上手くいっていただけに、不運まみれの今日が一層つまらなく感じる。


「くそっ、こういう時は……っ」


 自分には、麻薬のように自分を楽園に誘ってくれるものがある。

 冷蔵庫に入れた肝臓だ。一日に何回も見てしまうと感動が薄れてしまう為、野菜室に入れたガラス瓶は一日一回しか見ないと決めていた。

 ガバリ! とベッドから身体を起こしリビングへ駆け、キッチンにある鉄製の冷蔵庫の前に急いだ。

 野菜室を開け赤黒い瓶を視界に映すと、胸いっぱいの感情が込み上がって来る。


「あー……本当、肝臓って人によって違うよね……面白いなあ」


 野菜室には大小20個以上の瓶が入っている。いずれも出所後に老若男女や動物から摘出したコレクションだ。最近男子高校生の肝臓が2つ増えたので、全体的に若返ったように感じる。


「……」


 大小さまざまな肝臓を見ていると、偶に昔の事──自分が少年院に入る前の事を思い出す。あの頃はまだ楽しかった。

 あの子に怒られるまでは。


「あ~っ! モヤモヤしてきたー!」


 手に入らなかった一番欲しかった肝臓を思い出し、2歳児のように大きな声を上げた。しかし、この程度で胸中のモヤモヤが晴れる事は無かった。


「……誰か殺しちゃおうかな」


 金髪のあの女性には「余計な殺人はするな」と言われているが、模倣犯だと言い張れば良い。

 問題は誰を殺すかだ。野菜室を開けたまま暫く考える。


「……」


 ――そうだ。

 川辺にホームレス達が居るじゃないか。

 19世紀の切り裂きジャックは、ホワイトチャペルに数多いる娼婦を切り刻んだ。

 だったら24世紀の切り裂きジャックである自分も、数多いるホームレスを1人くらい切り刻んでも良いのではないか。


「ふふっ」


 そう結論を出し、ほくそ笑んだヴェンツェルは計画を練る事にした。


***


 夕飯を食べたらアンリは教会に戻ってしまう事が多いので、寝るまでのこの数時間イヴェット・オーグレンはユスティンと2人っきりになる。

 祖父母も両親も異動した直後は少しこの時間が寂しかったが、今ではすっかり慣れてしまった。


「そうだ叔父さん、これあげる」


 脱衣場を出たばかりの叔父に話しかける。10月にもなると、この時期の廊下は少し寒い。

 濡れた髪を白いタオルで拭いている叔父が、自分が差し出したバーバーエルティボの半額クーポンを見下ろす。


「何ですか? これ」


 ボディーソープのサボンの匂いを漂わせながら、叔父は嬉しそうに、けれど怪訝そうに眉を顰めた。


「友達の友達の家がやってるルイリーフの床屋の割引クーポンだってさー。今日貰ったの。家族にあげて、って。せっかくだからここで髪切ったらどう? すごーく安いよ?」


 誰かと話しているとスケアリーに対する気持ちが落ち着いた。


「へえ~。半額とは凄いですねえ。有り難う御座います、明日土曜日ですから早速行こうと思います」


 目元を緩める叔父を見上げながら、一息吐いた後話を続ける。廊下は寒いので、自然とリビングに戻っていた。


「……友達ってノアさんなんだけどさ。ここはノアさんの友達の家なんだって」

「へっ」


 思った通り叔父はノアの名前に呆気に取られ、煙突からピンクの煙でも出て来たかのように驚いていた。


「ノアさんに会ったんですか? 今日!?」

「うん、今日ノアさんに用があったからちょっと。ミトズロッドまで行ったんだけどやっぱあの辺警察多いね、切り裂きジャックを警戒してるんだろうなあ」


「それは大変素晴らしい事だと思いますが、今日!? だからもしかしてカメラ持っていったんですかっ!?」


 叔父はドライヤーを持ったきりこちらを見て慌てていた。何時もより見開かれた目を見ながら、叔父の指を代わりに押してドライヤーの電源を入れ、腕をUFOキャッチャーという昔の遊びのように持ち上げた。

 昔ドライヤーは温風で乾かすのが主流だったようだが、今は朝露が晴天で乾く時の原理を用い、光で乾かすのが一般的だ。


「叔父さんには関係ないですー。後さ叔父さん、ノアさんにいちいち反応するの止めてよね」


 ツンと言い返すも叔父の腕が一向に動く気配が無い事を察し、「はあ」と溜息を吐きながら代わりに金色の髪を乾かしていく。

 自分が小さい時は叔父が自分の髪を乾かしてくれたのに、今日は立場が逆になってしまった。変なところで自分の成長を実感する。


「そうは言われましても。最初も言いましたが、私はあのような人が嫌いなんですっ!」

「動かない、だんまり、だからだっけ? それ今のノアさんには当てはまらなくない?」

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