2-26 「ななっ何で今その話っ!?」
「えっとねあたし、学校の授業で絵を描いてるんだけど。次の課題で人物画をやる事になってさ。だったら私男の子描きたいなって思って。でもうち女子高だから、身近に良いモデルが居なくて……」
さすが私立高校。しっかり美術の授業があるらしい。
目の前の少女が深窓の令嬢に見えてきた中、ん? と首を傾げる。絵のモデルにするなら、どこぞの姪馬鹿の顔面程適した物は無いのではないのだろうか。
「身近に良いの居るだろ? ユスティンが。アンリだって男だし。それじゃ駄目なのか?」
「あ、うん、そうなんだけど。2人は22歳だからちょっと違うかな〜って。それにアンリさんが作ったこのカメラ使ってみたくって!」
「は〜、カメラねえ。アンリ凄いな……」
発信機だけではなくカメラも作ってしまうのか、と感心する。
何時も作業服を着ているイメージ通り、あの事務員は機械に強いのだろう。一家に一人欲しいタイプだ。
「ねー凄いよね。ほら、これ!」
自分がカメラに反応したからか。イヴェットが表情を明るくし、スクールバッグからカメラを取り出してこちらに見せてくる。
セピア色を基調とした小型カメラだった。
掌に乗せて改めて見ても、自分がキットに挑んだ時に点在させてしまうような粗はどこにも見当たらない。電気屋の店頭に並べても十分なクオリティだ。
「それで、お願い出来ないかな……?」
カメラの出来に見惚れていると、隣から不安そうな声が聞こえてきた。その声にハッとする。
「僕で良いなら良いけど」
「本当!? やった〜ノアさん有り難う!!」
「……大袈裟に喜びすぎなんだよ」
雑誌の懸賞に当たったかのように喜ぶイヴェットに、ボソリと呟いた。笑顔が見られるのは嬉しいが、ここまでされると照れ臭い。
「じゃあちょっと端寄って貰って良い?」
イヴェットを直視出来ぬ中。校門の内側、スフィンクスのように堂々としている赤く色づきだしたオークの木の下に移動した。この立派なオークの木はこの時期大量のゴミを生み出す為、清掃会社と近隣住民から愛されつつも嫌われているらしい。
「ポーズとかいんの?」
「ううんっ! そのまま楽にしてくれたら良いよ〜、バッグも持ったままで大丈夫だし。気にしてくれて有り難うね」
カメラを構えたイヴェットを眺める事少し。
パシャっとシャッターを切る音が周囲に響く。あのカメラの動作に問題はないようだ。
「ふ〜有り難う、本当に感謝してます。ごめんね、時間貰っちゃって! 今度何かお礼させて~」
「いや別に良いって、これくらい」
「ううん、させて! あ、今度クッキー焼いてくるよ!」
名案だ、とばかりに少女は笑う。何時も以上に活発なその表情を見ながら思う。
イヴェットの表情は良く変わる。
連れ去られた時の弱々しいイメージが頭から抜けないが、そもそもイヴェットは叔父を叱れるくらい気が強い。自分だって初めてイヴェットと会った時――スクールバッグを引ったくられていた――怒鳴られた。
かと思えばポピーに来店出来て喜んだり、先日コーマス収容所帰りに会った時のように残念そうにも笑う。
今は楽しそうにはしゃいでる感じがあってこっちまで嬉しくなる。
「あ、それは嬉しい。つかイヴェット何か良い事あった? 文通相手とのやり取り楽しい?」
なのでこっちも頬を持ち上げて、前聞いた事を話す。勿論笑顔が返って来ると思った。
――思った。
「ぇえっ!?」
が。
実際は何故か凄く驚かれてしまったのだ。表情を一転させて狼狽え、緑色の目を丸めている。
「えっ!?」
その驚きようにこちらも驚く。何か不味い事を言ってしまっただろうか。
「ななっ何で今その話っ!?」
「え、駄目だった!?」
「ううん駄目じゃない! ぜんっぜん駄目じゃない! ごめんねー、なんか……驚いちゃった……もので……」
「あー、なんかごめん……?」
謝ったものの、正直この流れでそんな驚かれるとは思ってなかったこちらも驚いた。
やはり女子に手紙の話題はNGなのだろうか……そう思った時、コホンッ! と気を取り直したような咳払いが聞こえた。
「あーっと、それで~……クッキーどうしたら良い? 今ノアさん川沿いの実家だっけ?」
取り乱した自分を恥じているのか、少々イヴェットの頬が赤くなっている。
「あっとー……今日からルイリーフ、かな?」
イヴェットがスルーしたい話題のようなので、自分も追及せずに話題を変える。と、少女も多少落ち着いてきたようで、不思議そうに目を丸めていた。
「ルイリーフ? 理髪だけじゃないの? え、どういう事?」
「来月までドミニクの家に世話になろうと思ってるんだ」
「へ〜。じゃあドミニクさんの分も作らないとね! ドミニクさんの家ってルイリーフの何処だろう? 美容院?」
「それは本人に聞いた方が早ぇかも……。おーい、ドミニクー!」
2人きりでずっと話している事に間を持たせる自信がなく、少し離れた場所にいる親友の名前を呼ぶ。自分の声を耳にした茶髪の少年は話していた学友達に別れを告げ、ひょこひょことこちらに戻って来る。
「ん、もういいの?」
「ああ悪ぃな。有り難う」
「ドミニクさん、有り難うね」
おどけたように目を細めてドミニクが笑う。
「いえいえ、お2人の仲に進展がありましたら何よりです~」
その冷やかしにイヴェットは曖昧に笑い、ドミニクに話しかける。
「質問があるんだけど、ドミニクさんの家の床屋って何処?」
「んっとですね。ルイリーフ医大の近くにあるバーバーエルティボって築15年の床屋」
「あ、あの辺か。でもごめんなさい、お店は分からないや~……」
「あははっ、女の子なら当然だよ! あっそうだこれあげる、うちのノベルティで、中はただのメモ帳。半額クーポン券入ってるから、お父さんとかご兄弟にどーぞ」
ニコッと笑ってスクールバッグからいつぞやのノベルティを取り出し、ドミニクがイヴェットに渡す。昼のクルトと言い、人懐っこい性格の親友はすぐに相手との壁を無くせて羨ましい。
「わっ有り難う! 丁度叔父さんの髪が伸びてるんだよね。有り難く渡しておきます。ドミニクさん、ノアさんが暫くドミニクさんの家にお世話になるって話なんだけど、ノアさんに電話したかったらドミニクさん家に掛けても良い?」




