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蒸気の中のエルキルス  作者: 上津英
第3章 それは湿った蒸気のように

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2-25 「え、なに? ノア、ガールフレンド居たの?」

「なるんじゃないかなー……店のお客さん、見た目年齢気にする人やっぱ多いし」


 笑い飛ばしたい笑えない話題に、親友も苦笑いを浮かべている。

 自分もそれに苦笑いで返し――改めて切り裂きジャックの事を考えていた。

 本当に切り裂きジャックは赤毛の男子生徒を切り刻もうとしているのか。確証は無い共通点だとしても、可能性は0では無いので笑えない。


「……」


 校内の階段を上がる時には黙り込んでしまった。

 が。


「あっやばっ」


 階段を上がり教室のある階に到着した時。

 昼休みが終わった事を告げる電子音が校内に響き渡り、慌てて気怠さの残る教室に戻っていった。




 24世紀、高校の授業内容は多様性に富んでいる。

 公立であるミトズロッドですらそうなのだから、私立はもっと凄いのだろう。

 やりたい事がある生徒は教室どころか校舎を出て学ぶ事も多いし、やりたい事が分からない生徒には調理から乗馬まで様々な体験をさせる。生徒がやりたい事のサポートや、グループ編成を考える事が教師の主な仕事だ。

 座りっぱなしは健康に悪いと言う医学的観点もあり、座学は午前と午後に1コマ程度。それも話し合いなどで席を立つ機会が多い。

 自分とドミニクは高校1年では多数派であるやりたい事を模索するグループである為、午後は別館にある図書室に居た物だった。

 読書と言うこの授業は、生徒に興味のあるジャンルの本を選ばせ教師がそれを参考に導いていく目的と、資格や進学を希望する生徒に知識を蓄えさせる狙いがある。


 ──とは言っても。

 2階建ての図書室には、学術書のようにお固い本ばかりが並んでいるわけではない。

 学校の正面に本屋がある影響か、漫画や小説や雑誌、図鑑やパズル本や官能小説まであり、グループによっては騒がしさは勿論授業ではなく趣味の時間に変わる。フレッドと同じグループになった時は、間違い探しやクロスワードで遊ぶ時間だった。2階建てなので多少うるさくしていても問題ないのだ。

 「この授業が一番好き」と言うドミニクは世界遺産の本を引き抜いてさっさと席に座ってしまった為、自分は今本棚の前で1人腕を組んでいた。


(本読むと眠くなるのって、単調な眼球運動しかしなくなるからだっけ)


 先日ラジオで言っていた事を思い出しながら手に取ったのは、不審者に多い特徴や遭難した時の対処法をまとめた警察による1冊。


 ──だったらもうさ、ミトズロッドの赤毛の男子生徒、ってのが共通点なんじゃねぇの?


 先日の己の発言に多大な影響を受けて選んだ物だ。

 そんな日が来ない事を願うが、万が一切り裂きジャックと遭遇した時に少しでも力になればと思ったのだ。

 1コマかけてじっくり読んでみたが、非常時にこのようにスマートな行動は取れないだろ、という感想に辿り着いた。終業のチャイムがなった時は「案外護身術の本の方が良かったかもなあ」と思った程だ。


「ふあ〜こんなに静かなグループに当たるのも偶には良いね〜」


 図書室は別館にある上本日最後のコマと言うのもあり、授業が終わったら教室に戻らず直接帰宅して良い事になっている。


「ドミニク世界遺産が好きなんだな」

「うん好き。ナスカの地上絵とか、消える前に一度ちゃんと現物見てみたい。知ってる? あれ一筆書きなんだって。昔の人って凄いよね」


 雑誌でしか見た事の無い世界遺産の豆知識に「は〜」となりながら外に出た。今日1日天気が良く、校庭を往復している清掃ロボットも何時もより気持ち良さそうだ。


「じゃ、さっさとうち行こうか。まだ明るいし、霧出てないから歩きで良い?」

「そーだな。っつか、なんでルイリーフなのに汽車乗んだよ勿体無い。それにドミニク定期持ってねぇだろ、ケチる為に」

「定期よりお小遣いのが大切ですからねー。寧ろ汽車希望されたら困ってた」

「じゃあ言うなよ」


 言いたかったんだよ〜、と茶髪の少年が笑い連れ立って校門に向かう。

 ──少女の声が校門の外から聞こえてきたのはその時だった。


「あ、ノアさんっ!」


 ん? と思って視線を声がした方に向け、驚きに目を見張る。

 そこに立っていたのは、イヴェットだったのだ。

 近所の私立女子高校の制服であるグレーのブレザーを着て、どこか緊張した面持ちでこちらを見ている。


「イヴェット!?」

「あー会えて良かったぁ……」


 自分の顔を見たイヴェットが、扉が閉まる直前に蒸気機関車に乗り込めた乗客のようにホッと胸を撫で下ろす。


「どした?」


 前に何かあったら家や学校に来て良いと言ったので、恐らく何か用事があるのだろう。リチェ達と言い、どうやら今日はやたらと人に会う日のようだ。


「え、なに? ノア、ガールフレンド居たの?」

「ぶ」


 どこか驚いた表情で自分とイヴェットを見比べるドミニクの声に、思わず変な声が漏れる。

 それはイヴェットも同じで、顔を赤らめて慌てて否定していた。


「ああああ! ガールフレンドとかじゃないよ、ないです! ただのお友達! 単純に用があって。ごめんね、待ち伏せなんてして!」

「……あー、いや別に良いけど……」


 確かにイヴェットとはただの友人だ。

 燃え盛る廃工場で手は繋いだけれど、あんな非常時の行動に深い意味は無い——が。

 イヴェットには種類はどうあれ、多少好意を抱かれていると自惚れていた。だからか目の前でそんなに強く否定され、思わず凹んでしまった。自分の声から覇気が消える程に。

 横に並んだドミニクからチラリと憐憫の視線を向けられたのは、絶対に気のせいではない。


「……あ、こいつは僕の友達のドミニク。今からドミニクの家に行こうと思ってたんだ、こいつの家ルイリーフで床屋やっててさ、髪切ろうと思って」


 その言葉に、イヴェットの緑色の目が泳いだ。


「あっ、じゃあ今って時間ない感じ? 5分くらい貰えたら嬉しいんだけど……駄目かな?」


 おずおずと尋ねられ、自然とドミニクに視線を向ける。


「良いか?」

「5分くらい全然良いよ、オレ待ってる。髪切るのも急ぎじゃないから、ごゆっくり~」


 親友がどこかニヤついた表情で頷いた。早々と校庭の方に引き返して、数人で形成されていた同学年の輪に混じっていく。


「悪ぃ! ありがとっ!」

「ドミニクさん有り難うございます〜」


 遠ざかっていく背に礼を言った後、改めて栗毛に視線を落とす。


「で、僕に用事って何だ?」

「あっとね……ちょっと写真撮らせて欲しくて」


 写真。

 思ってもいなかった話に目が丸くなる。

「へっ写真? それも僕の? なんで?」

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