2-23 「本気か? ドミニク! 待てってば!」
思い出すのは先月、イヴェットが半グレに連れ去られた事件。
この女性があの事件に関わっている可能性は0ではない。そう思うとこの話題は危険な気がして、返す声も少し強張った。
「いーや? ただ血の繋がらない女の子と一緒に住んでるなんていやらしいなー、って思ってさ」
ティナも自分が警戒した事が分かったのだろう。真紅のネイルが艷やかな手を「何でもない」と振り、冗談交じりに返してくる。
「……」
どう返そうか悩んだが、結局普通に返した。
「いやいやいや! あの子にそんな気持ちありませんから。生まれた日から知ってる妹みたいな子ですよ?」
全力で否定をすると、「冗談だよ」とクスリと笑われた。
「じゃあ、何か分かったら教会に電話するよ。何時に掛けたら君に繋がる?」
イヴェットの話がもう出て来る気配が無い事に、胸を撫で下ろす。
「あ~、朝、ですかね……? それも可能なら早朝が良いです。朝ご飯は教会で食べないので、遅すぎると居ません。日中も居ない事が多いかもですね。夜はそこら辺ブラブラしてるか、集中して聞こえてないか、飲んで頭動いてないかと」
「分かった、じゃあまた」
ヒヒン! と馬の嘶きが何処かから響いたのもあり、元より「少しだけ」と言う約束だったティナとの密談は自然とお開きになった。
「では、失礼します」
「ああ」
挨拶をし、土手を上がっていく。今日は快晴と言え涼しいのに、背中に汗を掻いてしまった。
「はあああああああああああ」
まだ朝なのにどっと疲れた。気の抜けない上司と日中ずっと居たような疲労感だ。
「怖かったー……」
アンリはもう一度深い息を吐き、1割減ったお小遣いを何に使うか考え直しながら教会に向かって歩いていった。
***
今日。
イヴェット・オーグレンが通っている女子校は午前で授業が終わった。
私立らしく家族との時間を過ごす日──ファミリーデーと言う安直な名前がついている──としているが、単に教師が生徒を帰して溜まった仕事を片付けたいだけだ。
不定期に開かれるファミリーデーは、発表がある度学校に人気ラジオの公開収録が来たかの如く生徒を熱狂させる。入学してから初めてこの日を迎えた自分も、発表があった時は友達と手を取り合った。
『15日の金曜日はこの学校のみんなが待ち望んでる日になりました!』
頬を高く持ち上げる老教師がそう言ったのは、月曜日の事。
金曜日が半分休みになるのでほぼ3連休。急いで家族旅行を計画するクラスメイトが多かった。
昨日切り裂きジャックが殺したフレッドは、自分の友達と友達だったらしい。その影響で何時もより表情が暗かったが、ファミリデーを挟んだ月曜日には戻っているだろうと思いたい。
自分はユスティンにもアンリにも、今日がファミリーデーだとは伝えていなかった。
昼食後友達とショッピングモールに寄って、開放感を味わう予定だったからだ。──今朝、ノアを撮ろうと決めるまでは。
ノアにはスケアリーに送る写真の被写体になって貰うつもりだ。
ノアをイメージして男になりきっているのだから、当然被写体はノアが良い。
明らかにスケアリーとノアは近所だけれど、会う事は無いだろう。自分だって小学校の友達とすれ違う事は滅多にない。
無関係のノアを勝手に使うのは気が引けなくはないが、じっくり考え抜いての事。もう決めたのだ。
以前ノアに会った時、何か用があったらミトズロッドまで会いに行って良いと言われたので、午後を利用して会いに行くつもりだ。
罪悪感はある。それにノアは気になる存在だ。
しかし、スケアリーとの時間も楽しみたい。子供の頃少年漫画に憧れた時の気持ちで、男になってみたいのだ。
「ごめんなさい……っ!」
神に向かって謝りながら、昼食を食べてから帰る少数の生徒しか居ないテラスに入る。
「あっイヴェット〜帰らないの? なら一緒に食べよ?」
「うん、食べよー」
声を掛けてくれた友達とテーブルに座り、ランチボックスを広げていく。
その中にはレタスがはみ出たラム肉のサンドイッチ――今朝アンリが作っていた――が入っていて申し訳無い気持ちが増し、気付かぬ内に目を伏せている自分が居た。
***
「あの人達、ノアのお客様じゃない?」
ドミニクと昼食を食べてのんびりしていた時、窓から校庭を見ていた親友が若干物憂げに呟いた。
「ん? ……あ!」
垂れ目の親友の視線を追いかけた先に居た人物達の顔に、ノア・クリストフは驚きの声を上げる。
青い警官服を来た青年が2人、色づきだした校門脇の樹木の下に立っていたのだ。教頭先生を含む数人の教師と話している。
1人はプラチナブロンドで、1人は黒髪。リチェとクルトだ。
「当たってる?」
「僕の客かは知らねぇけど、知り合いだよ。何か聞きに来たんかな」
陽光に当たって煌く色素の薄い髪を見ながら、ふむ、と考える。もし2人が自分に会いに来たのだとしたら。
「折角だし会いに行くかな」
「え、なんで?」
「もし僕の客だったらさ、教室まで来られたらみんな悲しくなるだろ」
お前とか、と言う言葉は飲み込んで席を立った。
なのに。
「だったらオレも行く!」
同じく立ち上がった親友に目を丸める。
「え、なんで?」
驚きすぎて、数秒前に言われた台詞をまるっと返していた。
どうして自ら傷を抉りに行くのだろう。ドミニクのメンタルはパスタの麺のように折れやすいのに。
「いやー……もしノアに用事だったら第三者の証言もあった方が良いでしょ? オレもノアと同じだよ、オレ1人で済んであの人達が帰るならそっちのが良い!」
そう言いドミニクは、こちらの反応も待たずに教室から出ていこうとする。
「本気か? ドミニク! 待てってば!」
ドミニクの為と思ったが、そのドミニクが乗り気になってしまった。笑い上戸の親友が笑わないので、恐らく引き返す気は無いだろう。
「知らねぇぞー……」
ブツブツ言いながらを親友の後を追い掛ける。廊下で自分とすれ違う生徒の中にはまだ、泣きそうな表情になる者も多い。
「僕に用じゃなきゃ良いけど……」
「それはそうだねー」
階段を降り始めた親友の横に並びながら、まるでリチェ達を死神か何かのように扱っている事に苦笑する。
今日は天気が良いとはいえ少し寒い。隣に居るドミニクも同じようで、さっむと肩を縮こまらせていた。
リチェ達は教師達と話し込んでいる。終わるまで離れたところで待つ事1分、何気なく周囲を見渡したクルトと目が合った。
何時もはマネキン人形のように無表情で立っている黒髪の青年が、珍しく目を見張って驚いていた。




