2-22 「これから冬だから助かるよ。先輩方も喜ぶ」
「…………。あっイヴェットちゃんお帰りー?」
「えっ!?」
幼馴染が誰もいない入口を向いた瞬間、脇を通り抜け集会室の出入り口に向かった。包囲網を突破した自分を幼馴染は再び睨み付ける。
「あっちょっと! こらっ! 真面目に頑張るってイヴェットさんと約束してた癖にっ!!」
「はいはいじゃあなー」
追い付かれる前に扉どころか教会の外にさっさと出て、本日は霧の出ていない蒸気の街に飛び出した。
「はーっ、さっさと川沿い行こうっと」
溜息を吐きながら、ホームレスが多く集まっている川辺の一角に向かう。ティナは日中川沿いに居ない事が多いと前聞いたので、早く行った方が良いだろう。
この道は駅から近いが何も無い。
清掃ロボットも走っていなければ、バス馬車どころか辻馬車すら見かけない。視界不良による自転車事故防止の為この国はグラウンド外での自転車走行が禁止されているし、午前なのでガス灯も休憩中だ。近くのマンションの煙突から黙々と蒸気が上がっているだけで、午前の陽を受けコーマス川がきらきらと輝いていた。
数分後。
やがて川辺に人が増えてきて、一段下の原っぱにシングルマザーの子供──父親のDVから母子で逃げてきたと前聞いた──を見ていた目的の女性を見付けた。
「っと、ティナさーん! お早う御座いますー!」
ティナはどの季節に会っても黒ずくめだ。
金色のショートヘアは、黒い帽子を被っていて見えにくい。太腿から下は義足だと聞いたが、今はゆったりしたロングコートを着てて分からない。
ティナがゆっくりと振り返る。聞いた事無いが、美人なこの人は20代後半だろう。
怜悧な青い瞳がゆっくりとこちらに向けられ、低い声が返ってくる。
「おや。こんにちは、アンリ君。……何か頼みごとでも? 今なら少し時間があるから話を聞けるよ」
「あっはっは、話が早いですね。実はそうなんです、あ、これどうぞ」
ティナは自分が差し出したカイロ入り紙袋を見て、一瞬だけ口元を緩めそれを受け取った。
「これから冬だから助かるよ。先輩方も喜ぶ」
彼女は河原で暮らしている人に敬意を払っている。
春に協力してくれたのも、エンリケというここのムードメーカーが困っている自分を助けたがったのを見て手伝ってくれたからだ。
ざっと見た感じエンリケは今ここに居なかった。きっと何時もの柵に座っているのだろう。
「それでですね」
紙袋を抱え直す人物に、ジャンヌの話を伝える。概要や場所を伝えるのに数分掛かった。
「ティナさんにこの事件を調べて欲しいんです。本当に少しで良いんです。目撃情報とか、そういう事しそうな奴とか……警察より分かれば良いんです。お願い出来ませんか?」
「まあ良いけど。何故それを、君が?」
自分に恩を売れると思ったのだろう。ティナはどこか訝しげながらも話に乗ってきた。自然と背筋が緊張した。
「ジャンヌさんはうちの信者なんです。あまりにも嘆くので……本人の希望もあり、ちょっと」
「ふーん……。そこってマギカルディって時計屋の近くだっけ? 郊外の外れにある」
「はい、同じ通りにありますね」
「そっか。そっか……じゃあ直ぐだな」
ボソッと呟いたティナは一拍後、ミステリー漫画に出てくる名探偵が如く人差し指を立てた。
「ポテトチップス」
「え?」
血なまぐさい話の後、突然お菓子界の頂点に立ち続けるスナック菓子の名前が出て目を見張る。
「成功報酬にポテトチップス2ケース、ビーフジャーキー1ケース、缶ビール4ケース分。それと毛布を10枚、中古で大丈夫。それで引き受けようか」
アルトでリズム良く告がれる品名の数々。
少しして、宴に使われるだろう物を要求されている事に気が付いた。
「飲むんですか? 皆さんと」
「ああ。先輩方にアルコールをプレゼントしたくてね。エンリケ先輩はお酒が大好きだし」
「出します! 是非皆さんで飲んで下さい! 有り難う御座います。ティナさん、報酬にしては些か控えめな要求ですよ? もっとお菓子要ります?」
まさかその程度で引き受けてくれるなんて。
ニヤつきが止まらない。気も大きくなってもう少し何か足したくなって聞いた。個人情報や犯罪行為じゃなければもっと出しても良い。
そんな自分を見て、ティナが唇の端を持ち上げて笑みを深める。
「だったらアンリ君がジャンヌさんに貰う報酬の1割欲しいな」
「え」
その言葉に持ち上がっていた頬がピクリと強張った。何故それを知っている。
「…………え?」
(あ、でも)
ジャンヌからのお小遣いについて話してはいないが、少し考えれば分かる事だ。
こんな話タダで頼まないし、タダで引き受けない。ティナにまで頼む程大きい仕事だし、普段より顔に出ていたのかもしれない。
「駄目かい? お菓子代にはなるだろ?」
自分から言った手前首を横に振りにくい。お菓子が1年は食べ放題になるだろうが、1割と少額なのもだ。
――仕方無い。
科学館に展示されているロボットのようにカクカクと頷き返し、目の前で笑みを深めている黒ずくめの女性からそっと視線を外す。
「あっ、そうだ。丁度アンリ君に聞きたい事があったんだ」
自分が頷いた事に気を良くしたらしい。目元を綻ばせるティナが言葉を続けた。
「……はい?」
今のティナに邪気は無さそうで、それが余計怖くて知らずに身構えていた。
「エルキルス教会ってさ、今3人だよね? 牧師館に2人、教会に1人。前もう少し居なかった?」
一体何を聞かれるのかと緊張したが、エンリケのように良く教会に遊びに来る人なら誰でも知っている内容だったので安心した。
「はい。俺と、俺と幼馴染の牧師と、その牧師の姪の3人です今は。夏に現牧師の両親と姉夫婦が異動になったので減りましたね」
「そっかそっか。あそこの教会に居るのはやっぱり女の子だよね、男の子じゃなくて」
ティナは自分の回答に満足そうに頷いた。問題集の答え合わせでもしたかのような反応に、少しの違和感を覚える。
教会の女の子。
ティナがイヴェットに興味がある事は明白だ。しかし、どうしてこの女性があの少女に興味があるのだろう。
「……それが何か?」




